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last update:06/05/25  
  プレス・リリース 〜 06-11 〜 For immediate release:2006年05月25日
 
 
誘導加速シンクロトロンの原理実証に成功
 
高エネルギー加速器研究機構 
 
 
高エネルギー加速器研究機構(KEK)加速器研究施設の高山健教授を代表とする研究グループは、「誘導加速シンクロトロン(注1)」という新型加速器の開発研究を進め、既存の加速器に誘導加速装置(図1)を組み込み、その原理実証実験に成功した。このことにより、従来の高周波シンクロトロン(注2)に比べ、粒子同士の衝突頻度(ルミノシティ)の大幅な向上が期待できる円形衝突型加速器の開発への技術的目処がついた。
 
高エネルギーの円形加速器としては、1945年にシンクロトロンが開発されて以来、粒子の加速と閉じ込めに高周波電波を用いる方式が採用されてきた。この方式では加速される粒子ビームの種類と強度には限界があったが、誘導加速シンクロトロンは、この高周波シンクロトロンの限界を超えるものとして、2000年に高山教授と当時KEK加速器研究施設助教授であった木代純逸氏(故人)によって考案された。従来の高周波シンクロトロンでは、粒子の閉じ込めと加速という機能をリングの一箇所に置いた高周波空洞に励起した高周波で同時に行う。これに対し、誘導加速シンクロトロンでは、加速される粒子の軌道上にスイッチング電源(注3)で駆動する2種類の誘導加速装置を設置して、そこで別々に発生する誘導電圧を加速と閉じ込めに利用することで完全にこれらの機能を分離する。誘導電圧の発生するタイミングを自由にコントロールできることから、従来の高周波シンクロトロンでは原理的にできなかった「スーパーバンチ(注4)」と呼ばれる長大な粒子群を形成することも可能となり、加速する粒子の数を大幅に増やすことができる。これは、1台の加速器で得られるビーム強度の大幅な向上につながる。
 
この誘導加速シンクロトロンの研究開発は、2003年度から科学研究費補助金(学術創成研究費)として本格的な取り組みが開始され、2004年に誘導加速シンクロトロンを実現する鍵となるスイッチング電源と誘導加速セル(これらを総じて「誘導加速装置」という)の製作を開始した。この誘導加速装置を既存陽子加速器リング内への設置し、同年10月には、高周波によって閉じ込めた陽子を誘導加速することに世界で初めて成功し、続いて、ステップ状の誘導電圧で作るバリアーバケット(注5)の中に陽子を閉じ込める実験に成功した。これにより、閉じ込めと加速を同時に行う誘導加速シンクロトロンの基礎が整った。2006年1月までに実証に必要な残りの誘導加速装置の設置を行い、粒子の軌道を加速器ビームパイプの中心に保持する軌道制御の技術や任意のタイミングで誘導電圧を発生させる手法を確立した。こうして誘導加速シンクロトロンの実証試験を本格的に開始し、2006年3月末には陽子ビームを目標エネルギーである60億電子ボルト(6GeV)まで加速することに成功した。
 
今回確立された粒子の運動に同期してスイッチング電源を動作させ、加速セルを駆動させる誘導加速シンクロトロン特有の技術を利用すれば、音速程度の低エネルギーで入射されるウランのような重たいイオンやRIイオンの他、将来的には複数の原子が集まってできているクラスターイオンなどあらゆるイオンを入射器無しに1台の円形衝突型加速器で加速する事も可能であると考えられる。重いRIイオンの加速が可能になれば、イオンビームによる癌治療と治療部位のPET診断を同時に行うなど医療技術への応用も期待できる。
 
 
 【本件問合わせ先】 高エネルギー加速器研究機構
   加速器研究施設 教授  高山  健
     TEL:029-864-5290
  高エネルギー加速器研究機構
   広報室長 森田 洋平
     TEL:029-879-6047
 

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図1 :実験に用いた誘導加速装置(中央は4連の誘導加速セル)
 

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図2 : 位相空間で見る高周波シンクロトロンと誘導加速シンクロトロンの違い。従来の高周波シンクロトロンでは加速される粒子の加速と閉じ込めに同じ高周波が用いられるが、誘導加速シンクロトンでは加速器用のパルスを自由に長くすることで粒子群の長さを長くすることができる。
 

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図3 : 加速に成功した粒子群のモニター信号
ch1:ビーム強度モニター信号(加速されている粒子数を表す)
ch2:壁電流モニターの信号(陽子バンチの時間構造を表す)
ch3:誘導加速電圧
ch4:ビーム中心軌道の推移
 
 
 

 
[用語解説]
 
(注1)誘導加速シンクロトロン
粒子の加速に誘導電圧を利用する加速器としては、1941年に発明されたベータトロンが有名であるが、この方式では質量の重い陽子を高エネルギーまで実用的に加速することはできなかった。本誘導加速シンクロトロンは、高周波シンクロトロンに比べ粒子をより安定に且つより高い強度が得られる加速方法として、2000年にその概念が発表され、ビーム軌道上に置かれた加速セルにステップ状の誘導電圧を任意に発生させることにより粒子の閉じ込めや加速を分離して行える誘導加速装置の開発により実現された。
 
(注2)高周波シンクロトロン
1945年に発明され、以来、原子核、素粒子物理の実験研究に貢献してきたシンクロトロンでは、粒子の加速と閉じ込めに共通の高周波電波を用いる。本プレスリリースでは従来の加速方式のシンクロトロンを総称して「高周波シンクロトロン」と呼ぶ。加速器リングの一ヶ所に共振器である高周波加速空洞を置き、この空洞に共鳴するラジオ波を定常的に励起しておき、荷電粒子が通過する際の電波の位相に感じて粒子を加速する。早く到達した粒子は低電圧、遅れてきた粒子には高い電圧が加わる。粒子集団は中心にある粒子回りで拘束され、中心粒子と一緒に加速される特徴を有する。加速器リングにおける周回周波数の整数倍の関係にある電波を用いる。
 
(注3)スイッチング電源
誘導加速シンクロトロン実現に不可欠な加速装置である誘導加速セルを駆動する1MHz(100万Hz)で動作可能な電力変換容量20kWの高圧モジュレーターであり、1秒間に100万回という従来にない高繰り返しスイッチングのため、スイッチングの素子の選別からモジュレーター回路の最適化など一から開発した装置である。
 
(注4)スーパーバンチ
粒子の衝突頻度を高めるために加速の際にリング上に形成される誘導加速シンクロトロンの最大の特徴である長大な粒子の群れ(バンチ)を言う。例えば、ヨーロッパ原子核研究所(CERN)で建設中の陽子・陽子衝突型加速器の高周波シンクロトロンにおいてはバンチの長さが10cm程度であるのでに対し、誘導加速シンクロトロンにおいては約300mにも及ぶものとなる。
 
(注5)バリアーバケット
リングに入射された粒子を閉じ込めるために、リング上に設置された加速セルに正と負の誘導電圧(バリアー電圧)発生させる。この電圧パルス間隔を広げる事により長大な粒子群が捕捉され、スーパーバンチが形成される。時間と運動量の広がりからなる位相空間でこのスーパーバンチを安定に閉じ込め得る領域をバリアーバケットと呼ぶ。(図2参照)
 
 
 

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