【用語解説】 |
|
1.カイラル対称性 |
|
スピンを持つ粒子の右巻きと左巻きを区別する対称性。右巻きの粒子が飛んでいるとき、その粒子よりも速く飛んで追い越すと左巻きに見える。このことは、この粒子が本来、右巻きか左巻きかを区別することができないことを意味している。しかし、粒子が光速で飛んでいれば、光速よりも速く飛んでこの粒子を追い越すことはできないので、スピンの向きはその粒子の持つ固有の性質とみなせる。このように光速で飛ぶ粒子がもつ性質をカイラル対称性という。光速で飛ぶことができるのは質量ゼロの粒子だけなので、カイラル対称性は質量ゼロの粒子がもつ対称性ということができる。
|
|
2.カイラル対称性の破れ |
|
現在の素粒子理論では、すべての素粒子は本来質量をもたない。クォークが質量をもつ仕組みには2段階あり、1つはヒッグス粒子の関係するヒッグス機構、もう1つがここで考えているカイラル対称性の自発的破れである。前者が物質の質量の2%をあたえ、これを種として後者が残りの98%をもたらす。
カイラル対称性の自発的破れは、南部陽一郎博士(シカゴ大名誉教授)が1961年に超伝導の理論にヒントを得て提唱した。超伝導のBCS(バーディーン・クーパー・シュリーファー)理論では、上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子がペアを作って金属中を埋めつくす。ペアとしての運動では電気抵抗をゼロにするほどスムースに動けるが、個別の電子は実効的に大きな質量をもつ。南部博士が量子色力学において提唱したのは、クォークと反クォークの対が宇宙全体を埋めつくすおかげでカイラル対称性が破れ、個々のクォークが実効的に大きな質量を得る、というアイデアであった。すなわち、宇宙は超伝導状態にあると考える。このとき、スムースに動けるペアとしての運動は比較的軽いパイ中間子として解釈される。
|
|
3.格子QCD |
|
クォークの相互作用は基礎理論である量子色力学(QCD)によって記述される。時空のあらゆる点に連続的に分布するクォーク場とそれらを結びつけるグルーオン場で書かれる。無限個の自由度を含む非線形方程式で理論的に厳密に解くことは難しく、21世紀の数学7大難問の1つとされている。格子QCDはQCDを4次元の格子上に定義した理論(図1)で、自由度の数が有限になるので計算機によるシミュレーションが可能になる。格子QCDの計算機シミュレーションは20年以上にもわたってその時代の最速のスパコンを使って研究されてきた。その結果、陽子や中性子の質量を始めとする多くの物理量を計算することが可能になってきている。 |
|
4.オーバーラップ・フェルミオン |
|
従来の格子QCDの計算手法では、カイラル対称性を格子上に実現できないという理論的な問題があり、量子色力学の最も重要な性質の1つであるカイラル対称性の自発的破れという現象を直接取り扱うことができなかった。1998年にノイバーガーが提案したオーバーラップ・フェルミオンは、この問題を理論的には完全に解決するもので、厳密なカイラル対称性をもつ。ただし、必要な計算量が通常の100倍以上になるために、シミュレーションへの本格的な応用はなかなか進まなかった。 |