for pulic for researcher English
topics
home news event library kids scientist site map search
>ホーム >ニュース >プレス >この記事
last update:07/04/24  
  プレス・リリース 〜 07-03 〜 For immediate release:2007年04月24日
 
 
量子色力学における自発的対称性の破れを厳密に実証
 
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人京都大学
 
 
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)、国立大学法人京都大学などからなる研究チーム(研究責任者 橋本省二(高エネルギー加速器研究機構・准教授))は、物質の質量の起源となる量子色力学における自発的対称性の破れの現象を厳密な計算機シミュレーションにより世界で初めて実証しました。
 
陽子や中性子の構成要素をなす素粒子であるクォークは、それ自体が陽子・中性子の2%ほどの質量しかもっておらず、物質の質量の残り98%はカイラル対称性の自発的破れと呼ばれる現象によってもたらされていると考えられています。一方、クォークの相互作用を支配する量子色力学(QCD)を解くことは非常に難しく、カイラル対称性の自発的破れの現象が起こる機構については、理論的に解明されていませんでした。
 
本研究チームは、格子QCDと呼ばれる計算機シミュレーションによって、自発的カイラル対称性の破れの現象を世界で初めて厳密に実証しました。この研究では、1998年にノイバーガーによって提案されたオーバーラップ・フェルミオンと呼ばれる格子理論を用いて、厳密なカイラル対称性を格子上に実現しました。オーバーラップ・フェルミオンは、格子QCDにおいてカイラル対称性を厳密に保つ理想的な格子理論ですが、計算量が従来の手法の100倍以上もかかるため、これまで大規模シミュレーションでは使われていませんでした。今回のシミュレーションは、最新のスーパーコンピュータと計算アルゴリズムの改善によって初めて可能になったものです。
 
研究チームは、これまでは不可能だったゼロに近い質量のクォークを含むシミュレーションを実行し、真空中のクォークと反クォークのエネルギー準位を計算しました。クォークの質量がゼロに近いときには、カイラル対称性の破れを仮定してエネルギー準位のパターンを理論的に予言することができるので、シミュレーションの結果をこれと比較します。結果は予言を非常によく再現しており(図3)、量子色力学が自発的カイラル対称性の破れを引き起こすことを示しています。これは、物質の質量生成の起源に対する理解にゆるぎない基礎をあたえる研究成果であり、量子色力学にもとづくハドロン(陽子・中性子・パイ中間子等)や原子核の性質の解明に道を拓くものです。
 
本研究は、昨年3月に高エネルギー加速器研究機構に導入された国内最速クラスのスーパーコンピュータ「IBM System BlueGene Solution」を用いて行われました。
 
本研究成果は、米国科学誌『フィジカル・レビュー・レターズ』オンライン版に近く掲載予定です。
 
 
  【関連サイト】  素粒子原子核研究所 理論系グループ
  【本件の問合わせ先】 高エネルギー加速器研究機構
  素粒子原子核研究所 准教授
   橋 本  省 二
    TEL : 029-864-5397
    高エネルギー加速器研究機構
  広報室長
   森 田 洋 平
    TEL : 029-879-6047
 

 
image
図1 :格子QCDのイメージ図。
4次元時空を格子で区切って、その中に漂うクォークの様子をシミュレーションで調べる。
 

 
image
図2 :シミュレーションに使用したスーパーコンピュータ「IBM System BlueGene Solution」。57テラフロップスの最高演算性能をもつ(テラフロップスは1秒間に1兆回の計算を行う能力をあらわす単位)。国内では東工大のTSUBAMEシステムに次ぐ2番目の性能に相当する。2006年3月から高エネルギー加速器研究機構で稼動している。
 

 
image
図3 :クォークのエネルギー準位
小さな体積に閉じ込めたQCDでは、真空中に埋まったクォークと反クォークが離散的なエネルギー準位をもつ。それらの準位の比をプロットしたもの。2/1, 3/1 などは、(2番目の準位)/(1番目の準位)等をあらわす。中央のパネルが、クォークと反クォークによる真空偏極の効果を含む最新の計算結果。カイラル対称性の自発的破れを仮定して得られる予言(横棒)とよく一致している。
 
 

【用語解説】
 
1.カイラル対称性
  スピンを持つ粒子の右巻きと左巻きを区別する対称性。右巻きの粒子が飛んでいるとき、その粒子よりも速く飛んで追い越すと左巻きに見える。このことは、この粒子が本来、右巻きか左巻きかを区別することができないことを意味している。しかし、粒子が光速で飛んでいれば、光速よりも速く飛んでこの粒子を追い越すことはできないので、スピンの向きはその粒子の持つ固有の性質とみなせる。このように光速で飛ぶ粒子がもつ性質をカイラル対称性という。光速で飛ぶことができるのは質量ゼロの粒子だけなので、カイラル対称性は質量ゼロの粒子がもつ対称性ということができる。
 
2.カイラル対称性の破れ
  現在の素粒子理論では、すべての素粒子は本来質量をもたない。クォークが質量をもつ仕組みには2段階あり、1つはヒッグス粒子の関係するヒッグス機構、もう1つがここで考えているカイラル対称性の自発的破れである。前者が物質の質量の2%をあたえ、これを種として後者が残りの98%をもたらす。
 
カイラル対称性の自発的破れは、南部陽一郎博士(シカゴ大名誉教授)が1961年に超伝導の理論にヒントを得て提唱した。超伝導のBCS(バーディーン・クーパー・シュリーファー)理論では、上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子がペアを作って金属中を埋めつくす。ペアとしての運動では電気抵抗をゼロにするほどスムースに動けるが、個別の電子は実効的に大きな質量をもつ。南部博士が量子色力学において提唱したのは、クォークと反クォークの対が宇宙全体を埋めつくすおかげでカイラル対称性が破れ、個々のクォークが実効的に大きな質量を得る、というアイデアであった。すなわち、宇宙は超伝導状態にあると考える。このとき、スムースに動けるペアとしての運動は比較的軽いパイ中間子として解釈される。
 
3.格子QCD
  クォークの相互作用は基礎理論である量子色力学(QCD)によって記述される。時空のあらゆる点に連続的に分布するクォーク場とそれらを結びつけるグルーオン場で書かれる。無限個の自由度を含む非線形方程式で理論的に厳密に解くことは難しく、21世紀の数学7大難問の1つとされている。格子QCDはQCDを4次元の格子上に定義した理論(図1)で、自由度の数が有限になるので計算機によるシミュレーションが可能になる。格子QCDの計算機シミュレーションは20年以上にもわたってその時代の最速のスパコンを使って研究されてきた。その結果、陽子や中性子の質量を始めとする多くの物理量を計算することが可能になってきている。
 
4.オーバーラップ・フェルミオン
  従来の格子QCDの計算手法では、カイラル対称性を格子上に実現できないという理論的な問題があり、量子色力学の最も重要な性質の1つであるカイラル対称性の自発的破れという現象を直接取り扱うことができなかった。1998年にノイバーガーが提案したオーバーラップ・フェルミオンは、この問題を理論的には完全に解決するもので、厳密なカイラル対称性をもつ。ただし、必要な計算量が通常の100倍以上になるために、シミュレーションへの本格的な応用はなかなか進まなかった。
 
 

copyright(c) 2007, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
proffice@kek.jpリンク・著作権お問合せ