2011年7月28日
加速器は、何百種類もの多種多様な部品や装置、構成要素から組合わさってできる精密機械です。そのため、KEKの研究者は、それらの要素ひとつひとつに対応するための、様々な研究や試験に取り組んでいます。
そのひとつが空洞の「シミ対策」です。超伝導加速空洞の性能試験を行っている時に、空洞の発熱箇所を調べたところ、その周辺に原因不明のシミが見つかりました。これらのシミは空洞性能の阻害原因なのか?その正体を突き止めるべく、KEKの研究チームは実験を開始しました。
図1
超伝導加速空洞の内面を調査する京都カメラ
これらのシミが発見できるようになったのは、通称「京都カメラ」と呼ばれる高性能高解像度カメラが開発されたからです。京都カメラは2008年に京都大学とKEKの共同研究から生まれた装置。鏡のように磨き上げられているために撮影が難しい超伝導空洞の内表面の様子を、はっきりと映し出すことができるため、空洞の性能向上に大きく貢献しており、海外の研究所でも使われています。
超伝導加速空洞はニオブというレアメタルで作られています。空洞の内部にホコリや汚れが付着していたり、突起やキズなどの欠陥があると、発熱を起こしたり超伝導状態を維持できなくなったりします。そこで、電流を流して金属を溶解して表面を平滑化する電解研磨を行い、内面を鏡のようにピカピカな状態にするのです。シミは、この研磨のプロセスのどこかで発生していると考えられます。
図2
ニオブで作られた超伝導加速空洞。内面のなめらかさが性能の鍵
「まずは、シミを再現する実験を行いました」と語るのは、放射線科学センターの沢辺元明氏。今回の実験で中心的な役割を果たしました。ニオブ製の板に新しい電解研磨液を滴下し、しばらく放置した後に純水で洗浄。その後乾燥させて、シミの発生する様子を観察しました。これは、空洞の電解研磨と同様の手順です。 「この方法だと、シミはできるのですが再現性に欠ける結果でした」(沢辺氏)。そこで、今度は電解液の組成である硫酸溶液とフッ化水素酸溶液の2つの溶液を使って同様の実験をすると、フッ化水素酸溶液を滴下したニオブ板上にだけ、シミが現れました。シミはフッ化水素酸に起因するということになります。さらに詳しく調べるために、再現したシミの蛍光X線分析を行いました。
図3
左)98%硫酸、右)46%フッ化水素酸でニオブ板にシミができるかを実験。右図のように、ニオブ板のシミはフッ化水素酸に起因することが分かった
蛍光X線分析は、元素の同定によく使われる分析法です。物質に一定以上のエネルギーをもつX線を照射すると、吸収されたX線の一部が蛍光X線となって放出されます。この蛍光X線は、各元素の種類によって固有の波長を持っているため、X線の波長と強度を測定すると物質中に含まれる元素の種類と量が分析できるのです。「シミの部分からは、フッ素と酸素が検出されました。つまり、シミはフッ素を含む酸化物の膜だということです」(沢辺氏)。
では、酸素はどこから来るのでしょうか?研究チームは、空気中の酸素の影響を調べるため、窒素パージをした酸素ゼロの環境下で、同様の実験を行いました。すると、ニオブ板上にシミがまた再現されたのです。空気中の酸素はシミの原因にはなっていないということになります。次に行ったのは、水分中の酸素の影響を調べる実験です。十分に水分を与えた状態と、通常の室内という異なる環境下で、同様の実験を行ったところ、水分の多い状態では鮮明なシミが出現。シミの生成には、水分が大きな役割を果たすことが明らかになりました。
図4
46%フッ化水素酸を使って、更に蒸気を当てた状態でシミの発生を比べると、蒸気を当てると、鮮明なシミが発生することを確認
次に研究チームは、シミの出来方に注目しました。生成されるシミは周辺部が濃くなる傾向にあります。また、電解液の滴下直後に周辺にシミが出来ることもわかりました。これについては「これは気化したフッ化水素が関係していると考えられます」と沢辺氏。フッ化水素酸は希釈すると、フッ化水素、フルオロ硫酸、硫酸に分離するため「これらのことを総合すると、洗浄の際に希釈された電解液から発生するフッ化水素と、その際の水分が原因でシミができると考えられます」。シミ発生のメカニズムが明らかになったのです。
次に対応しなければいけないことは、シミ発生の防止です。沢辺氏は「洗浄している空洞中のフッ化水素濃度を速やかに下げることと、フッ化水素の気体を発生させないことがポイントになります」と説明。研究チームは、洗浄水の量を増やし、空洞内を液封状態にして気体を発生させないような洗浄方法を、9セル空洞を使って何通りか試してみました。その結果から、現在は、一番シミのできにくい洗浄方法を実践しています。
「実は、シミが本当に性能抑制の原因かどうかは、まだわかっていないのです。ただ、シミのコントロール方法は解明できました」と語る沢辺氏。このような実験や研究の積み重ねが、宇宙のナゾを解明する最先端の加速器の実現につながっていくのです。
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