(日本語訳)

 

   高エネルギー加速器研究機構の職員、全世界のユーザーや友人の皆様、新世紀おめでとうございます。

   世紀末の昨年は、我々にとって大変実り多い年でした。
   B−ファクトリーはその本来の目的である物理実験を開始しました。 BELLEグループはその目標値である300 1/fbからはほど遠いとは言え、かなりのデータを集めました。データ収集の速度をあげるためには、ルミノシティーを上げる必要があります。このためには加速器の研究とビームについての理解がさらに必要です。これは最優先課題の一つです。
加速器研究と物理実験のための運転時間の配分は慎重に決定されなければなりません。 
K2K(長基線ニュートリノ振動実験)は興味あるデータを出して来ています。物理について結論的なことを言うにはデータ量がまだまだ足らないのですが、今年中にはより確信できる状況になることでしょう。
   放射光研究施設、中性子研究施設、中間子研究施設にとっても   また、2000年は成果がある年でした。 

   数百もある研究対象の中から多くの話題に触れるよりは、一人のユーザーのエピソードをお話しましょう。
   その方は、実は有名な耳鼻咽喉医であり、オペラ歌手でもあるのですが、広島大学学長の原田先生です。
昨年末に放射光研究施設のユーザーとして高エネルギー加速器研究機構においでになったとき、お話したいことがあったので、私の部屋にお招きしました。私としては大学制度の改革について論じたかったのですが、彼はご自分の実験と放射光研究施設で行っているご自分のグループの研究について非常に心が奪われていて、私の話を聞くよりご自分の研究についての話を始められました。
   それはラゲナ(legena)と云われる小鳥の頭部にある小さな器官についてでした。この小さな部分の中に鉄とかマンガンのような磁性体をどうやって発見したか、またいかに小鳥や魚が地球の磁場を利用して自分の生まれた場所に帰るかという長年の課題をいかに解決したかを原田先生は熱心に説明し始めました。
   原田先生がこの極めて興味深い研究課題について詳細に説明してくださる間、そして私が大学制度について話を始めようと空しく努力している時、秘書室で電話が鳴りました。それは原田先生あての電話でした。彼は電話に駆け寄りましたが、とても興奮しているようでした。そして戻るなり「見つけましたよ。素晴らしい。」とおっしゃいました。
   私はややためらいがちに、「何を見つけたのですか?」と原田先生に尋ねました。「カルガモのラゲナにマンガンを見つけたのです。これは地磁気の検出にラゲナがなんらかの役割を果たしているという確かな証拠です。」と答えました。
   私はおめでとうと云ってから、彼が少し興奮が冷めた後に読んでもらえるように大学制度について私の考えを書いたメモを素早く渡しました。私は非常に好感を持ちながらも、大きな大学の学長であるにもかかわらず研究に没頭されていることを些か羨ましく思いました。
原田先生と彼の共同研究者は、放射光研究施設の飯田教授が担当されているビームラインで微量の物質を調べるマイクロ・ビーム技術を利用しているとのことでした。まだこの件で飯田教授と話したことはありませんが、早々にお話したいと思っています。 
 こうしたエピソードはいままで沢山あったとことと思われます。いつか誰かがそういったエピソードについて本を書いてくれるといいと思っています。  

   さて高エネルギー加速器研究機構の状況に話を戻しましょう。
   我々の大型ハドロン計画は、日本原子力研究所の中性子科学研究計画と統合して行われるわけですが、政府に認可されました。科学技術庁と文部省が統合するシンボルとしてその建設が2001年度に始まるとお伝えできることは喜ばしいことです。第一段階は3GeVと50 GeVの加速器を含む1,300億円の計画で、永宮教授がプロジェクトリーダーとなって原研の敷地内に建設されます。私どもは現在、このプロジェクトの実行組織を検討しています。これは関係者のだれにとっても容易なことではないでしょうが、この種の共同プロジェクトに起こる全ての問題を科学の推進の為に解決していこうと決意しています。 

   我々は、また、研究機構の組織、特に2001年4月から神谷教授が指揮することになる加速器部門を再編し、将来にそなえねばなりません。
 
   さて、我々がもっとも待ち焦がれているプロジェクトであるJLC(日本線形加速器)について、私の考えをお話しいたします。
   1986年に名古屋大学の梶川教授が委員長を務める高エネルギー委員会は、日本の高エネルギー物理の将来のために下記のガイドラインを決定しました。

1. 日本国内にTeV規模の線形加速器建設のための研究開発を直ちに開始する。
2. SSC計画に参加する。

   このガイドラインは1997年に修正されましたが、基本的な変更は、SSCがLHCに置き換えられただけでした。我々がJLCでリーダーシップをとるにしても、それは世界の物理研究者に開放されたものであるべきだとされました。この計画を実施する組織がまもなく作られるべきだとも提案されました。
以来研究開発は始まっており、Xバンドをメインとし、Cバンドをバックアップとする技術の研究開発が行われてきました。
   JLC計画推進室が岩田教授を室長として形成されました。この間、アジアにおける加速器関連科学を奨励するためにACFA(アジア将来加速器委員会)が形成されました。
   この委員会の活動は非常に成果を挙げています。

  さてJHFがやっと承認された今、JLCの実現に向けて一歩先へ進める機が熟したと考えています。私は以下の推進案を提案したいと思います。

1. 自身がJLC計画推進室の先頭に立ちます。この形は後任の機構長にも同様に受け継がれます。
2. JLC計画推進室組織は新年度開始前の3ヶ月以内に決定されなければなりません。加速器と物理部門の双方が含まれるのは当然として、比較的若くアクティブなリーダーが先頭に立たねばなりません。
3. JLC計画推進室のメンバーには、日本人以外のメンバー、特にアジアや近隣諸国からの人々を含まなければなりません。

   さらに、以下の考察は、向こう5年間で総額24兆円に及ぶ、"第二次科学技術基本計画"が最近承認されたことから来ています。これの第一部第二章には生命科学の重要性が強調され、第三章は日本が国際プロジェクトを提案することが必要であることと、それを追求する中でアジア諸国とのパートナーシップを強化するべきであると述べています。
   この政府の見解に添って私は以下の手順を提案したいと思います。

4. 私はACFA議長に、Xバンド及びCバンド技術だけではなく、全ての利用可能なLC技術を比較するためのLC評価委員会を形成することを至急求めたいと思います。実際の評価は2002年以降に始めるべきです。
5. 私は関心を持つアジアの仲間に、彼らの国のLC物理とLC加速器のリーダーを指名するよう求めようと思います。彼らの国の産業界を引きつけ、プロジェクトに関与するようにするために、我々は彼等と親密に働かねばなりません。産業界に技術移転する方法を求め、きちんとしたコスト見積をある段階で始めねばなりません。
6. 構造生物学者や生物学者全般にとって第4世代の放射光施設が彼らにとって利用価値のあるものであることを、私達は証明しなければなりません。
このためには、ATFはX線結晶学を行うための現実的なX線源に使えるようにされなければなりません。

JLCプロジェクトを遂行する部隊と推進室との関係は明らかにしておく必要があります。

   最後に、いくらか哲学的なお話をいたしましょう。
   ここまでお聴きいただいて、従来私が主張してきたグローバリズムがアジア地域主義に傾むいていると思われたかもしれません。実はそうではありません。私は一貫して地域主義に反対してきましたし、現在もそうです。私は、地域主義の極まった形の一つが、現代科学技術を盲目的にいわゆる西洋文化と関連付けることであることを指摘したいと思います。私は、そのような地域主義に挑戦します。

   「日本の技術力がアメリカやヨーロッパのメディアによって、西洋の近代性への脅威、西洋優位の観念への脅威、'前近代的東洋'と'現代的西洋'のまさに境界線への脅威とみなされる」(引用はR.Reidと S. Traweek編集による 『doing Science+Culture』の中のJohn H. Fujimura著の "Transnational Genomic" Routledge,2000より)限り、私の挑戦は続かねばなりません。そして、私達がある地域主義を別の地域主義に置き換えようとしているのとは違うことを証明するために、
私達はこのJLCプロジェクトを真のグローバルプロジェクトにする最大限の努力をしなければなりません。私達は、したがって、R&DにおいてSLACとの共同研究を続け、DESYとの情報交換を継続することでしょう。1986年と1997年の高エネルギー物理委員会のガイドラインが言っているように、私達が共にリーダーシップをとるべきであり、我々は一丸となってそうする決意です。
   御静聴ありがとうございました。


2001年1月4日

      高エネルギー加速器研究機構
機構長  菅原 寛孝


                           



 
January 4, 2001
Hirotaka Sugawara
Director General of KEK
KEK staffs and users, colleagues and friends all over the world, I wish you a happy new century.

  We had a very productive year at the end of the last century.
B-factory started its real thing - physics run. BELLE group has collected substantial data although it is far from its goal of 300 1/fb yet. To speed up the rate of the data collection, we certainly need to increase the luminosity, and for this purpose, much more machine studies and the understanding of the beam properties are required. This should be one of the top priority jobs.
Time-sharing between the machine studies and the physics run must be carefully decided.
K2K is providing us exciting data, although the statistics is still far from sufficient to say anything conclusive. I hope we will get more confidence in the physics this year.
The Photon factory, neutron facility and the meson facility also had a very productive year in 2000.

Rather than touching many subjects out of several hundreds, let me tell you an episode of one user of our radiation facility who happened to be a famous otolaryngologist and an opera singer --
Professor Harada who is also the president of the Hiroshima University. When he came to KEK as a photon factory user towards the end of last year, I invited him to my office to have a chat.
  I wanted to discuss the issue of the reform of university system with him, but I found that he was so excited about his discoveries and about what he and his team were doing at the photon factory that he started explaining to me rather than listening to what I wanted to say.
  It was about the tiny organ in bird's head, called lagena. He started explaining to me enthusiastically how he found some magnetic substance such as iron or manganese in this tiny extremity and how he came to an idea of solving the longstanding issue of how birds and fish navigate themselves back to their birth place using the earth's magnetic field.
  While he was explaining to me lots of details about this very interesting subject and while I was trying in vain to insert a few words on the university system, a telephone rang in my secretary's office. It was for Professor Harada. He rushed to the phone and looked very very excited. Then he came back to my office and said "We found it. It's going to be great."
I asked him rather hesitantly "What did you find?".
He answered "We found manganese in the lagena of spot-billed duck. This is a solid evidence of the role of lagena in the detection of the earth magnetic field ."
  I congratulated him and quickly handed him a note on my thought about the university system so that he can read it some time later when he is less excited.
  I liked him very much and envied him a bit for such a devotion to science even when he is a president of a big university.
  I understood that he and his coworkers used the micro-beam technology to detect a minute quantity of the substance at Dr.Iida's beam line. I still do not have a chance to talk to Dr.Iida, but I hope to have it soon.
  There must have been a lot of episodes like this and I hope some day some appropriate person will write a book about them.

  Now back to the status of KEK.
  We are happy to announce that the JHF project, now combined with the JAERI neutron project, was approved by the government and the construction will start in fiscal year 2001 as a flagship project of merging of STA and Monbusho. Its first stage is the 1300 oku yen project and this includes the 3GeV and 50GeV machines. Dr.Nagamiya will be the project leader and they will be built in the JAERI site. We are currently discussing the management structure of the project. I know it is not going to be an easy job for anyone involved, but we are determined to solve all the problems that would occur in this kind of joint projects in the name of science.

We must also re-arrange the structure of KEK, especially the structure of accelerator division that will be lead by Dr. Kamiya, starting April 2001, so that we can cope with the future of the laboratory.
  Let me describe, at this time, my own thought about our most tantalizing project - JLC.
  In 1986, the High Energy Committee chaired by Professor Kajikawa of Nagoya University decided on the following guidelines for the future of Japanese high energy physics.

1. We must immediately start R&D work to construct a TeV-scale linear collider on the Japanese soil.
2. We will participate in the SSC.

These guide lines were revised in 1997, but the basic change was simply to replace the SSC with the LHC.
It was also noted that, although we will take the leadership in the linear collider project, it should be open to the world community. The organization to execute the project was suggested to be formed soon.
Since then, the R&D studies have been going on up until now, both in X and C-band technologies, the X-band being the main and the C-band as the back-up technology.
The Office of Promotion for JLC was created with Dr. Iwata as its head. During this period the ACFA was formed to promote the accelerator-related sciences in Asia.
Its activities turned out to be quite fruitful.

Now that JHF was finally approved, I think the time is ripe enough to go one step further for the realization of JLC.
I would like to take the following measures.
1. I myself will take lead the Office of the Promotion of JLC. This structure will   be succeeded by the following director generals of KEK as well.
2. The structure of this office must be decided in the next three months before the beginning of fiscal year 2001.
It obviously should include accelerator and physics branches both of which must be headed by relatively young and active leaders.
3. The office personnel must include non-Japanese members especially some Asians and people from neighboring countries.

Following considerations stem from the recently approved "Second Fundamental Project of Science and Technology" which amounts to 24 trillion yen in the next 5 years. The section 1 of chapter 2 of this document stresses the importance of life science and the section 3 mentions that Japan needs to propose international projects and it must strengthen its partnership with Asian countries in pursuit for such projects.

Following this general governmental policy, I would like to take the
following steps.
4. I would like to ask the chairman of ACFA to form a LC assessment committee to compare not just the X and C technologies but all the available LC technologies. The actual assessment should start after year 2002.
5. I would like to ask our interested Asian colleagues to name both LC-physics and LC-accelerator leaders of their countries. We must work closely with them to get the industries of their countries to be
interested and to be involved in the project.
The way of technology transfer to these industries must be sought out and the serious cost estimate should start at a certain stage.
6. We must prove to the structure biologists and the biologists in general that the fourth generation radiation facility is a useful one for them.
For this purpose, ATF must be utilized to construct the actual X-ray
sources to perform the x-ray crystalography.
The relation between the body to execute this project and the office of promotion for JLC must be clearly defined.

Lastly, I would like to make somewhat philosophical remarks.

So far, you might have felt that I am now leaning towards an Asian
regionalism attitude rather than the globalism which I have been stressing in the past. That is not quite the case. I have been and I am consistently against regionalism. I would like to point out that one of the supreme forms of regionalism is the one that blindly associates the modern science and technology with what is called the Western culture. I am here to challenge such forms of regionalism.

As long as "Japan's technological power is represented by American and European media as a threat to the Western modernity, to the notion of Western superiority, and to the very boundary that has stood between the 'premodern-East' and the 'modern-West' " (quoted from "Transnational Genomic" by Joan.H.Fujimura  in "doing Science+Culture", edited by R.Reid and S.Traweek, Routledge, 2000), my challenge must continue. And, to prove that we are not exchanging a regionalism with another regionalism, we
should make our best effort to bring the project into a genuine global project. We, therefore, will continue to work with SLAC on R&D and continue to keep exchanging the information with DESY.
As the 1986 and 1997 guidelines of the High Energy Physics Committee stated, we should take the leadership and together we shall do so. Thank you.

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