ミュオン科学研究系活動報告2023(6月)

2023年 6月 15日

◤ J-PARC MUSE施設整備状況

超低速ミュオンによる薄膜試料の物理測定を開始

 J-PARC MLF MUSEにおける超低速ミュオンビームライン(U-Line)では、表面 ミュオンビームを中間標的に照射して得られるミュオニウム(正ミュオンと電子との束縛状態)をレーザー乖離することで低エネルギーのミュオン(超低速ミュオン, USM)を生成する。超低速ミュオンの運動エネルギーはミュオニウム生成標的の温度に依存し、2000 Kのタングステン標的を用いた場合は0.2 eV程度となる。熱速度のミュオンを静電レンズで引き出し、ミュオンスピン分光器を設置した実験エリアに輸送して用いる。分光器は高電圧ステージの上にあり、ステージの昇圧により試料に照射するミュオンのエネルギーをsub-keVから30 keVの範囲で制御する。図1にU1A実験エリアにおける高電圧ステージと分光器を示す。


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図1:(左) 輸送光学系と高電圧ステージ、(右) U1Aミュオンスピン分光器。


 これまでに銀の標準試料を用いた試験[1]および二酸化珪素と白金を交互に積層した多層膜試料を用いた測定[2]を実施してきたが、昨年以降のビーム調整により ビーム強度、時間幅および空間プロファイルが改善したため、より実践的なセットアップで薄膜試料の物性測定に着手した。過去の試験測定は比較的大面積の試料を用いて室温のみで行ってきたが、今回は5 mm角の銅酸化物薄膜試料を用いて試料の冷却を伴う測定を実施した。

[1] T. Adachi et al., KEK-MSL Progress Report. 2018-2 (2018) 13.
[2] S. Kanda et al. J. Phys.: Conf. Ser. 2462, 012030 (2023).


 輸送光学系は偏向電磁石と静電ベンドおよびレンズによって構成され、いくつかの中間収束点および分岐点にはマイクロチャンネルプレートを用いたプロファイルモニタが設置されている。2021年にディレイラインアノード読み出しによる位置有感の検出器をU1エリア内の中間収束点で本格運用開始したことに続き、2023A期よりU1エリア出口の分岐点でも同様の検出器を運用開始した。これにより、複数の観測点でビームプロファイルを観察しながら光学系を調整することが可能となり、ビームラインの理解および最適化の効率が大いに向上した。さらに、調整運転で用いたパラメーターを入力とするモンテカルロシミュレーションによってビームロスが輸送中のどこで/どのように生じているかを解析し、ビーム調整にフィードバックする体制が整った。これらの改善により、試料位置におけるビームプロファイルを整形して測定における統計精度を最大化することができた。図2に試料位置でディレイラインアノード読み出しのマイクロチャンネルプレートを用いて測定したUSM ビームプロファイルを示す。


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図2:(左) 試料位置における超低速ミュオンビームのプロファイル。(右) プロファイルの水平および垂直方向への射影。ビームの半値全幅は約4 mmで、6割程度のミュオンを5 mm角の試料に止めることができる。


 ミュオンスピン分光器は512チャンネルのシンチレーション検出器と電磁石で構成され、ミュオンが崩壊して生じる陽電子の放出角度異方性を測定する。図3に薄膜試料を設置した状態で取得した陽電子の時間スペクトルを示す。異方性の詳細な解析は目下進行中だが、USM-μSRによる物理測定を本格開始するための準備は整ったと言える。


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図3:(左) 薄膜試料を用いたUSM-μSR測定で得られた陽電子の時間スペクトル。(右) 検出器の内層-外層における同時計数事象の時間差分布。検出器単体の時間分解能は分布の幅を√2で除して約1.3 nsとなる。

 

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