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プレス・リリース 〜 03-1 〜 For immediate release: 2003年1月8日
 
 
超冷中性子の大量発生に成功
 
2003年1月8日
 
   増田康博助教授(高エネルギー加速器研究機構)をリーダーとする高エネ研、阪大、東北大、北大、東北学院大の共同研究グループは、高エ研で開発された最先端装置と、大阪大学核物理研究センター(土岐博センター長)のサイクロトロンから出る加速陽子ビームを使って、超冷中性子の大量発生に成功した。その研究結果は、米国物理学会フィジカルレビューレター誌に発表された。


   超冷中性子とは、エネルギーが非常に低い中性子のことであり、自然界に存在する4つの力、重力、電磁気力、強い相互作用、そして弱い相互作用の全てが重要な働きをする珍しい素粒子状態である。中性子の大きさは、10-13cmと非常に小さく、通常、容器に閉じ込めようとしても、容器を構成する原子の間隔は、それに比べて数Å(10-8cm)と非常に大きく、原子の間を通り抜け容器の外に出てしまう、また、透過中に原子を構成する原子核の中に吸収されてしまう。しかし、中性子は、量子論によると波動性を持ち、超冷中性子のようにエネルギーが非常に低い場合、波長は原子間隔よりもはるかに長く、容器壁面で反射され、容器内に閉じ込められる。また、中性子は微小な磁気を帯びているので、磁場中に閉じ込めることもできる。中性子は、物質、そして宇宙の基本的な構成要素の一つであるので、中性子を実験容器に閉じ込めると、様々な分野の研究に応用できる。
  それらの研究を行う上で、最も重要になるのは、容器内に閉じ込められる中性子数である。現在、世界最強の超冷中性子源は、フランスのラウエ・ランジュバン研究所にあるが、増田らは、この千倍以上の性能を持つ新世代超冷中性子源の開発に成功した。超冷中性子の生成は、阪大核物理研究センターのサイクロトロンを用いて次のように行われた。陽子ビームを重金属に照射し、中性子を発生させた。そして、中性子エネルギーを、そばに置かれた重水中の重水素原子核に衝突させてエネルギーを下げ、さらに、重水中に量子液体である超流動ヘリウムを置き、ヘリウム中の量子に衝突させ、次々と、超冷中性子域までエネルギーを下げた。こうして発生した超冷中性子を、量子液体から実験容器に取り出し、超冷中性子数を計測した。
   この新世代超冷中性子源は、素粒子、原子核から物質科学にまたがる様々な分野への応用が期待されている。例えば、
 
    1 ビッグバンにおける物質の創成
    2 初期宇宙における元素合成と太陽の燃焼
    3 素粒子の標準理論と中性子の崩壊過程
    4 重力
    5 表面物理
 
等々の新しい研究が可能となる。
   宇宙の始まりと言われるビッグバン時、巨大なエネルギーのもとで、物質と反物質が生成と消滅を繰り返していたが、ある特殊な力によって、物質と反物質の均衡が破られ、物質のみが宇宙に残り、中性子、陽子そして電子が作られ、そして、それらを元に元素合成が行われ、星が作られたと言われている。その特殊な力は、時間反転対称性を破る力であり、中性子の中に電荷の偏り(電気双極子能率)を生じさせる。よって、電気双極子能率がどの程度の大きさであるかは、ビッグバン時の物質創成の解明に重要である。さらに、ビッグバン後の中性子や陽子による元素合成では、陽子等の原子核による中性子吸収、そして中性子寿命が大きく影響している。また、中性子寿命は、現在、太陽で起こっている燃焼過程にも関与している。超冷中性子は、電気双極子能率、寿命の測定に、決定的な役割を演じ、原子核の中性子吸収率の新しい測定を可能にすると期待されている。
   それ以外にも、超冷中性子は、素粒子の標準理論を確かめる上で重要な中性子崩壊の精密実験を可能にし、素粒子に働く重力の精密実験を可能にする。そして、超冷中性子の物質表面での反射は、表面物理の新しい研究を可能にする。
 
   この新世代超冷中性子源は、陽子ビーム出力30kW、超流動ヘリウム温度0.8K(絶対温度)で運転が可能であるが、今回の実験は、出力78W、温度1.2Kで行われた。現在、所定の陽子ビーム出力と超流動ヘリウム温度を実現するための準備が進められている。これらの改良により、ラウエ・ランジュバン研究所の千倍以上の超冷中性子生成が実現する。
 
 
図1
拡大図(42KB)
図2
拡大図(24KB)
図3
拡大図(33KB)
図4
拡大図(22KB)
 
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