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last update:06/07/31  
  プレス・リリース 〜 06-14 〜 For immediate release:2006年07月31日
 
 
Belle実験の最新の結果について
−ニュートリノを伴うB中間子の崩壊−

 
高エネルギー加速器研究機構 
 
 
発表の骨子
B中間子が複数のニュートリノの発生を伴って崩壊する現象の研究からタウとニュートリノへの崩壊がはじめて確認された。この崩壊分岐比は標準理論の予言に一致し、このことから超対称性理論などでその存在が予言されている荷電ヒッグス粒子の質量に厳しい制限がつけられた。
 
高エネルギー加速器研究機構(KEK)で続けられているBelle実験ではCP対称性の破れ(*1)に関する理論である「小林・益川理論(*2)」を実験的に検証することが大きな目的であると同時にB中間子などの崩壊現象の研究を通して新しい物理法則を探求・解明することもその重要な目的としている。これらの研究はKEKに建設されたKEKB加速器(Belle実験グループ(*3))と米国・スタンフォード線形加速器センター(SLAC)に同時期に建設されたPEP-II加速器(BaBar実験グループ)が競争しながら研究を進めてきた経緯がある。2001年には双方同時にB中間子におけるCP対称性の破れを発見し、それ以降それぞれが測定の精密化、多角化を図る一方、新しい物理法則を求めてさらに激しい研究競争が続けられてきた。Belle実験グループは、2006年7月26日からモスクワで開催される第33回高エネルギー物理学国際会議においてニュートリノを伴うB中間子の崩壊を発見したことを発表する。
 
ニュートリノは物質とほとんど相互作用しないために「見えない」粒子であるが、近年スーパーカミオカンデやカムランドの実験などで大変興味深い事実が数多く見つかり、高い注目を集めている粒子である。B中間子がこのニュートリノの発生を伴って崩壊する現象は新しい物理法則に対して感度が高いことから重要であると考えられてきたが、通常の粒子測定器では見えないためにその測定は大変困難であり、ごく限られた崩壊モードのみが知られてきた。今回KEKのBelle実験で6億事象を越えるB中間子・反B中間子対の崩壊データが蓄積されたことから、B中間子がτν(タウとニュートリノ(*4))に崩壊する事象が初めて17個確認された。このうちタウはすぐに崩壊してさらにニュートリノを放出することからこの2種類の崩壊はいずれも2個以上のニュートリノを含む粒子群に壊れ、測定は極めて困難である。この測定のためには、まず対で作られるB中間子・反B中間子のうちの一方の崩壊過程を完全に再構成し、データからその崩壊で発生した粒子を取り除いた後に残った粒子のエネルギーや運動量の測定から見えないニュートリノを伴っていると解釈される事象が見つけ出されたものである。この測定の重要性は、かねてから指摘されてはいたが崩壊分岐比(*5)が小さいこととデータ解析の困難さによって実現には非常に長い時間がかかるものと考えられていた。KEKB加速器の性能が順調に向上したこととデータ解析上の技術が飛躍的に進歩したことによって今回の発見が可能となったものである。このような解析が可能になったことによって近い将来、D*τν(D*中間子、タウとニュートリノ)、K*νν(K*中間子とニュートリノ2個)などの他の興味ある崩壊モードの観測も可能となり、Bファクトリーのカバーする物理が広がることが期待される。
 
現在、素粒子物理学では標準理論(*6)と呼ばれる理論体系が成功を収め、知られている実験事実はほとんどこの枠組みで理解することができるが、これを超えた物理法則が存在し、標準理論はその近似であると考えるのが一般的である。この新しい物理法則(*6)の有力な候補は超対称性理論(*7)と呼ばれるもので、これは荷電ヒッグス粒子(*8)の存在を予言する。この粒子は今回測定されたタウとニュートリノなどの崩壊に関わり、その質量などによって崩壊分岐比が変化することから、その測定によって質量が推定できると考えられている。現段階の測定は標準理論の予言に一致し、この粒子の存在を示唆するような結果は得られていないが、存在を仮定した場合、その質量に図3に示すような強い制限がつけられることが明らかになった。これはこれまで米国フェルミ国立加速器研究所(FNAL)や欧州合同原子核研究機関(CERN)における実験が与えてきた制限に比べて非常に強いものであり、新しい物理法則の性質に関して強力な予言を与えるものである。今後さらに測定精度を向上させ、このような測定を手がかりに新しい物理法則の探索を進めることがBファクトリーの課題である。
 
 
 
 【資      料】 参考資料(PDF 890KB)
 【関連サイト】 Belleグループwebページ
【本件問合わせ先】 高エネルギー加速器研究機構
  素粒子原子核研究所 教授
   山 内 正 則(Belle実験共同代表)
    TEL:029-864-5352
  名古屋大学大学院理学研究科 助教授
   飯 嶋   徹(Belle実験共同代表)
    TEL:052-789-2893
  高エネルギー加速器研究機構
  広報室長
   森 田 洋 平
    TEL:029-879-6047
 

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図1 :電子陽電子衝突で作られたBB中間子対のうち一方がDπに崩壊し、他方がτν(タウとニュートリノ)に崩壊した例。この場合、タウはすぐに崩壊してさらに2個のニュートリノを作っているので大きな「見えないエネルギー」を伴った崩壊に見える。
 

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図2 : 標準理論の枠内ではB中間子(bと反uからなる)はこのような過程を経てτνに崩壊する。もし超対称性理論などが予言する荷電ヒッグス粒子(H)が存在すればこの図のWの代わりにHが介在する崩壊がおこり、そのために崩壊分岐比がWだけの理論値に比べて変化する。このことからこの崩壊を精密に調べることは新しい物理法則の探求において重要である。
 

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図3 : B中間子がタウとニュートリノに崩壊する分岐比をもとに荷電ヒッグス粒子を探索した結果、この図の緑で描いた領域には存在しないことが新たに明らかになった。縦軸は荷電ヒッグス粒子の質量、横軸にとったtanβという量は超対称性理論に表れるパラメータで荷電ヒッグス粒子とクォークなどとの結びつきの強さを表す。以前のLEP(CERN)やTevatron(FNAL)における実験では黄色、灰色の領域に存在しないことがわかっていた。
 

【用語解説】
 
1)CP対称性の破れ
  粒子と反粒子の間に本質的なちがいがあるかどうかは、粒子と反粒子の入れかえ“C(チャージ)”と粒子の空間反転(鏡に写して見た状態)に対する性質“P(パリティー)”を組み合わせた“CP変換”に対する性質を調べることでわかる。粒子と反粒子のふるまいが同じならば「CP不変である」と言い、ちがいがあれば「CP不変性が破れている」と言う。たとえば、ニュートリノは左巻きのスピンをもち、反ニュートリノは右巻きのスピンをもつ。左巻きニュートリノに対して粒子・反粒子の入れかえを行うと、左巻きの反ニュートリノとなる。これに、空間反転を行うと正しく右巻きの反ニュートリノ状態が得られる。したがって、粒子と反粒子の間の本質的なちがいを調べるには、単なる粒子・反粒子の入れかえではなく“CP変換”を考える必要がある。
 
2)小林・益川理論
  この理論において、CP対称性の破れはおよそ次のように説明される。
ウィークボゾンを交換する弱い相互作用において、Q=2/3e のクォークとQ=−1/3e のクォークは互いに移り変わる。この移り変わりは異なる世代間でも可能なので、3世代では9種類の組み合わせが存在する。1973年に小林誠高エネルギー加速器研究機構名誉教授(当時:京都大学理学部助手)と益川敏英京都産業大学理学部教授(当時:京都大学理学部助手)は、CP対称性の破れが起きるためには、2世代ではこの組み合わせの数が不十分であり、3世代で初めてCP対称性が破れることを示した。
 
3)Belle実験グループ
  世界13の国と地域の54研究機関から参加する約400人の研究者からなる国際研究チームである。
 
4)タウとニュートリノ
  電子はもっともよく知られた素粒子であるが、これには性質のよく似た「兄弟」が存在する。「長兄」はτ(タウ)と呼ばれ、質量は電子の3600倍、「次兄」はμ(ミュー)と呼ばれ、質量は電子の200倍である。この3種類の粒子はまとめて荷電レプトンと呼ばれ、それぞれに電荷をもたない相棒、ニュートリノが存在する。したがってニュートリノにも3種類ある。荷電レプトンとニュートリノをあわせてレプトンと呼ぶ。
 
5)崩壊分岐比
  ほとんどの素粒子はきわめて短い時間のうちに別の粒子群に崩壊する。たとえばB中間子は1.6ピコ秒の寿命で崩壊するが、崩壊でできた粒子の組み合わせは知られているだけでも100通り以上のパターンがある。このときに特定のパターンにどのような確率で壊れるかを崩壊分岐比と呼ぶ。たとえばB0中間子がDとπに壊れる崩壊分岐比は0.3%程度であることが測定されている。
 
6)標準理論と新しい物理法則
  電弱統一理論、量子色力学、小林・益川理論などを含んだ標準理論は現在知られている素粒子に関する実験事実をよく説明しているが、理論的には不完全な点が指摘されており、これを超えた新しい物理法則が存在して、現在の標準理論はこの理論の低エネルギーでの近似法則であると考えられている。新しい物理法則にはさまざまな仮説があるが、超対称性理論と呼ばれる理論がもっとも注目されている。これによると1000GeVくらいのエネルギーに現在知られている粒子の超対称パートナーが存在すると考えられ、これを探す、あるいは兆候を見つけることが現在の素粒子実験のもっとも重要な課題であると考えられている。
 
7)超対称性理論
  自然界にある粒子は、粒子のスピン(自転)によってボゾンとフェルミオンの2種に大別される。ボゾンはスピンが0または整数で、フェルミオンは半整数である。元来、ボゾンとフェルミオンは全く別種の粒子と考えられていたが、ボゾンとフェルミオンの間に対称性があり、ボゾンとフェルミオンが同数種だけ存在し、それぞれ一対一に対応するということを超対称性と言う。
 
8)荷電ヒッグス粒子
  真空から発生し、他の粒子の質量の起源となると考えられるヒッグス粒子は電気的に中性であるが、超対称性理論など標準理論を超えた素粒子理論では中性ヒッグス粒子と対を成す荷電ヒッグス粒子が存在することが予言されている。標準理論では荷電ヒッグス粒子は存在しないので、この存在が確かめられれば新しい物理法則の動かぬ証拠となる。
 
 

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