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last update:06/04/06  
  プレス・リリース 〜 06-07 〜 For immediate release:2006年04月06日
 
 
パーキンソン病原因タンパク質の構造異常を解明
− 水溶液中のタンパク質構造解析に適した中性子散乱法 −

 
高エネルギー加速器研究機構  
順天堂大学  
国立精神・神経センター  
 
 
高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所、順天堂大学医学部・脳神経内科、国立精神・神経センター神経研究所を中核とした研究チームは、KEK中性子科学研究施設(KENS)(※1)の中性子小角散乱装置(WINK)(※2)を用いた中性子散乱法により、パーキンソン病に関わるタンパク質の構造異常を明らかにした。
 
近年、パーキンソン病やアルツハイマー病等の脳疾患の原因の一つとして、脳神経細胞内部でのタンパク質の異常な凝集による細胞死が注目されている。このタンパク質の異常な凝集を抑制する新しい脳疾患の治療薬の開発には、生体環境に即した水中において病気の原因となるタンパク質の構造変化をありのままで観察することが肝要である。
 
KEK物質構造科学研究所(池田進教授、物質構造科学研究所副所長)は、脳タンパク質の水溶構造異常と脳疾患発症の問題に着目し、順天堂大学医学部・脳神経内科(望月秀樹助教授)、国立精神・神経センター神経研究所(和田圭司、疾病研究第4部部長)を中核とする研究チームを編成し、水溶液中のタンパク質の構造解析に適した中性子散乱法(※3)を用いて脳タンパク質の構造異常と脳疾患の関係解明についての研究を進めている。
 
研究チームは、脳細胞内部でタンパク質代謝に重要な役割を果たしているユビキチン・プロテアゾームシステム(※4)に関わるUCH-L1(ubiqutin carboxy-terminal hydrolase L1)(※5)の正常型(wild-type)とパーキンソン病患者で発見されたI93M変異体(※6)、及びパーキンソン病に成りにくいS18Y多型体(※7)の3つのタイプの酵素を遺伝子情報に基づき大腸菌から作り出し、KEK中性子科学研究施設の中性子小角散乱装置を用いた中性子散乱法によって、それぞれの水溶液中における形状を決定した。これらは全て水溶液中で二量体(※8)を形成していること、及び正常型の形状と比較すると、I93M変異体はより扁平であり、一方、S18Y多型体はより球状であることを初めて明らかにした。(図1、2)この結果は、パーキンソン病発症の危険性がUCH-L1の水溶液中における形状に由来することを示している。
 
UCH-L1の異常の他にも、様々なタンパク質の異常な凝集体の生成による細胞死が種々の脳疾患において発症の引き金となることが判明している。中性子散乱法は、溶媒とタンパク質のコントラストを調整できるユニークな方法であり、異常なタンパク質構造から疾患を診断し、更にはタンパク質の異常な凝集を抑制する治療薬や予防薬の新しいスクリーニング方法として期待できる。
 
この成果は、日本学術振興会科学研究費補助金「学術創成研究費」(池田進研究代表)、厚生労働省科学研究費補助金(和田圭司研究代表)、文部科学省ハイテク・リサーチ・センター整備事業(水野美邦研究代表・順天堂大学)によって得られたもので、アメリカのBiochemical and Biophysical Research Communications 339 (2006) 717、1月号に掲載された。
 
また、現在「中性子散乱法を用いたタンパク質の形態変化に起因する疾患の診断方法」として特許申請中であり、日本発の革新的技術としての可能性を高く評価され、科学技術振興機構から海外特許戦略への全面的支援を受けている。
 
 
 【本件問合わせ先】 高エネルギー加速器研究機構
  物質構造科学研究所 教授
   内 藤 幸 雄
    TEL:029-864-5618
  順天堂大学
  医学部・脳神経内科 助教授
   望 月 秀 樹
    TEL:03-3813-3111
  国立精神・神経センター
  神経研究所疾病研究第4部 部長
   和 田 圭 司
    TEL:042-346-1715
  高エネルギー加速器研究機構
  広報室 主管
   森 田 洋 平
    TEL:029-879-6047
 

fig1
 
図1:中性子散乱による正常型UCH-L1の水溶液構造
  −●−実際の正常型UCH-L1の中性子散乱測定によって得られた実験曲線。
赤線はアミノ酸配列が57%一致し、生体内に広く分布しているUCH-L3の結晶構造から計算されたUCH-L1構造を次第に回転楕円体に変形した時、最も実験曲線に一致している二量体の理論曲線。
青線はその一量体の理論曲線。縦軸は中性子散乱理論や実験によって得られる散乱強度であり、横軸は空間サイズの逆数を示す。
 

fig2
 
図2:パーキンソン病発症と酵素機能・タンパク質構造
1)正常型のUCH-L1は結晶構造から予測された球状タンパク質ではなく、回転楕円体として更に二量体として存在している。
2)酵素活性が低く、パーキンソン病の危険因子であるI93M変異体は、正常型より扁平度が高い。逆に、酵素活性が高く、パーキンソン病の危険性が低いS18Y多形体はより球状性が高い。

 
 
【 用 語 説 明 】
 
※1)中性子科学研究施設(KENS)
1980年に世界に先駆けて陽子加速器を用いた核破砕パルス中性子源として実用化した大学共同利用施設であり、以来、物性科学、高分子化学、生物科学、基礎物理学にわたる分野の共同利用に供してきた。
 
※2)中性子小角散乱装置(WINK)
試料により散乱された中性子を観測し、0.1ナノメートルから100ナノメートルという広い長さスケールの構造を明らかにできる装置。
 
※3)中性子散乱法
タンパク質を重水素(水素の原子核より中性子が1個多い原子核を有する水素)と酸素からなる重水に溶解させ、これに、冷中性子(衝突しても原子核が壊れないような低エネルギーの中性子粒子)を照射し、タンパク質から散乱してくる中性子粒子を観測し、水中で非破壊によりタンパク質の構造を観察する方法。
 
※4)ユビキチン・プロテアゾームシステム
細胞内で不要となったタンパク質に印を付け、これをアミノ酸へとリサイクルする細胞内のタンパク質分解システム。ユビキチンはその“印”の役割をするタンパク質で、“ユビキタス”、即ち生体のどこにでもある、と言う語源を持つ。このシステムの発見でアーロン チカノヴァー(イスラエル)、アブラム ハーシュコ(イスラエル)、アーウィン ローズ(アメリカ)の3氏が2004年のノーベル化学賞を受賞した。
 
※5)UCH-L1(ubiqutin carboxy-terminal hydrolase L1)
ユビキチン・プロテアゾームシステムで、ユビキチンが結合した不要なタンパク質はアミノ酸へとリサイクルされるが、ユビキチンが結合した状態ではユビキチンも分解されてしまい、細胞内でユビキチンが減少してしまう。そこでタンパク質が分解される前に、細胞内にユビキチンを回収する酵素がubiqutin carboxy-terminal hydrolaseである。生体にはUCH-L3が広く分布しているが、脳ではアミノ酸配列が類似のUCH-L1が発現している。家族性のパーキンソン病患者の脳でI93M変異体が見つかり、パーキンソン病の発症とユビキチン・プロテアゾームシステムとの関係が注目されている。
 
※6)I93M変異体
UCH-L1の正常型(wild type)の93番目のイソロイシンがメチオニンに置換したもの。
 
※7)S18Y多型体
UCH-L1の正常型(wild type)の18番目のセリンがチロシンに置換したもの。
 
※8)単量体(モノマー)/二量体(ダイマー)
タンパク質は単体(単量体)で機能を発現するものもあるが、多くのタンパク質はお互いの構造を認識し合い、同一のタンパク質分子間や、異なる分子と自動的に会合し多量体を形成するものが多い。UCH-L1の場合は、同じ分子間で認識し、2つの分子が会合して二量体を形成すると考えられる。
 
 

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