2021年 11月 15日
超低速ミュオン分光器の整備
J-PARC MLF MUSEにおける超低速ミュオンビームラインでは、熱ミュオニウムのレーザー乖離によって得られる低エネルギーのミュオンを静電レンズを用いて収束し、エネルギー可変かつ高時間分解能の超低速パルスミュオンビームとして各種の実験に供する。U1A実験エリアにはμSR法による物質科学研究のためのミュオンスピン分光器が設置されており、共同利用実験の開始に向けた整備および高度化が進行中である。分光器は高電圧ステージの上にあり、sub-keVから30 keVの範囲で試料への打ち込み深さを制御できる。
分光器の運用に関して、次に挙げる三つの課題があった。
第一の課題に関して、信号処理回路上にある信号増幅器のバイアス電圧、コンパレーターの閾値、および半導体光検出器のバイアス電圧を調整して分光器の性能を確認した。図1に分光器の写真、典型的な時間スペクトル、および検出器の時間分解能評価の結果を示す。時間分解能は1σ=3 nsで、さらなる改善の余地はあるものの現状のビーム時間幅(10 ns程度)と比べて十分に高いことが示された。
第二の課題に関して、分光器の上流側に鉛の遮蔽体を追加して崩壊陽電子に由来する背景事象を低減した。図2 に遮蔽体追加の前後で比較した背景事象のレートを示す。背景事象のレートは図1(中)に示した時間スペクトルにおいて即発陽電子(prompt)事象と超低速 ミュオン(USM)事象との間にある時間領域(BG)でスペクトルを積分して求めた。 背景事象は追加前と比べておよそ1/5に低減された。検出器の上流側と下流側とで背景事象のレートに大きな差がないことから、上流から分光器に到達する陽電子に由来する背景事象は有意差を生じない程度に低減されたと言える。
第三の課題に関して、横磁場電磁石の電源配線経路を見直し、高電圧ステージへのノイズ混入を避けるよう改めた。図3に配線変更の前後で比較したステージ電位のノイズ成分を示す。配線の修正によってノイズはpeak-to-peakで28 Vから4 Vまで抑えられ、現状のビームエネルギー幅を制限する要因ではなくなった。
分光器に関する課題としては(a) 光検出素子性能の環境温度依存性への対策、(b) 試料への輻射熱流入への対策が残り、これらに引き続き取り組む。また、超低速 ミュオンビームの性能評価および系統的なスタディに基づく輸送光学系の最適化も重要な課題であり、運転再開後の装置調整に向けた準備作業が進行中である。