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last update:06/05/25  
  プレス・リリース 〜 06-10 〜 For immediate release:2006年05月25日
 
 
放射光の特性を活かし擬一次元金属の電子状態を直接観測
 
高エネルギー加速器研究機構 
九州大学 
高輝度光科学研究センター 
 
 
(概要)
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構[機構長:鈴木厚人](以下「KEK」)物質構造科学研究所放射光科学研究施設(以下「フォトンファクトリー」)の若林裕助助手を中心とする研究グループは、擬一次元金属物質(注1)の電子状態を直接観測することに成功した。
 
化学的に多様な修飾が可能な分子性物質(注2)は、超伝導や磁場応答を示すものなど新機能性材料として注目されている。このような分子性物質の究極の状態のひとつが一次元金属物質(一直線上にしか伝導性を示さない)である。今まで知られていた通常のX線構造解析やラマン散乱(注3)などの測定方法では、擬一次元金属物質の中で伝導性を担っている電子の状態を直接観測することが難しかった。今回の成果は、金属的な伝導を示すこの一次元の世界での電子の特異な振る舞いを、若林助手らが放射光X線回折を用いて初めて明らかにしたものである。
 
(背景)
近年のデバイス製造技術の進歩により、パソコンなどで用いられるCPUの回路幅は10ナノメートルの桁に突入し、最終的には原子ひとつ分の太さの回路幅に到達するであろうとも言われている。それらを高い集積度で組み合わせるには、化学合成的な手法が有効であり、このような将来性を見込んだ物質開発のための基礎研究が求められている。多機能で小さな分子の集合体の電子状態を精密に制御するような物質の開発も基礎研究の目標のひとつであり、そこで実現されている電子状態を解明することは物質開発を進展させるための研究の重要な側面である。
 
過去に数多く報告されている分子性伝導体(注4)は、分子の間をつなぐ比較的弱い結合に使われる電子の状態を制御することによって、その電気伝導性や超伝導特性を発現させてきた。しかし、この研究で取り上げた物質は、例えばダイヤモンドのように強い結合を担う共有結合によって繋がれた擬一次元物質のひとつであるハロゲン架橋金属錯体(注5)である。これは特に日本で精力的に研究されている一連の物質群で、300種類以上の類似構造の化合物が報告されている。この一連の錯体では、金属に配位させる分子を選ぶことによって金属イオンの電子状態を制御することが可能であり、図1に示す平均原子価相、電荷密度波相、電気分極相などの様々な電子状態が発現すると言われている。
 
当初は一本の分子鎖の構造が  
      - 金属(M) - ハロゲン(X) - 金属 - ハロゲン -
 
という周期を持つ「MX錯体」と呼ばれる物質が多く研究されたが、電気伝導を示す物質群の開発には至らなかった。そこで電子的な自由度を増やした  
      - 金属(M) - 金属(M) - ハロゲン(X) - 金属 - 金属- ハロゲン -
 
という周期を持つ「MMX錯体」と呼ばれる物質群が開発され、様々な電子配置を取り、様々な性質を示すことがわかった。九州大学大学院理学研究院化学部門北川宏教授らは金属的な伝導を示すMMX錯体を世界で初めて発見し[1]、その後もいくつかの金属的な伝導を示す物質群も開発された。
 
しかし、擬一次元物質個々の分子鎖内の電子配置がどうなっているかは、擬一次元物質の特殊性によってこれまで測定する手段がなく、様々な物性測定の結果と空間平均を行った結果を組み合わせて一本一本の分子鎖の電子状態を想像するにとどまっていた。
 
本研究で行った放射光の特性を活かした測定によって、擬一次元MMX錯体の電子状態が世界で初めて明らかになった。
 
(研究内容)
通常のX線構造解析では、試料に照射したX線が、結晶中の三次元的な原子・電子配列によって多くのスポット状に散乱される(図2の黒い多数の点)ので、これを測定して解析する。現在知られている膨大な物質の結晶構造は全てこのX線構造解析で明らかにされてきた。しかし、低次元構造からは解析可能なスポット状ではなく、棒状や面状に広がった散乱(散漫散乱(注6)と呼ばれる図2上の矢印で示した黒い線)が生じるため通常の手法では構造解析ができない。本研究ではこの散漫散乱が擬一次元構造の情報を含むことに注目し、これを測定・解析した。
 
一方、特定の元素からの散乱X線を抽出することが出来れば、電子状態を決定するのに有力な情報となる。この抽出を行う放射光の特徴であるエネルギー可変性を用いた実験法は“共鳴X線散乱”(注7)と呼ばれている。この手法を擬一次元物質特有の散漫散乱にも適用した。この実験には非常に広いエネルギー範囲のX線が必要であったため、フォトンファクトリーと財団法人高輝度光科学センターが運営する大型放射光施設SPring-8(以下「SPring-8」)において双方の得意な部分を利用する形で実験を行った(注8)。散漫散乱と共鳴X線散乱の測定結果を組み合わせた解析手法をKEKで開発し、九州大学の北川教授らが発見した擬一次元金属物質に適用することによって、擬一次元鎖内での電子の配列を決定することができた。
 
まず、図1に示した電荷密度波相になっていると信じられている物質(HMDA-pop)について測定を行い、散漫散乱強度分布及び共鳴X線散乱のエネルギースペクトル両方とも、電荷密度波型の電子配列を仮定することで実験結果を説明できた。従って、この手法が他の物性測定と矛盾ない結果を与えることを示す事ができた。次に、物性的に最も興味のある金属伝導を示す物質(Pt2(C2H5CS2)4I)に対する測定を行った。この物質を低温に冷やすと絶縁体になり、また交互分極型(図1参照)の三次元秩序が生じる事も知られていたので、金属の状態でも交互分極型の電子配列が三次元秩序を失い、二次元や一次元の秩序のみを持っている状態になっているのだろうと考えられていた。しかし、我々の測定の結果得られた散漫散乱強度分布、共鳴X線散乱スペクトルとも交互分極型では全く説明できず、電荷密度波型の構造でないと得られない物であった。散漫散乱強度分布だけの解析では他の構造である可能性も残っていたが、共鳴X線散乱の結果も同時に説明できる構造は電荷密度波型の構造のみであり、この結果から図3に示したような電荷密度波型の構造が金属伝導を示す擬一次元鎖の中で実現しているとの結論に至った。
 
(本研究の意義)
現実の世界は三次元であるが、物質中の電子の運動では二次元、一次元を実現することが可能である。次元性を下げていくと、三次元では見られなかった特異な振る舞いが観測されるようになる。低次元的な物質の性質を精密に測定することは科学の重要な役割である。一本の分子鎖が様々な機能を発現する擬一次元物質が開発可能になってきた現代、擬一次元物質を研究するための新しい手法は今後の新機能新素材の開発に不可欠となる。放射光のエネルギー可変性・高輝度という特長を活かした、擬一次元物質の電子状態を直接観測できる手法を開発したことで、さらなる新機能新素材の開発に資することが期待される。
 
原著論文はJournal of the American Chemical Society 2006年6月7日号に掲載の予定。
(Webではhttp://pubs.acs.org/cgi-bin/abstract.cgi/jacsat/asap/abs/ja060111j.htmlにて先行公開中。)
 

 
 
 【関連サイト】 放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)
九州大学
高輝度光科学研究センター(Spring8)
 
 【本件問合わせ先】 高エネルギー加速器研究機構
    物質構造科学研究所 教授
 物質構造科学研究所 助手
 広報室長        
  TEL:029-879-6047
澤   博
若林 裕助
森田 洋平
 
   国立大学法人 九州大学
    理学研究院     教授
 広報室長
  TEL:092-642-2106
北川  宏
臼杵 純一
 
   財団法人 高輝度光科学研究センター
    広報室         
  TEL:0791-58-2785
原  雅弘
 
 

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図1:擬一次元MMX錯体の電子状態
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図2: 擬一次元物質のX線写真。黒い点が通常のBragg反射,矢印で示したのが本研究で解析した散漫散乱。
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図3: 得られた擬一次元の電子配置
 
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図4:KEK-PFビームラインBL-1Aで使用したX線カメラ
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図5: KEK-PFビームライン BL-4Cの回折計
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図6: SPring-8ビームラインBL02B1の多軸回折計

 
用語解説
 
(注1) 擬一次元物質
次元が低くなると、物事を考えやすくなるだけでなく、低い次元特有の現象も色々と予想され、また観測されています。しかし、実際に本当の一次元、本当の二次元の物質は、我々が住む三次元の世界に作り出すことができません。実際に作ることができる範囲で一次元に近づけた物を擬一次元物質と呼びます。理想的な一次元物質は通常は金属になることができないことが知られていますが、擬一次元物質は金属になる場合があり、そういった物質中で何が伝導性を引き起こしているかは、多くの科学者が取り組んでいる問題のひとつです。
 
(注2) 分子性物質
例えば食塩は、ナトリウム原子と塩素原子からできていますし、鉄は鉄原子の塊です。こういった物とは異なり、分子が固まってできた物質を分子性物質と呼びます。例えば、ナフタレンや、ブドウ糖の結晶は分子性の物質です。
 
(注3) ラマン散乱
物質に単色光を入射させると、入射光と振動数が少しずれた散乱光を観測することができます。極端に言うと青い光を当てたら、やや緑がかった光が散乱されてくるような感じです(実際には目で見て判るほど色が変わるわけではありません)。これをラマン散乱と言います。どれだけ光の振動数が変化するかは、分子の部分的な構造に依存しますので、ラマン散乱の測定で分子の特定の部位の形状を議論することができます。
 
(注4) 分子性伝導体
氷砂糖やナフタレンが電気を通さないように、ほとんどの分子性物質は電気を通しません。このように通常は絶縁体である分子性物質の中にも電気を良く通すものがあり、これを分子性伝導体と呼びます。化学的に合成することができる物質で電気が通りやすいものが作成できることから、多くの科学者がこういった物質について研究しています。
 
(注5) ハロゲン架橋金属錯体
MX鎖とMMX鎖の2種類に大別され、遷移金属イオン(M)とハロゲンイオン(X)が交互に並んだ一次元骨格を持ちます。MX鎖では、電子−格子相互作用(S)が支配的なときは金属の原子価は2価と4価の混合原子化状態[-M2+-X--M4+-]が生じ、電荷密度波(CDW)相と呼ばれています。
 
(注6) 散漫散乱
結晶は三次元的に原子が配列したものであり、その周期性によって、照射したX線がスポット状に散乱されます。三次元的な周期性は低次元構造や、熱振動、不純物などによる微小な歪などによって完全には実現しないことが多く、その場合、平均的に見た三次元的な周期性からはスポット状の散乱が、そこから外れた構造が棒状や面状に広がった散乱を起こします。この広がった散乱を散漫散乱と呼びます。
 
(注7) 共鳴X線散乱
元素には固有の吸収端エネルギーといわれるものがあり、吸収端に近いエネルギーのX線を入射すると、その元素からの散乱強度が、遠いエネルギーを入射した場合から大きく変化します。この変化は一種の共鳴作用であるために、この変化を積極的に使う実験法を共鳴X線散乱と呼んでいます。これを利用することで、特定の元素の状態を抽出して調べることが可能です。共鳴X線散乱によって電子の状態を調べる手法は、1998年にフォトンファクトリーで開発されました[2]
 
(注8) フォトンファクトリーとSPring-8の得意とするエネルギー
フォトンファクトリー(PF)は比較的低いエネルギーのX線(20keV以下)を多く発生します。SPring-8ではより高いエネルギーのX線を多く出します。共鳴X線散乱では、狙いとする元素に固有のエネルギー(吸収端といいます)のX線を使った実験を行いますので、PF向きの元素と、SPring-8向きの元素があります。この研究では、金属(白金)からの散乱強度を調べる実験をPFビームラインBL-4Cで、ハロゲン(ヨウ素)からの散乱X線強度を見積もる実験をSPring-8 ビームラインBL02B1で行いました。白金は11.5keVに吸収端があり、PF向きであるのに対し、ヨウ素は33.2keVに吸収端があり、SPring-8向きと言えます。
 

参考文献
 
[1] H. Kitagawa, N. Onodera, T. Sonoyama, M. Yamamoto, T. Fukawa, T. Mitani, M. Seto, and Y. Maeda, J. Am. Chem. Soc., 121 (1999) 10068-10080.
[2] Y. Murakami, H. Kawada, H. Kawata, M. Tanaka, T. Arima, Y. Moritomo and Y. Tokura, Phys. Rev. Lett. 80 (1998) 1932-1936.
 
 
 

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