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【特集】ニュートリノ振動を精密に測定し、宇宙生成の謎に迫るT2K実験〜ニュートリノグループの取り組み

「KEKとJAEA(日本原子力研究開発機構)が共同で設立・運営する世界屈指の大強度陽子加速器施設を持つJ-PARCと、そこから295キロ離れた東京大学宇宙線研究所の、これまた世界屈指の大規模測定器スーパーカミオカンデ、という二つの世界にユニークなものを使って出した成果です」

8月初旬、つくば市内で開かれた記者会見の冒頭、素粒子原子核研究所の徳宿克夫所長は、このように述べました。記者会見には全国紙、地方紙、テレビ局の科学系記者およそ20人が集まり、研究成果の発表ということもあり、和やかな雰囲気の中で行われました。

ニュートリノにも「CP対称性の破れ」 信頼度95%で裏付け

その成果とは、μ(ミュー)型ニュートリノが電子型ニュートリノに振動する比率と、反μ型ニュートリノが反電子ニュートリノに振動する比率に違いがある、すなわち「ニュートリノでもCP対称性に破れがあること」を95%の信頼度で明らかにした、というものでした。解禁日の夕刊、翌日の朝刊には、「ニュートリノ研究に進展。反物質との差の確度 95%に向上」「『物質』、『反物質』違い ニュートリノでも」などの見出しが並び、大きく報道されましたが、ニュートリノとは何なのか、ニュースにどんな意味があるのか、などと疑問に思った方も多いことでしょう。

ニュートリノの発見は1930年まで遡ります。物質がベータ崩壊を起こす際、エネルギー保存の法則が破れているように見えたのを、イタリア人の物理学者であるW・パウリ博士が「観測されない粒子があり、それがエネルギーを持ち去るのではないか」と主張し、ニュートロン(後にニュートリノに改名)仮説を打ち立てたのが最初とされています。まもなくニュートリノの存在は実験で証明されましたが、質量があったとしても大変小さく、電荷も持たず、弱い力でしか他の物質と相互作用を及ぼし合わないため、宇宙から地球に降り注いだニュートリノは、ほとんど何の反応もせずに地球を通り抜け、その数は1秒間に1平方センチあたり、10兆個程度にも及ぶと推測されています。

ニュートリノによる研究で日本人二人がノーベル物理学賞

ニュートリノを観測するのは難しく、長年にわたり多くの物理学者が苦心を重ねてきました。この分野で大きな成功を収めたのが、カミオカンデの生みの親であり、ニュートリノ天文学の創始者として知られる小柴昌俊博士です。カミオカンデは、神岡鉱山の跡地の地下に作られた大きな水槽のことで、その内壁の至るところに光電子倍増管と呼ばれる光センサーを設置し、非常にまれに起きるとされる陽子崩壊を発見するために作られました。期待した陽子崩壊はなかなか見つかりませんでしたが、ニュートリノの観測に威力を発揮します。小柴博士は大マゼラン雲の超新星爆発から放出されるニュートリノを捉えた業績により、2002年にノーベル物理学賞を受賞しました。

また、2015年ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章博士は、宇宙線により大気中で発生するμ型ニュートリノが、別の種類のニュートリノに変化(振動)していることをスーパーカミオカンデの観測から発見し、ニュートリノが質量を持つことを裏付けました。ニュートリノが振動すると質量を持つ証拠になるという解釈は難しく思えますが、粒子は波長が異なる二つの波の重ね合わせで表現される、という量子論の考えで説明できるといいます。

日経サイエンス2015年12月号の記事で、梶田博士は「量子論によると、粒子は質量のある物質であると同時に波の性質も持っています。粒子は波長が異なる二つの波の重ね合わせとして表現され、それぞれの波は異なる質量に対応すると考えられます。これらの波が空間を移動するうちに、質量の小さな軽い方の波は、重い方の波に先行して進むようになり、しばらくすると波の重ね合わせは異なる別種の粒子を表現する状態になります。音の世界では、波長が微妙に異なる二つの音波を重ね合わせると『うなり』が生じますが、粒子の二つの波でもこれと似た現象が生じます」と解説しています。

まだまだ深まるニュートリノをめぐる謎

しかし、ニュートリノにまつわる謎はまだまだ多く、世界中の研究者がそれを解こうと努力を重ねてきました。①スーパーカミオカンデで発見され、K2K実験で検証されたμ型ニュートリノ→τ(タウ)型ニュートリノの振動と相補的な、μ型ニュートリノ→電子型ニュートリノへの振動を発見すること、②ニュートリノ振動が3世代の間の振動であることを明らかにすること、③レプトンの世界におけるCP対称性(物質と反物質の対称性)の破れの探索、④3世代あるニュートリノの質量と混合の全貌の解明—などがあり、T2K実験はこれらの謎に挑んできました。そして、これまでに①を達成し、③についても95%の信頼度で確実と結論づけています。

それでも物理学の世界では、95%ではまだ「完璧」とはいえません。記者会見で小林隆・素核研副所長は「実験はまだ始まったばかりです。10年かけてデータ量をこれまでの9倍に増やし、CP対称性の破れを99.7%の信頼度で明らかにしたいと思います」と話しました。データ量を9倍に増やすため、J-PARCのメインリングは2019年ごろをめどに改良工事が行われ、ビーム強度が高められる予定です。また、これに合わせ、ニュートリノビームラインの改良、スーパーカミオカンデ側の能力向上なども必要です。

さらに、②や④に迫り、電弱力と強い力の統一、レプトンとクォークがなぜ3世代なのか、宇宙にはなぜ反物質が存在しないのか、などの謎にニュートリノ研究の分野から迫るには、(スーパーカミオカンデの約10倍の規模を持つ)ハイパーカミオカンデの建設が必要とされています。

地下トンネルで続くビームライン、測定器の改修作業

東海村のJ-PARCにおけるニュートリノビームの生成、スーパーカミオカンデへの送出は、毎年秋から春にかけて行われ、夏は機器の改良・補修などが行われています。ニュートリノ入域管理棟からエレベーターで地下のトンネル内に降りると、長さ140メートルほどのアーク部に直径1メートルほどの円筒形の複合磁場超伝導電磁石(SCFM)が連結されている場所に出ました。そのすぐ近くで、若い研究者二人が、ビームラインから抜き取った測定器を分解し、部品の交換などを行なっていました。

「ここでニュートリノを作るための陽子ビームが、加速器のメインリングから分岐し、強力な超伝導磁石でスーパーカミオカンデの方向に曲げられます。分岐した直後のビームラインに多くの測定器が差し込まれているのは、こまめにビームのセンター、プロファイル、形状を調整するためで、ビームを精密に輸送し、かつビームロスを減らすためには大変重要な仕事です。」

KEKニュートリノ研究グループのリーダーを務める素核研の藤井芳昭教授が、作業の意味を説明してくれました。陽子ビームを標的のグラファイトにあてると、π(パイ)中間子が作り出され、それが長さ100メートルのトンネル内でμ粒子とμ型ニュートリノに崩壊することを利用し、ニュートリノビームは作り出されます。今回の停止中には、陽子ビームが真空から飛び出す”窓”部分の交換、標的を冷却するヘリウム容器を外側からさらに冷やすための、ヘリウムガス流を作り出すコンプレッサーのオーバーホール、その他の機器を冷やすために用いて放射化した冷却水の処理などを行いました。

T2K実験には競争相手も存在しています。米国の国立フェルミ加速器研究所でのNOvA実験でも、T2K実験と同じく、加速器で作り出したニュートリノを使い、ニュートリノ振動を詳細に調べる実験が行われおり、成果を競い合っています。T2K実験には世界各国11カ国、63機関から約500人の研究者が参加していますが、まだまだ長い挑戦の日々が続きます。


【ニュートリノ研究とT2K実験を巡るこれまでの主な成果と今後の予定】(敬称略)


用語集

K2Kニュートリノ振動実験

つくば市にあるKEKの陽子加速器によって生成されたニュートリノを、250キロ離れたスーパーカミオカンデに打ち込むという世界初の長基線ニュートリノ振動実験で、1999年から2004年にかけて行われました。この間に得られた112個の人工ニュートリノ事象の解析から、ニュートリノ振動が起こっている確率は99.9985%という確定的な結果が得られました。

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