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  プレス・リリース 〜 04-02 〜 For immediate release:2004年3月9日  
 
世界初の放射光X線マイクロビーム細胞照射装置の完成について
 
2004年3月9日  
高エネルギー加速器研究機構  
 
高エネルギー加速器研究機構(KEK)の放射光研究施設では、低線量放射線の生物影響を研究することを目的として、放射光単色X線マイクロビーム細胞照射装置を世界に先駆けて完成させた。低線量放射線の生物影響の理解は社会的要請となっているが、この装置により低線量放射線の生物影響発現のメカニズムを科学的に解明する研究が飛躍的に進むことが期待される。
 
人に対する低線量放射線の影響は、主に広島、長崎の被爆者のデータを基にして推定されているが、生物学的な明瞭な根拠はなく、生物影響に対して放射線量のしきい値があるかどうかは多くの研究者の議論の的となっている。一方で最近の研究によると、細胞に放射線が照射されると、細胞死やがん化に至るまでに多くの細胞内の応答機構が関与していることが明らかになってきた。低線量放射線に対してそれらの応答機構がどのように働き、その結果、細胞や細胞組織にどのような影響が見られるかという点が非常に関心を持たれている。
 
放射線のエネルギーは荷電粒子の運動エネルギーとなって最終的には細胞中の分子に与えられる。X線やガンマ線のような光子放射線の場合には生成する二次電子が運動エネルギーを生体に与える。細胞に対する線量は通過する荷電粒子の数と考えることが出来る。低線量になると細胞を通過する平均粒子数が少なくなるので、個々の細胞がうける粒子飛跡の数、即ち放射線量は均一ではなくなる。さらに低くなると、細胞集団の中で粒子を受けた細胞の数が受けなかった細胞の数よりも少なくなる。このような状況で細胞の応答を研究するためには、細胞を個別に識別して、それぞれの細胞への放射線量を個別に知る、あるいは制御することが必要となる。
 
このような動機から、米国および英国では粒子放射線を用いて、細胞を個別に認識してそれぞれに決まった線量の放射線を照射する装置(マイクロビーム照射装置)が開発され、少しずつ報告が出始めている。それによると、照射された細胞の近傍にいる、照射されていない細胞にも放射線の効果が顕れることが明らかになった(Bystander(バイスタンダー、傍観者)効果)。このような現象はマイクロビーム細胞照射装置によってのみ調べられる。
 
KEKの放射光研究施設では、人の普段の生活環境では粒子放射線よりもガンマ線などの光子放射線(それによる二次電子)にさらされる機会の方が多いということに着目し、低線量光子放射線の生物効果を調べるために放射光X線マイクロビームによる細胞照射装置の開発を計画した。放射光は指向性が高いのでマイクロビームを作りやすいうえに、任意のX線エネルギーを得られるので細胞内の特定元素を狙った照射が可能であるという利点がある。
 
このプロジェクトは、平成13年より始まり、平成14年からは科学研究費補助金を受け、昨年末までに制御ソフトも含めて装置が完成した。この装置は大きくわけて、X線光学系、自動ステージと高感度CCDカメラを備えた蛍光顕微鏡、自動ステージ、CCDカメラ、X線シャッターを制御するパソコンから成り立っている(図1, 2)。開発したソフトウェアは、細胞の画像認識、座標計算、ステージ制御、X線シャッターのすべてを制御することが出来る(図3)。装置は放射光研究施設のBL-27Bに設置され、現在までに性能評価実験がほぼ終了し、4月からは共同利用実験に公開される。BL-27Bは実験ステーションが生物試料準備室区域内にあり、生物系の研究者が大学の研究室にいるのと同等な環境で、細胞培養や照射効果検出などの実験を行うことができる。
 
この装置で現在得られているX線ビームの大きさは5ミクロン角で、これより大きい任意の大きさの矩形のビームが利用可能である。この大きさは細胞核よりも小さいので、細胞の核の一部(あるいは細胞質の一部)を照射することが可能である。X線マイクロビームで照射される細胞は底面が薄膜になっている細胞用試料皿の上で培養され、低濃度の蛍光色素による蛍光像を高感度CCDカメラで取得することによって、自動的に細胞と認識されて中心座標が求められる。その座標データを基にしてマイクロビーム位置に細胞が移動して、決められた量のX線が自動的に照射される。照射された細胞は照射装置から取り出され、いろいろな観点から放射線の影響が調べられるが、自動ステージに再現性良く再び装着できるので、照射された細胞とそうでない細胞を区別して放射線による影響を確認できる。
 
この装置で細胞核内の一部にのみ照射されたことを実際に確認するために、細胞核DNAの二本鎖切断が生成したことによるヒストン蛋白の修飾(リン酸化)を免疫染色法によって検出したところ、細胞核内の一部分だけが染まっている像が観察できた(図4)。放射線によってDNA二本鎖切断が起きることは知られているので、確かに決められた位置にマイクロビームX線が照射されていることが確認できた。
 
現在は1時間に数100個の細胞を照射することが出来るが、生存率などのデータをより高い精度で求めるためには、より多くの細胞を短時間で照射することが必要となる。今年の夏からは集光光学系を用いたより小さく強力なビームが利用可能となるので、1時間に1000個の細胞を照射することが出来るようになり、より定量的なデータが得られるようになる。

 
 
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【図1】   【図2】
システム構成図   システム写真
 
 
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【図4】
免疫染色によるDNA損傷の検出。矢印が照射した細胞核。緑の蛍光が二重鎖切断を起こしたDNAに対応(核全体は赤で染色)。右上はシンチレータで可視化したマイクロビームの大きさ。
【図3】          
システム制御用ソフトウェア          
 
 
 
[ 本件問い合わせ先 ]
高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 助教授  小林 克己
Tel:029-864-5655  Fax:029-864-2801
mailto:katsumi.kobayashi@kek.jp
 
 
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proffice@kek.jp
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