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磁石の中の最小の性質を調べる

2010年10月28日

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磁石と聞くと、皆さんはどのようなイメージを持ちますか? 理科実験で使う棒磁石、方位磁針、砂鉄採り…。実は日常生活でも見えない部分で、たくさんの磁石が使われています。電化製品ではモーターに、携帯電話のバイブやスピーカー、そしてコンピュータのハードディスクにも。私たちの生活は磁石のおかげ、と言っても過言ではありません。

今回の記事は、放射光のX線を使った磁石の性質を調べる新しい測定手法の話です。

記録のしくみ

皆さんは今、きっとコンピュータを使ってこの記事を読んでいることでしょう。もしこの記事を気に入ったら、そのまま保存して、また好きな時にいつでも見ることができます。このように、コンピュータはあるデータを保存し、読み出すという作業を効率よく行います。その時、見えないところで活躍しているのが磁石を材料としてできているハードディスクです。

では、ハードディスクはどのように情報を記録するのでしょうか?

ハードディスクは、いわば小さな棒磁石が行儀よく並んでいるようなもので、磁石のSとNの向きの組み合わせが情報になります。方位磁針に磁石を近付けると向きが変わるように、ハードディスク内の小さな磁石の部分に別の磁石を近づけると、ハードディスクの小さな磁石は近づいてきた磁石に引き寄せられて向きが変わります。記録の書き変えはこれを応用して行われています。

この小さな磁石の向きをSからNの向きに矢印で表すとします。矢印の向きを決めているのは、ハードディスクを作っている物質の中で運動している電子です。電子の性質は電子の持つ「軌道」と「スピン」という2つの性質によって決まってくるので、全体の矢印の向きは、軌道の向きとスピンの向きの足し合わせによってできています(図1)。このように向きを持つものを、物理では「ベクトル」と呼びます。軌道ベクトルとスピンベクトルは同じ方向を向いているとは限らず、その角度は物質や状態で固有に決まっています。


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画像提供:日本原子力研究開発機構 安居院あかね

図1

磁石の基本単位を「全体ベクトル」とした時、その「全体ベクトル」はさらに小さな「軌道ベクトル」と「スピンベクトル」の足し合わせで表わされる。


映像や音楽など、大きなデータ量を扱う時には、書き換えの速さが重要です。情報を書き込むために磁石を近づけると、小さな磁石の向き、すなわち「全体ベクトル」の向きは当然変わるでしょう。しかし、「軌道ベクトル」と「スピンベクトル」がそれぞれどうなっているか、これまでは調べる手段がありませんでした。速い記録速度を担っているのは、電子のスピン、すなわち「スピンベクトル」と考えられているので、スピンベクトルだけを独立して測定する方法が見つかれば、性能の良いハードディスクを開発するのにとても役立ちます。

ぶつけて見る

壁にボールを当てた時、硬い壁、柔らかい壁、つるつるの壁、ごつごつの壁など壁の性質によって跳ね返り方が違ってきますね。似たような現象はX線でも起こります。X線を物質にあて、跳ね返ってきたX線を分析することで、ぶつかった物質の性質を知ることができます(図2)。この跳ね返ってきたX線はコンプトン散乱と呼ばれ、ぶつかった物質の性質を反映しています。


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画像提供:日本原子力研究開発機構 安居院あかね

図2

コンプトン散乱の概念図。X線を物質に当てると、当てられた物質の性質によって跳ね返ってくるX線の様相が異なる。跳ね返ってきたX線を分析して、物質の中のスピンの性質を探る。


安居院あかね(あぐい・あかね)副主任研究員(日本原子力研究開発機構)、河田洋(かわた・ひろし)教授(KEK物質構造科学研究所)および群馬大学、産業技術総合研究所の研究者から成るチームは、コンプトン散乱X線を分析すれば、物質の「スピンベクトル」を調べることができると考えました。そして、KEKフォトンファクトリーPF-ARのNE1ビームラインで、円偏光X線というX線を磁性体に当て、外からの磁場に対してスピンベクトルがどのように変化したのかを測定することに成功しました。測定の方法を模式的に表したのが図3です。


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画像提供:日本原子力研究開発機構 安居院あかね

図3

磁気コンプトン散乱測定装置の概念図と測定手順


今回の実験では、次世代の記録材料として注目されているテルビウムとコバルトの合金磁石Tb33Co67を対象とし、超伝導マグネットにより磁場の大きさを変化させたときに、合金磁石のなかのスピンがどのように変化したかを調べました。

図4は磁場を変化させた時の「スピンベクトル」の変化を測定した結果です。上図は従来の方法で測定した「全体ベクトル」の向きの変化、下図は今回開発した方法で測定した「スピンベクトル」の向きの変化を表しています。上下の曲線を見比べると似ていることから、合金磁石Tb33Co67では、磁場の強さを変えたときに、スピンベクトルは全体ベクトルと似た振る舞いをすることが分かりました。


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画像提供:日本原子力研究開発機構 安居院あかね

図4

合金磁石Tb33Co67において、(上図)VSMで測定した全磁化曲線と(下図)コンプトン散乱から得られたスピン成分の磁化曲線


この方法によって、磁気記録材料の磁石の強さや向きの揃いやすさがどのように決まっているのかを原子のレベルで理解することが可能になりました。原理の解明によってより高性能なハードディスク材料の開発が進むことが期待されます。

この研究成果は、学術誌Journal of Synchrotron Radiationの2010年5月号に掲載され、国際結晶学連合が出版する各種論文誌の中からの注目論文に選出されました。

先端の技術革新はこのような研究の積み重ねによって支えられています。そう考えてみると、今使っているコンピュータも違って見えてくるのではないでしょうか。


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