ミュオン科学研究系活動報告2022(7月)

2022年 7月 14日

◤ J-PARC MUSE施設整備状況

超低速ミュオン源の高度化に向けた評価試験

 J-PARC MLF MUSEにおける超低速ミュオンビームライン(U-Line)では,表面ミュオンビームを中間標的に照射してミュオニウム(正ミュオンと電子との束縛状態)を真空中に取り出し、これを二光子共鳴レーザー乖離することで低エネルギーのミュオン(超低速ミュオン, USM)を生成する。超低速ミュオンの運動エネルギーはミュオニウム生成標的の温度によって決まり、静電加速後のビーム品質を左右する。U-Lineではこれまで電流加熱したタングステン薄膜(2000 K)が主に用いられてきた。より低い温度での超低速ミュオン生成に向けて、室温のシリカエアロジェル(300 K)を中間標的として用いた超低速ミュオン発生試験を行った。図1に今回の実験で用いた標的を示す。


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図1:ミュオニウム生成標的。(左): 電流加熱したタングステン薄膜、(右) レーザーアブレーションで細孔加工したシリカエアロジェル。 [拡大図(459KB)

 

 発生後の超低速ミュオンは静電レンズによって加速を受けつつ引き出され、磁気ベンドで運動量を、静電ベンドでエネルギーを選別されたのちマイクロチャンネルプレート(MCP)で検出される。MCPはディレイラインアノード読み出しで位置有感の検出器である(MCP-DLD)。図2に典型的な測定条件におけるMCPの信号検出時間スペクトルを示す。各図の横軸は粒子の飛行時間(TOF)に相当し、超低速ミュオンは鋭いピークとして観測される。

 

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図2:MCP-DLDで測定したTOFスペクトル。(左): 6400 ns近傍にUSMの鋭いピークが見える、(右) 縦軸を指数表示したもの。USM以外のピーク構造はビームライン上流から到達する即発陽電子とミュオニウム標的で減速されたミュオンビームに対応する。赤点線で囲まれた時間領域に着目してUSMを計数する。 [拡大図(156KB)

 

 静電レンズの各電極における印加電圧、磁気ベンドの印加電流、静電ベンドの印加電圧などを最適化し、可能な限り同等の条件で二つのミュオニウム標的(タングステンとシリカエアロジェル)におけるUSM収量を比較する測定を試みた。表面ミュオンビームのエネルギーとイオン化レーザーの入射タイミングを調整し、それぞれの標的で収量を最大化する条件を探索した。図3に解析結果の一例としてレーザー入射タイミングに応じたUSM収量の変化を示す。

 

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図3:イオン化レーザーの入射タイミング解析。(左): USMの収量,(右): USMのTOFピーク幅 (Gaussianを仮定した1σ)、収量はレーザーパルスエネルギーによる規格化前の数値である。タングステンから放出されるミュオニウムは2000 K、シリカエアロジェルからのミュオニウムは300 Kの温度に対応する熱速度を持ち、これがミュオニウムの時空間分布形状の違いを生む.高温のタングステンから放出されるミュオニウムの方がより高速なため、左図におけるスペクトルの立ち上がりが急峻で減衰も速い。また、右図からはシリカエアロジェルから放出されるミュオニウムは熱速度が小さく引き出し後のエネルギー広がりがより小さいことがわかる。 [拡大図(37KB)

 

 USMの収量はイオン化レーザーのパルスエネルギーと二つのレーザー光(1Sから2Pに励起するLyman-α光と2Pから解離させる355 nm光)の重なりの程度に大きく左右される。これまでのU-Lineではイオン化レーザーのビームプロファイルを定量化する方法がなく、またレーザーのパルスエネルギー測定による収量の規格化も限定的であった。2022A期は蛍光スクリーンとCMOSカメラを用いたレーザービームプロファイル測定と真空紫外光測定用フォトダイオードの遠隔操作機構が整備され、測定条件の定量化、再現性の確保およびUSM収量の相対評価を行うための計測システムがほぼ確立された。図4にビームプロファイル測定結果の一例を示す。光の重なり合う領域が最大となる条件でUSMの収量も最大化されることが確認されている。

 

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図4:CMOSカメラで撮像されたレーザービームプロファイル。(左): Lyman-α光、(中): 355 nm光、(右): 二つの像の重ね合わせ、355 nm光の像が二つ並んで見えるのはミラーの表面と基板でそれぞれ反射した光が届いているためである。 [拡大図(184KB)

 

 速報に近いセミ・オンライン解析の結果ではタングステンとシリカエアロジェルを用いたUSMの収量はおよそ同程度と評価された。計数に伴う統計的不確かさが10%程度と大きく、測定系の改良とレーザーのパルスエネルギー補正に伴う系統的不確かさの評価が今後の課題である。室温で機能するミュオニウム生成標的から実用的な収量のUSMが得られたことで、装置開発および運用の自由度が飛躍的に高まった。今後は来季の実験再開に向けて測定器の高度化と環境整備を進め、共同利用実験の開始に向けた試験的な物理測定に取り組む計画である。

 

 

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