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       プレス・リリース 〜 07-04 〜 For immediate release:2007年05月15日
   
 
液体金属中の気泡生成崩壊過程の可視化と、容器内表面の高耐損傷処理に成功
− J-PARCの高出力化開発にメド −
   
J-PARCセンター 
   
● ポイント
中性子を発生させる際に水銀ターゲット1)内に生ずる圧力波相当の衝撃圧で発生する特殊な水銀気泡の生成崩壊挙動の可視化に世界で初めて成功するとともに(補足資料1)、この気泡の崩壊に対する水銀ターゲット容器の耐損傷性を向上できる新表面処理技術を開発しました。

本表面処理技術は、自動車、産業機械、船舶及び原子力機器等の耐食性と耐摩耗性が必要とされる摺動部品への適用が考えられています。
 
● 概要
独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 岡崎俊雄 以下「原子力機構」という)と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 鈴木厚人)の共同運営組織であるJ-PARCセンター(センター長 永宮正治)では、大強度陽子加速器施設(J-PARC)2)の建設及び運営を進めています。J-PARCでは、従来の約6倍以上の強度を持つ中性子ビーム3)を発生させて、多岐にわたる中性子利用実験を実施する予定です。そのため、原子力機構では、中性子源の高度化に係る技術開発を進めています。

中性子源ターゲットの材質には液体水銀の使用が予定されています。中性子を発生させるため、光速に近い速度の陽子を中性子源(液体水銀)ターゲットに衝突させると、衝突部分と周囲の温度差から生じる圧力波が水銀内に誘発されます。

この圧力波の衝撃的な荷重が水銀ターゲット容器の内表面に負荷を生じさせるとともに、水銀気泡の生成崩壊による急激な圧力変動が容器を破損させることが懸念されており(補足資料2)、世界的な中性子源の高出力化競争において、この現象の解明と対策が必須の課題となっていました。

今回、超高速度カメラ(島津製作所製HPV-1)により、圧力波で成長崩壊する水銀気泡の超高速連続映像化を実現し、損傷を形成する局所衝撃力の定量的な評価に、世界で初めて成功しました。この映像により、圧力波を受けた液体水銀内では、水銀蒸気からなる微小気泡が急速に成長した後、瞬時(数十マイクロ秒)で崩壊し、その過程でマイクロジェットと呼ばれる数十ミクロン径の水銀ジェットの噴射が生じるため、容器損傷の要因となることが解明されました。

また、今回の観察結果を踏まえた数値計算結果を基に、プラズマ浸炭と窒化処理技術4)を融合させ耐損傷性を向上した新表面加工処理技術(特許出願中)を新たに開発しました。これによりJ-PARCの物質・生命科学実験施設に設置される高出力中性子源水銀ターゲット容器が受ける損傷が顕在化するまでの衝撃パルスの回数を1桁延ばすことに成功しました(補足資料3)

今回の水銀気泡の生成崩壊過程の可視化及び新表面加工処理技術の開発は、今後の中性子源の損傷抑制技術開発研究に大きく寄与できるものと期待されます。

なお、本研究成果は、7月にギリシャで開催される第13回実験力学国際会議にて発表予定です。
 
 
  【関連サイト】 J-PARC webページ
日本原子力研究開発機構
 
  【問合わせ先】
  (技術的内容について)
 J-PARCセンター
  物質・生命科学ディビジョン 研究主席
   二川 正敏
    TEL:029-282-5363
 (報道対応)
 独立行政法人
  日本原子力研究開発機構
   広報部技術主席 花井 祐
     TEL:03-3592-2346

 大学共同利用機関法人
  高エネルギー加速器研究機構
   広報室長 森田 洋平
     TEL:029-879-6047



[用語解説]
 
1) ターゲット
高いエネルギーの陽子ビームが原子核に入射すると原子核がバラバラになり多量の中性子などが放出される。この核反応を核破砕反応と言う。
高い原子番号の原子核を入射標的にして中性子発生効率を高めた標的システムを(核破砕)ターゲットと呼ぶ。
 
2) 大強度陽子加速器施設(J-PARC)
原子力機構と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で茨城県東海村に建設中の陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端研究及び産業利用が行われる予定。
 
3) 中性子ビーム
陽子を核破砕ターゲットに入射させると中性子等が放射状に発生する。この中性子を、最適なエネルギーに減速し、ある一定方向に取り出したものを中性子ビームという。この中性子ビームは、中性子散乱等の実験に用いられる。
 
4) プラズマ侵炭及び窒化処理
各種プラズマ窒素及びプラズマ炭素を金属表面に照射することにより、金属表面の硬さなどの材料特性を変化させる表面処理。変化の程度は、金属基材温度や照射時間など各種プラズマ・パラメータに依存する。
 


[補足資料1]

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(a) 気泡崩壊過程で噴出した水銀ジェット
(経過時間を左上に示す。矢印及び点線は、それぞれジェットの噴出及び衝撃波の伝播を示す。)
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(b) 水銀ジェット噴出の衝突現象
(画像処理によりジェットの衝突挙動を明瞭にしている。)
 
衝撃圧で成長・崩壊する水銀気泡を捕らえた超高速映像により、水銀ジェットの噴出速度を実測し、それを入力条件とした数値解析結果から衝撃力を定量的に評価した。
圧力波を受けた液体水銀には水銀蒸気から成る微小気泡が急速に成長し、その後瞬時(数十マイクロ秒)に崩壊する。その過程で生じた、マイクロジェットと呼ばれる数十ミクロン径の水銀噴射が損傷の要因となる。
 
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(a) 電磁式衝撃圧負荷装置
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(b) 水銀気泡観察試験装置 (c) 水銀/固体(ガラス)界面の気泡観察
 
水銀気泡が成長・崩壊する過程で固体壁面に損傷を与える機構を、水銀とガラスの界面に成長した気泡を超高速度カメラ(島津製作所製HPV-1)と高強度光を用いて観測することにより、可視化することに成功した。
原子力機構で開発した電磁式衝撃圧負荷装置により衝撃圧を水銀に負荷することで、水銀・固体壁界面に水銀気泡を発生させることが可能である。
 

[補足資料2]

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水銀ターゲットの構造

ターゲット容器全体軸長さは約2mであり、ステンレス鋼から作られる。構造安全性の観点から、容器は三重壁構造となっており、万が一、水銀から陽子線が励起する圧力波を直接受ける第一壁が破損しても水銀は外部へ流出することなく十分安全性は確保されるよう配慮している。
 
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陽子線入射による瞬時発熱と圧力波の発生

世界的に高出力の中性子源の開発が行われているが、中性子を発生させるターゲット材には、陽子ビームの入射により発生する熱除去に有利であることから液体水銀の使用が予定されている。図は、パルス陽子ビームがターゲット容器にターゲット窓部を通過して水銀内部に入射する際に生じる瞬時発熱と圧力波の発生機構を模式的に示している。すなわち、大強度のパルス陽子ビームが水銀ターゲット中に入射するときに、液体水銀内部では急激な発熱に伴う圧力波が発生する。その圧力波は容器に向かって水銀中を音速で伝播し、衝撃的な荷重を容器壁面に負荷する。この時、容器変形に伴い引張圧力が容器壁と水銀界面に沿って生じ、水銀気泡が発生する。これにより、微小ピット(穴)群からなる損傷を容器壁面に付加する。容器は、さらに繰り返し衝撃圧を受けることから、損傷の拡大と疲労により破損する懸念があり、この問題を解決する必要があった。

 

[補足資料3]
 
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ステンレス鋼 従来表面処理剤 新開発表面処理剤
 
衝撃圧が負荷された水銀中に生じた水銀気泡の崩壊により、損傷を受けた材料表面の断面拡大写真。

1千万回の衝撃圧を負荷した後に受けた損傷の断面形状を示している。新開発表面処理材は、従来の表面処理材及び基材であるステンレス鋼と比較し、表面はスムーズで損傷が激減していることが分かる。

これまでに約20種類に及ぶ表面処理材料の耐久性を調査したが、従来表面処理技術として比較的良好であったものは、材料表面が硬くなったプラズマ窒化処理材であった。

しかしながら、百万回を超える衝撃パルスを加えると、硬化した表面に生じたわずかな亀裂から剥離が起こり、損傷を拡大する傾向が認められた。

そこで、硬質かつ基材に対する界面強度を改善した、プラズマ浸炭と窒化処理技術を融合させた新技術により、損傷の耐性を向上させることができ、損傷が顕在化するまでの衝撃パルス数を百万回から1千万回に1桁増大することに成功した。

新表面処理技術の特徴は、ステンレス鋼の耐食性を損なうことなく、材料特性を傾斜的に変化させた表面処理層を形成できることにある。

今回は、高速画像から推定した水銀気泡崩壊により生じる衝撃力に適用するように、材料特性の傾斜的変化及び厚さをコントロールした表面処理層を実現させた。当該表面処理技術は、日本電子工業株式会社と共同で特許出願中。

 
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