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last update:08/03/14  
  プレス・リリース 〜 08-05 〜 For immediate release:2008年3月14日
 
 
2つの異なる超伝導状態が共存する典型物質を発見
− 超伝導現象の解明に新たな手がかり −

 
 
大学共同利用機関法人 
高エネルギー加速器研究機構 
 
 
発表の骨子
高エネルギー加速器研究機構と青山学院大学からなる研究グループは、比較的高温で超伝導状態※1を示すある種の金属炭素化合物において、2つの異なる超伝導状態が共存しているという極めて珍しい状態を発見した。今回の成果は、超伝導現象の多彩さを示すとともに、その理解を進めるものである。
 
【概要】
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の門野良典教授のグループは、青山学院大学の秋光純教授のグループと共同で、比較的高温で超伝導状態を示すことが知られていた金属炭素化合物について、超伝導状態になる電子の密度の温度依存性を、ミュオンスピン回転法※2を用いて詳細に測定した。その結果、1つの物質中で2つの異なる超伝導状態が共存している極めて珍しい「二重ギャップ超伝導」と呼ばれる状態を示す明瞭な証拠を得た。これにより、高温超伝導物質である二ホウ化マグネシウム(MgB2)が同様の二重ギャップ超伝導状態にあることが明らかにされて以来、多くの研究者の関心を集めてきたが事例が少なく謎が多い二重ギャップ超伝導について、その理解が大きく進むものと考えられる。
 
今回の成果は、米国物理学会誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に3月7日掲載された。
 
【背景】
超伝導状態の物質内部では、2つの電子が対となることで、エネルギーの低い状態となっている。このエネルギーの差を「超伝導ギャップ」と呼ぶ。一般には超伝導ギャップが大きい物質ほど、電子と電子の間の引力が強く、高温になっても超伝導状態を保つことができる。
 
2001年、青山学院大学の秋光純教授のグループが、二ホウ化マグネシウム(MgB2)が-233℃(約40K)という高い温度で超伝導状態になることを明らかにして以来、「軽元素ネットワーク型金属」※3という新しい高温超伝導物質の探索が行われてきた。
 
この物質は1986年から研究が進められてきた銅酸化物超伝導体※4とは異なり、炭素やホウ素などの軽い元素が硬い結晶格子を形成することによって電子との相互作用が強くなることで、大きな超伝導ギャップが得られるという効果が期待される。
 
このため、炭素やホウ素を含んだ金属における超伝導状態を理論的に理解するための研究が進められてきたが、1つの物質中で2つの異なる超伝導状態が共存している二重ギャップ超伝導という現象が見つかって以来、実験結果の解釈に少なからぬ混乱がもたらされていた。1つの物質中に2種類の超伝導状態が存在した場合にどのような効果がもたらされるかについては謎が多く、超伝導現象を深く理解する上でも重要なテーマと考えられている。
 
【研究内容】
本研究では、カナダにあるTRIUMF研究所のミュオン利用施設において、「軽元素ネットワーク型金属」の1つとしてその高い超伝導転移温度と化学組成の関係に注目して研究していた金属炭素化合物であるLn2C3〔「Ln」はイットリウム(Y)もしくはランタン(La)〕の超伝導状態について、ミュオンスピン回転法を用いて「超流体密度」(超伝導状態で実際に超伝導電流を担っている電子の密度)の温度依存性を詳しく測定した(図1)。
 
その結果、図2に示すようにいずれの物質においても単一の超伝導ギャップを持つ場合とは異なる振る舞いが観測された。特にLa2C3においては2つの超伝導状態に対応して、超流体密度が温度に対して階段状に変化する様子が明瞭に観測された。一方、同じ物質でLaをYで置き換えた場合(Y2C3図3)には、明快な階段状の変化は観測されないが、先の軽元素ネットワーク型金属の1つである二ホウ化マグネシウムと類似の振る舞いを示すことが明らかになった。さらに詳しく解析したところ、両者の振る舞いの違いが、主に異なる超伝導ギャップをもつ2つの電子軌道間の結合(2つの超伝導状態の間を電子が相互に飛び移る頻度)の大きな違いによるものであることが強く示唆される結果が得られた。
 
【本研究の意義】
超伝導状態は、結晶を構成する原子と相互作用する電子が対を作ることによって発現するが、超伝導が破れる温度(超伝導転移温度)が、結晶のどの性質によって具体的に決まるのかについての正確な理論的理解は得られていない。今回、1つの結晶中で2種類の超伝導状態を示す物質が存在し、その共存の様子が明確に測定できたことにより、結晶中のどのような性質(原子配列等)が超伝導転移温度の違いをもたらすかを解明する手がかりが与えられた。
 
これにより、工業的な加工が容易とされる金属炭素化合物において、従来よりも飛躍的に高温で超伝導状態を示す物質を探求するための、明確な指針を与える研究が進展することが期待される。 
 
東京大学大学院理学研究科の青木秀夫教授は、この研究成果について「ミュオンスピン回転法によってここまで明確に二重ギャップ超伝導を示す物質を見つけることができたことに深い意義がある。希土類のYとLaの違いが超伝導の現れ方に大きな違いをもたらすことがわかったこともきわめて興味深い。」とコメントしている。
 
なお、本研究は、平成18年度科学研究費補助金(特定領域研究)および同年度KEK大学共同利用ミュオン実験(海外研究施設利用)により行われた。
 
  【関連サイト】 ミュオン科学研究施設のwebページ
【本件に関する問い合わせ】 高エネルギー加速器研究機構
  物質構造科学研究所
    教授 門 野 良 典
    TEL:029-864-5625
  高エネルギー加速器研究機構
  広報室長 森 田 洋 平
    TEL:029-879-6047
 

 
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図1 :
第二種超伝導体※5に磁場を加えると、超伝導体内部では磁束格子状態※5という、磁場が不均一な状態になる(a)。この中にミュオンを注入すると、超伝導電流の強さに応じて、ミュオンが感じる磁場が場所によって異なる分布を示す(b)。これを理論計算と比較することで、磁束格子における超伝導電流の強さを決めることができる(c)。
 

 
image 図2 :
ミュオンスピン回転法によって測定されたLa2C3 (a)とY2C3 (b)の超伝導電流の温度依存性。(a)のLa2C3では絶対温度4K付近で第2の超伝導状態が出現することが観察できる。(b)のY2C3では一見それほど大きな変化は見られないが、二重ギャップモデル(図中の小さなグラフ)で解析を行うと、第2の超伝導があらわれており、電子軌道間の結合が強く混じり合っているためLa2C3の場合に比べて変化が小さくなっていることがわかる。図中の赤線は、2つの異なる超伝導ギャップエネルギー(Δ1、Δ2)をもつ超伝導状態とその結合の強さ(w)を仮定した現象論的な理論モデルによる計算結果で、両物質間の違いもふくめ、実験結果をよく再現している。小さい図の緑と青の線は実験データの解析から予測される2つの超伝導状態の温度に対する振る舞いを表している。
 

 
image 図3 :
Y2C3の結晶構造。炭素が対となって3次元的に並んでいるが、鏡で反転させた結晶構造とは重ならない並び方になっている。このことが二重ギャップの原因の1つになっていると考えられる。
 

【用語解説】
 
※1 超伝導状態
  金属を低温にすると、ある温度以下では電気抵抗が急激にゼロになる現象。1911年にオランダのK.オンネスによって水銀の電気抵抗が絶対温度4K(-269℃)でこの現象が発見された。
 
※2 ミュオンスピン回転法
  ミュオン(ミュー粒子とも呼ばれる)とは、陽子の約9分の1、電子の約200倍の重さを持った不安定粒子である。正電荷を持つものと負電荷を持つものがあるが、ここでは正電荷を持つミュオン(μ+,正ミュオン)を研究に用いているが、正ミュオンは物質中で水素(陽子)とほぼ同じように振る舞うことから、加速器施設で大量に発生させたものをイオンビームとして物質に照射し、物質の内部磁場分布を調べる「原子サイズの方位磁針」として用いることができる。その原理はミュオンスピン回転法と呼ばれるもので、ミュオンの持つ磁気モーメントが磁場の強さに比例した周波数で回転することを利用しており、核磁気共鳴(医療用MRI等にも用いられている)に比較的近いが、ミュオン自身が放射性粒子である(短時間で崩壊して高エネルギーの陽電子を放出する)ため、極めて高感度であることが特徴である。
 
※3 軽元素ネットワーク型金属
  二ホウ化マグネシウム(MgB2)では、ホウ素という軽い元素が形成する硬い格子(ハニカム格子)の上を電子が流れ、このハニカム格子と電子の相互作用が高い超伝導転移温度を導くと考えられている。このように、周期律表の右上(13〜15族)にある軽い元素群が創り出す結晶骨格に電気伝導性を付与したような金属を「軽元素ネットワーク型金属」と呼ぶ。これらの金属で超伝導状態が起きる場合、硬い格子と電子の相互作用によって高温超伝導が実現する可能性があると考えられている。本研究で取り上げた金属炭素化合物も炭素のネットワーク上を流れる電子が超伝導状態になる(YやLaといった金属は炭素に電子を供給するだけ)と考えられている。
 
※4 銅酸化物超伝導体
  1986年に、当時チューリッヒのIBM研究所にいたJ. G. ベドノルツとK. A. ミュラーは、ある種の銅酸化物に不純物を混ぜ合わせて金属化すると、極めて高い転移温度を示す超伝導体になることを発見した。その後の爆発的な研究により液体窒素の沸点を大きく超える超伝導転移温度を示す銅酸化物も見いだされた。実用化のペースはそれほど早くはないが、最近では送電等の大規模な応用のための試験研究も徐々に進んでいる。一方で、その高い超伝導転移温度がどのような物理的機構によるのかについては、発見後20年以上を経た現在においてもいまだに研究者の間で見解が分かれている状態である。
 
※5 第二種超伝導体/磁束格子状態
  超伝導体は外部からの磁場に対して2通りの応答をすることが知られている。1つは超伝導体の表面に超伝導電流が流れ、超伝導体内部に一切磁場が通らないような状態になる場合で、このような応答を示すものを第一種超伝導体と呼ぶ。これに対し、磁場によって超伝導が一部壊れて常伝導になり、その部分をある一定の強さをもつ磁場が通るような応答を示す物質を第二種超伝導体と呼ぶ。この場合、常伝導状態になる部分は空間的には細い針状のものが格子を組んだ様な形になる(図1参照)ので「磁束格子状態」と呼ばれる。
 

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