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last update:06/10/26
プレス・リリース
〜 06-16 〜 For immediate release:2006年10月26日
KEK Bファクトリーで世界初の陽電子源用タングステン単結晶標的の実用化に成功
高エネルギー加速器研究機構
首都大学東京
九州シンクロトロン光研究センター
陽電子源の標的部として、世界で初めてタングステン単結晶を用いた標的の実用化に成功した。このことで、陽電子の生成効率が従来型(重金属を用いた場合)に比べて約25%向上した。
[概要]
高エネルギー加速器研究機構(KEK)を中心とする結晶標的開発研究グループ(KEK、首都大学東京、九州シンクロトロン光研究センター、ロシア・トムスク工科大学、フランス・パリ第11大学)は、これまで開発を進めてきたタングステン単結晶標的について、Bファクトリー加速器(KEKB)における入射電子のエネルギーに対する厚さの最適化をすることで、従来の標的に比べ生成される陽電子数が増大することを実験的に検証した(図1)。2006年9月には、KEKB入射器の陽電子源に最適化した結晶標的を実際に設置して運転を開始したところ(図2)、陽電子生成効率が従来のタングステン金属の標的に比べて約25%向上したことを確認した(図3)。この結果、KEKBリングに入射される陽電子ビームの強度は、運転開始以来の最高値(1バンチ当たり1.8nC
*
)を記録し、実用的な連続運転に耐えることを実証した。
*陽電子源直後で測定した平均強度である。
[研究の背景及び目的]
現在、KEKでは、Bファクトリーと呼ばれる高エネルギー電子陽電子衝突実験を進めている。この実験では、80億電子ボルトの電子と35億電子ボルトの陽電子を衝突させ、生成するB中間子の粒子・反粒子の対称性(CP対称性)の破れを検証することを目的にしている。KEKBは、電子と陽電子を供給する入射器と、その電子と陽電子を衝突させるリングから構成され、実験では工場のように大量にB中間子を生成する必要があるため、いかに多くの電子と陽電子ビームを効率的にリングに供給するかが重要となる。
陽電子は、自然界には大量に存在しないため、これまでタングステンなどの重金属標的に高エネルギー電子を照射し、金属中の原子核と電子との電磁相互作用を利用して人工的に生成していた。しかし、入射した電子は、重金属標的内で散乱して拡がってしまい、生成される陽電子も大きな角度まで拡がってしまうため、生成される陽電子のうちほんの一部(入射される電子数の10%程度)しか収集されていなかった。KEKBの更なる性能向上のために陽電子の生成効率や収集効率を向上させることは重要であることから、そのための新しい試みとして単結晶を用いた陽電子標的の開発を進めることとなった。
結晶構造をもつ標的の結晶軸に沿って電子ビームを照射すると、電子は結晶のミクロな原子列が作る強力な電磁場の中を通過することで蛇行運動をし始め、強力な放射を出すと考えられている。単結晶を用いた陽電子標的の目的は、このチャネリング放射(図4)と呼ばれる作用を積極的に利用して、生成される陽電子の数を増大させることにある。
[成果・応用]
単結晶の陽電子生成標的への応用は、1989年フランス・パリ第11大学オルセー線型加速器研究所のR.Chehab教授らにより提唱された。それ以降、欧州、ロシア、日本で陽電子生成の基礎研究が行われるようになったが、当時の技術では標的として良質で厚い単結晶を作ること自体が難しかったことから、実用化には至っていなかった。
結晶標的研究グループは、昨年から今年にかけて良質で結晶乱れのない厚いタングステン単結晶を開発することに成功し、更に、KEKB入射器では約10mmの厚さが標的として最適であることを検証した。また、電子ビームを正確に結晶軸に沿って照射できるように結晶標的の加工・装着法を確立した。今年9月、従来型の重金属標的に比べて約25%の陽電子生成効率の向上を確認した。再開したKEKBの運転においても連続的に使用され、過去最高の陽電子ビーム強度を実現している。
この結果は、タングステン単結晶が高エネルギー加速器の陽電子源として実用化できることを実証したもので、世界的にも初めての成果である。これにより、KEKBの性能向上のみならず、次世代の高エネルギー加速器における陽電子源への応用にも大きく貢献するものと期待される。
また、結晶標的からは、強力なX線が放射されるので、医療・工業用のX線源としても広範な応用利用が可能で、標的材料や標的形状の最適化を行うことにより、従来の陽電子源・X線源に比べ輝度や強度を大幅に向上させることが期待される。
【本件問合わせ先】
【プレス発表・取材に関する窓口】
高エネルギー加速器研究機構
加速器研究施設
助手 諏訪田 剛
TEL:029-864-5684
高エネルギー加速器研究機構
広報室長 森田 洋平
TEL:029-879-6047
首都大学東京
大学院理工学研究科
教授 住吉 孝行
TEL:042-677-2514
九州シンクロトロン光研究センター
加速器グループ
主席研究員 吉田 勝英
TEL:0942-83-5017
図1 :
タングステン単結晶標的の厚さを最適化するための基礎実験データ。標的厚さを変えたときの陽電子生成量の変化を示す。入射電子エネルギー 4GeV、測定した陽電子運動量 20MeV/
c
。。
図2 :
陽電子生成部に組み込まれたタングステン単結晶標的。
図3 :
ビームパルスごとに測定された電子から陽電子への変換効率の分布を示す。タングステン単結晶標的により、従来標的に比べて平均値は約25%向上した。
図4 :
単結晶の結晶軸に沿って入射した電子の運動を模式的に示す。入射電子は、原子核との電磁相互作用を通して、チャネリング放射を前方に放射する。
【参考】
結晶標的開発研究グループ (機関代表者)
・高エネルギー加速器研究機構 (加速器研究施設助手・諏訪田剛)
・首都大学東京 (大学院理工学研究科教授・住吉孝行)
・九州シンクロトロン光研究センター (加速器グループ主席研究員・吉田勝英)
・ロシア・トムスク工科大学 (原子核物理研究所教授・A.P.Potylitsin)
・フランス・パリ第11大学 (オルセー線型加速器研究所研究員・R.Chehab)
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