宇宙の初期における素粒子現象の探索を目的として進められている日米共同宇宙線観測実験BESS-Polarは、ニュージーランド夏時間12月13日に南極マクマード基地近くのウィリアムズフィールドより気球搭載型超伝導スペクトロメータを大型科学観測用気球によって打ち上げた。
現在、気球が南極を周回する約10日間にわたっての、低エネルギー反陽子宇宙線の精密測定と宇宙起源反物質の探索を目的とする宇宙線観測が続けられている。
【実験の目的】
宇宙から地球に飛来する宇宙線には微量の反陽子成分が含まれており、1993年より2002年までカナダ北部で行ったBESS(Balloon-borne Experiment with a Superconducting Spectrometer:超伝導スペクトロメータを用いた宇宙粒子線観測気球実験)実験によって2000例以上の低エネルギー反陽子が観測されてきた。その結果として宇宙初期に生成された原始ブラックホールの蒸発など興味深い起源が存在する可能性が指摘されている。
一方、宇宙における物質・反物質の非対称性は素粒子物理・宇宙論の根幹に関わる謎である。宇宙初期の素粒子反応におけるCP対称性の破れによって生じた可能性が指摘されているが、その詳細は不明である。理論によっては我々の銀河から遠く離れた反物質領域の存在を予言するものもあり、その直接的検証には宇宙から飛来する宇宙線中に含まれているかもしれない反物質を探索するほかない。しかしこれまでのBESS実験では宇宙線ヘリウム原子核成分700万事象に対して、反ヘリウム原子核事象は1事象も観測されていない。
南極での打ち上げに向けて2001年より準備が進められてきた今回の実験は、これまでのBESS実験の成果を踏まえた、低エネルギー宇宙線反陽子の高統計観測と極微量に至る宇宙起源反物質探索を目的としており、南極で行う実験であることからBESS-Polarと呼ばれている。
【実験の特徴】
これら微量の反陽子、反物質を観測するには、大気の影響を受けない高空もしくは宇宙空間で大型の測定器を用いて長時間観測する必要がある。また低エネルギー宇宙線の観測は、地磁気によって低エネルギー粒子の進入を妨げられない高緯度地域で行う必要がある。高度35km以上の高空を飛翔する大型気球は、人工衛星やロケット、宇宙ステーションなどの他の飛翔体による実験に比べて、比較的低コストで機動性に富む科学観測を提供できる。
BESS-Polar実験グループではBESS実験における経験を生かして超薄型超伝導ソレノイドと粒子検出器を製作し、新しい気球搭載型超伝導スペクトロメータを開発した。この測定器を米航空宇宙局(NASA)が科学観測気球プログラムの一環として飛翔させる南極周回気球に搭載することにより、高度37〜39km(残留大気圧が1/200気圧以下)で約10日間の低エネルギー宇宙線観測を実施できる。こうして、大立体角(大観測視野)、極域(高緯度)、長時間飛翔の特色を合わせ、BESS-Polar実験ではこれまでのBESS実験の成果よりさらに一桁高い統計量での、宇宙線反陽子の精密測定と宇宙起源反物質の探索を可能としている。
搭載される測定器の総重量は通信装置等を含めて約2.2トンであり、測定器を動作させるのに必要な約500Wの電力は測定器下部に吊り下げられている太陽電池システムによって供給される。
【実験の経過と予定】
BESS-Polar超伝導スペクトロメータは、ニュージーランド夏時間12月13日午後6時54分(日本時間 同日 午後2時54分)に南極マクマード基地近くのウィリアムズフィールドより大型気球(膨張時体積110万立方メートル、気球全長約150メートル)で、打ち上げられた。3時間20分後に最低要求高度33.3kmを越えて、その後高度37〜39kmを西向きに浮遊中である。
およそ10日間の実験中に測定器で観測される宇宙線事象数は約10億で、測定器に搭載されたデータ記録装置に記録される。気球が南極を周回し、打ち上げ地点付近に戻ってきた際に測定器をパラシュートで地表に緩降下させ、データとともに回収する予定である。
【実験組織】
BESS-Polar実験は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部、東京大学、神戸大学、米国航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センター、メリーランド大学を参加機関とし、日本側研究代表者 KEK共通基盤研究施設 山本 明 教授、米国側研究代表者 NASAゴダード宇宙飛行センター ジョン・ミッチェル 博士を中心に推進されている。
本研究は日本では文部科学省科学研究費補助金(特別推進研究)、米国ではNASAの研究費を得て進められている。また、科学観測気球の打上げは米国テキサス州の米国立科学気球施設が実施し、南極での気球飛翔を含むマクマード基地での活動は米国立科学財団によって運営されている。
BESSグループのWebページ http://bess.kek.jp/index-j.htm
図1 BESS-Polar打ち上げ準備の様子。クレーンで吊られているのが測定器。
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図2 大型気球によって測定器が打ち上げられた時の様子。 |
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