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last update:07/11/19  
  プレス・リリース 〜 07-11 〜 For immediate release:2007年11月19日
 
 
マンガン酸化物表面における電子状態の放射光による解明
− 金属酸化物を用いた電子デバイスへの期待 −

 
大学共同利用機関法人 
高エネルギー加速器研究機構 
 
 
 
発表の骨子

高エネルギー加速器研究機構を中心とする研究グループは、マンガン酸化物表面近傍における電子の状態を、X線回折法を用いて世界で初めて明らかにした。マンガン酸化物をはじめとする金属酸化物は、現在の半導体技術に替わる新しい技術の基盤となり得るものとして期待されており、今回の成果は、金属酸化物を用いた電子デバイスの設計につながるものである。
 
【概要】
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の若林裕助助教を中心とする研究グループは、米国Brookhaven National Lab.(BNL)、Argonne National Lab.(ANL)のグループとの共同研究で、X線表面回折法*1により、次世代電子デバイスの基盤と期待されるマンガン酸化物表面の電子状態を観測することに世界で初めて成功した。
 
マンガン酸化物は、2007年のノーベル物理学賞の対象となった巨大磁気抵抗効果*2を超える“超巨大磁気抵抗効果*2”を持つので、マンガン酸化物について、その表面や界面の性質を知ることは、その超巨大磁気抵抗効果を実用化するにあたり極めて重要である。このことは、今日広く使われている半導体技術*3と照らし合わせても明らかである。
 
今回の成果は、「Nature Materials」2007年12月号に掲載される予定である。
(ウェブでは、11月19日に、http://www.nature.com/nmat/journal/v6/n12/index.htmlで公開された。)
 
【背景】
“コンピュータの計算速度が1.5年ごとに2倍になる”という傾向は、ムーアの法則*4として知られている。しかしながら、この法則を満たすCPUを現在の技術の延長で想像すると、15年後には原子1つ分の幅の配線が必要となり、そこで限界を迎える。実はムーアの法則はトランジスタが出来るより前、機械式の計算機や真空管の時代まで含めても成り立っており、その傾向を信じるならば、半導体技術は近いうちに全く新しい技術に取って替わられなければならない。その“新しい技術”として期待されているのが、マンガン酸化物をはじめとした金属酸化物を基盤とした技術である。
 
しかし、実用化のためには、これら金属酸化物の塊としての性質の理解に留まらず、薄膜技術や表面・界面の性質の理解、制御が必要とされる*5。これまで、塊としての性質や薄膜の性質は多く調べられてきており、KEK、BNL、ANLでも放射光を使って構造について多くのことが明らかにされてきた。しかし、表面・界面に関する情報は極めて限られていた。
 
【研究内容】
代表的なマンガン酸化物(La0.5Sr1.5MnO4*6)では、低温においてマンガンの電子軌道が互い違いに配列する“軌道秩序状態*8”が生じる(図1参照)。軌道秩序状態は、それが崩れると超巨大磁気抵抗効果を生み出す、材料の性質に大きな影響を及ぼす現象である。今回の研究は、放射光を用いたX線表面回折法により、このマンガン酸化物の化学的な表面と電子的な表面*7を区別した測定を行った(図2参照)。
 
実験はBNLの放射光実験施設(National Synchrotron Light Source;NSLS X22C, X21)及びANLの放射光実験施設(Advanced Photon Source;APS 6ID)で行った。
放射光X線を用いた表面回折法は、

(1) 1nm程度(およそ原子を数個〜数十個並べた距離)の周期構造に敏感である。
(2) 広い面積の平均を観測するため、小さな欠陥に惑わされずに全体像を知ることができる。
(3) 表面のみならず深い領域までの情報を得られる。
等の特徴を持っている。この手法により、マンガン酸化物の化学的表面は、ほぼ完璧に平滑であることがわかった(図2参照)。さらに、軌道秩序状態表面(電子的表面)は化学的表面より粗くなっていることが明らかになった。これは、このマンガン酸化物の電子的な性質が、表面と内側深いところで異なっていることを示している。

【本研究の意義】
この研究成果は、金属酸化物の表面近傍における電子配置を測定することができることを示した。さらに研究を進めることで、半導体に替わる金属酸化物を用いた電子デバイスを設計するための基礎情報を得ることができ、今後の新素材の表面物性の性質の研究を飛躍的に進展させる技術となることが期待される。
 
  【関連サイト】 放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
【本件に関する問い合わせ】 高エネルギー加速器研究機構
  物質構造科学研究所
    助教 若 林 裕 助
    TEL:029-879-6025
  高エネルギー加速器研究機構
  広報室長 森 田 洋 平
    TEL:029-879-6047
 

 
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図1 : 電子の軌道が、ある秩序を持って配列した図。このように長細い軌道が互い違いに配列した状態を軌道秩序状態という。
 

 
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図2 : 今回研究したマンガン酸化物(La0.5Sr1.5MnO4)の表面構造。化学的表面は平滑(青で示した部分)であるが、電子軌道が互い違いに配列した領域(茶で示した部分)の表面は粗く、化学的表面とは明らかに異なっている。
 

 
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図3 : BNL  X22Cの回折計。最初の測定に成功した装置。
 

 
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図4 : ANL  6IDの表面回折計。この装置で大部分の測定を行った。
 

【用語解説】
 
*1 X線表面回折法
  多くの物質の原子レベルでの構造は、X線回折を用いて明らかにされている。この手法を応用して、表面付近の構造をも明らかにできる。その測定法をX線表面回折法という。
 
*2 巨大磁気抵抗効果、超巨大磁気抵抗効果
  磁場により電気抵抗率が変化する現象を「磁気抵抗効果」という。普通の金属では、変化率は数%である。「巨大磁気抵抗効果」とは、これが数十%に及ぶもので、パソコン等のハードディスクには巨大磁気抵抗効果を持つ物質が使われている。現在の物性物理学分野では、更に100倍〜100万倍大きな「超巨大磁気抵抗効果」の研究が進められている。なお、1987年に巨大磁気抵抗効果を発見したアルベルト・フェールト(Albert Fert)とペーター・グリューンベルグ(Peter Grunberg)は、2007年にノーベル物理学賞を受賞している。
 
*3 半導体技術
  コンピュータはトランジスタやダイオードの集合体であり、これらは2種類の半導体を接合してできている。そのため半導体表面や界面、薄膜の研究は、応用の観点で重要であり非常に盛んに行われている。
半導体とは、電気を通す導体や電気を通さない絶縁体に対して、それらの中間的な性質を示す物質である。今日の電子工学の基礎をなす半導体素子、あるいはその集積体であるICといったものは半導体の性質を利用して作られている。
 
*4 ムーアの法則
  インテル(Intel Corporation)の創始者の一人であるゴードン・ムーア(Gordon E. Moore)が1965年に提唱したもので、コンピュータの処理能力の目安になる集積回路上のトランジスタの数は、18ヶ月ごとに倍になるというもの。半導体産業の指針的な役割を果たしている。
 
*5 塊、薄膜、表面・界面の研究
  半導体デバイスは、シリコンの塊としての性質、薄膜の性質、表面・界面の性質全てを利用して今日の性能を発揮している。シリコンがこれだけ広く使われている理由のひとつは、その表面に天然の絶縁被膜であるSiO2が出来ることである。このSiO2とSiの界面に欠陥が入らないという特性が実用上非常に重要で、シリコンの半分を炭素で置き換えた素材(シリコンとダイヤモンドの中間のようなもの)は、やはりSiO2が表面にできるものの、界面に欠陥が多く入ってしまうために実用に耐えない。また、集積回路に不可欠な微細加工の段階では、デバイスは薄膜として作製される。この薄膜の完全性や特性が劣っているようでは全体としてよい性能は発揮できない。塊としての電気伝導や熱伝導だけではなく、これらの“微細加工した結果の構造体”の特性を知ることが、実用化という観点からは重要である。
 
*6 La0.5Sr1.5MnO4
  超巨大磁気抵抗効果の研究に用いられるマンガン酸化物の一種。ランタンとストロンチウムとマンガンと酸素の化合物。
 
*7 電子的表面、化学的表面
  化学的表面とは、固体を形作っている原子と空気あるいは真空との境目を言う。つまり、普通の意味の表面である。それに対し、ここで言う電子的表面とは、電子軌道が作る固体状態である“軌道秩序状態”と“軌道無秩序状態”の境目をさしている。
 
*8 軌道秩序状態
  電子は原子核の周りで雲のように広がっており、その雲の広がりを電子の“軌道”と呼ぶ。軌道は球状とは限らず、長細く伸びている事も多い。そのような“長細い軌道”が互い違いに配列した状態を軌道秩序状態といい、そうでない場合を軌道無秩序状態という。
 

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