2011年2月10日
2010年12月3日から5日まで開催された平成22年度日本結晶学会年会にて、日本結晶学会学会賞の授賞式が行なわれました。受賞者の業績の中には、フォトンファクトリーの放射光を用いて得られた成果が多数含まれています。今回のハイライトでは、受賞者の方とその業績についてご紹介します。
東京工業大学大学院理工学研究科の尾関智二(おぜき・ともじ)准教授は、「環状混合原子価ポリ酸の生成機構および高次構造形成に関する結晶学的研究」という業績で日本結晶学会学術賞を受賞しました。学術賞は、結晶学に関する独創的な研究を成し遂げた50歳未満の研究者に授与される賞です。「ポリ酸」とは、酸素を含んだ酸であるオキソ酸がたくさん集まってできた陰イオンで、数個から数10個のモリブデンやタングステンなどの遷移金属と数10個から数百個の酸素原子からなる大きな化合物を作ります。酸化数の異なる複数の金属を含む複雑な化合物である一方、水や有機溶媒に溶けるというイオンとしての性質も持ち、触媒や磁性材料、医薬品などの実用的な面からも非常に注目されています。
画像提供:東工大尾関研究室
図2
ポリ酸の一例のパラモリブデン酸イオン
([Mo7O24]6-)の構造
尾関准教授は、これまでに70種類以上のポリ酸の構造を観測してきましたが、特に、KEKフォトンファクトリーのPF-AR NW2Aでは、CCDを検出器とする回折計を立ち上げて、5価と6価のモリブデンを138個から152個も含む巨大な環状構造のポリ酸の構造解析を成功させました。このような複雑な分子は微小な結晶しか作ることができないので、輝度の高い放射光でなくては構造解析ができませんでした。尾関准教授は、溶液中のpH変化にともなって、ポリ酸の一連の分子構造変化を連続的に捉えることに成功し、ポリ酸がどのようにして複雑で巨大な構造を形成するかを解明したのです。
また、2011年3月につくばで行なわれるPFシンポジウムにて、複雑なポリ酸の構造と化学に関する研究成果について招待講演としてお話くださる予定です。
タンパク質結晶構造解析の分野では、ベテランと若手という、対照的な2人の研究者に西川賞・進歩賞が贈られました。西川賞は長年に亘って結晶学に対する貢献が特に優れた研究者に、進歩賞は結晶学に関して優秀な研究を発表した35歳未満の研究者にそれぞれ授与される賞です。
西川賞は、月原冨武(つきはら・とみたけ)大阪大学名誉教授・兵庫県立大学特任教授の「生体超分子の構造と機能の解明」という業績に対して授与されました。月原名誉教授は、生体超分子複合体、つまりタンパク質が複雑に組み合わさった分子機械の構造解析を通して、結晶構造解析の限界を打ち破り、日本のタンパク質結晶学を世界のトップレベルへと引き上げた功績が高く評価されました。また、その研究成果は生命科学に大きな影響を与え、これまで生命科学者に馴染みのなかったX線結晶構造解析を生命科学分野に広めました。その一例が、生命のエネルギー獲得の鍵であるチトクロム酸化酵素の構造解析です。これは、高等生物由来の膜タンパク質として世界初の原子レベルの構造解析であり、この酵素がチトクロムcから受け取った電子で酸素を還元しプロトンを輸送するしくみを、その構造から解明しました。
進歩賞を受賞した京都大学原子炉実験所の沼本修孝(ぬもと・のぶたか)特定助教は、「巨大ヘモグロビン」「V型ATPase」という2つの超分子複合体の構造解析に成功し、その働くしくみに迫っています。V型ATPaseは、真核細胞の膜に存在するモータータンパク質で、ATPのエネルギーを利用してプロトンを輸送する働きを持つタンパク質です。沼本助教は、解明した構造からこれまでに知られていなかった新しいモーターの回転機構を提唱し、生命科学分野に大きなインパクトを与えました。
このような超分子複合体には、構造が分かっていないものがまだまだ多く残されており、世界中の研究者が研究を続けています。PFにはそんな研究者たちが集い、今も日夜研究が行われています。
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