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last update:09/02/06  
  プレス・リリース 〜 09-03 〜 For immediate release:2009年2月6日
 
 
鉄系高温超伝導体の仕組み解明に手がかり
− 新タイプの超伝導機構を発見か −

 
大学共同利用機関法人 
高エネルギー加速器研究機構 
 
<発表の骨子>
高エネルギー加速器研究機構を中心とする研究グループは、ミュオン・スピン回転法(μSR)※1と呼ばれる分析手法を用いて、新たな鉄系超伝導体の磁気的な性質、超伝導の性質を調べました。その結果、それらの超伝導は、ホール※2間の異常に強い対形成相互作用に起因していることが明らかになりました。また、銅酸化物の超伝導とは明らかに仕組みが異なることが明確になりました。これらの成果は、今後の超伝導機構の解明において、大きな進展をもたらすものです。
 
<概要>
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の門野良典教授を中心とするミュオン物性研究グループは、総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学研究科物質構造科学専攻大学院生平石雅俊氏、青山学院大の秋光純教授、岡部博孝研究員らと共同で、ミュオン・スピン回転法(μSR)と呼ばれる分析手法を用いて、新たな鉄系超伝導体の磁気的な性質、超伝導の性質を調べました。その結果、それらの超伝導は、ホール間の異常に強い対形成相互作用に起因していることが明らかになりました。また、銅酸化物の超伝導とは明らかに仕組みが異なることが明確になりました。これらの成果は、今後の超伝導現象の機構解明において、大きな進展をもたらすものです。

本研究成果は、2月10日公開の英文学術誌「Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)」の2009年2月号オンライン版に"Editor's choice(注目論文)"として掲載予定です。

<背景>
昨年2月、東京工業大学の細野教授の研究グループによって鉄を含む物質LaFeAsO系超伝導体※3が−247℃(絶対温度26 K )で超伝導を示すことが発見され、更にその後の研究でLa元素を他の希土類元素に変えることで−223℃(50K)を超す転移温度(超伝導になる温度,Tc)が実現されたことから、世界中で銅酸化物超伝導体の発見以来という集中的な研究が行なわれています。これらの物質は鉄とヒ素のシート状の骨格(FeAs層)から構成されており、それらの層に供給された電子が超伝導を引き起こすと考えられています。銅酸化物でも銅と酸素のシート状骨格が超伝導を担うことから、両物質の類似点・相違点を探る研究も盛んに行われています。更に昨年、同じく鉄を含む物質で、もう一つの超伝導体の系統として発見された(Ba0.6K0.4)Fe2As2という物質(Tc、〜−233℃[40 K])は、こちらも骨格をなすFeAs層が超伝導を担う点は同じですが(図1)、FeAs層は電子を少し「抜き取られ」ており、それによって空いた電子の穴(ホール)があたかも正の電荷を持った電子のように振る舞い、超伝導を担っていることが分かりました。これら二つの系の鉄系超伝導物質で見られる現象は、銅酸化物超伝導体で起こる超伝導と同じであることから、電子とホールで超伝導の性質や起源が同じなのかどうかの解明が急がれています。

<研究内容>
本研究では、カナダにあるTRIUMF研究所のミュオン利用施設において、ミュオン・スピン回転法(μSR)と呼ばれる物質内部のミクロな電子状態を観測する研究手法を用い、新たな系統の超伝導体である(Ba0.9K0.1)Fe2As2(Tc < −231℃[42 K])、および(Ba0.6K0.4)Fe2As2 (Tc = −235℃[38 K])の磁気的な性質、超伝導の性質を調べました。その結果、
  1. 生成するホールの濃度が低い(Ba0.9K0.1)Fe2As2は、133℃(140 K)付近で反強磁性※4を示す
  2. 超伝導転移温度が最高になるホール濃度の (Ba0.6K0.4)Fe2As2では、超伝導を担うホール対の結合エネルギーがホールの運動の向きによらない従来型のBCS超伝導状態※5でよく理解できるが、その一方で、対を形成するための結合エネルギーが転移温度から予想されるより遥かに大きい(図2
ということが明らかにされ、これらの結果から、(Ba0.6K0.4)Fe2As2系の超伝導状態においては、最初に見つかったLaFeAsO系の超伝導が示す性質(電子対の結合エネルギーがその運動の向きによって異なっている)とは必ずしも一致しない(超伝導を担うキャリアが電子であるかホールであるかにより、異なる超伝導特性が出現する)こと、また、ホール対の結合エネルギーがその運動の向きによって異なっていることが明確になっている銅酸化物の超伝導とは明らかに仕組みが異なることが明確になりました。

<本研究の意義>
昨年、新たな鉄系の超伝導体が発見されて以来、世界各地で銅酸化物超伝導体の発見以来という集中的な研究が進められています。今回、同じ鉄系であっても、(Ba0.6K0.4)Fe2As2系列の超伝導体では、結晶の骨格をなすFeAs層が超伝導を担う点はLaFeAsOと同じながら、LaFeAsO系の超伝導が示す性質とは必ずしも一致しないことが明らかになり、また、銅酸化物の超伝導とは仕組みが異なることが明確になりました。

今後、これらの多様な超伝導の機構が解明されることにより、その結果、さらに高いTc を持つ新物質が見出されることが期待されます。将来的に、室温においても超伝導状態が維持される物質を造り出すことができれば、エネルギー革命につながるとの期待が持たれています。
 
【本件に関する問い合わせ】 大学共同利用機関法人
高エネルギー加速器研究機構
 物質構造科学研究所
  教授 門野良典
  TEL:029-864-5625

 広報室長 森田洋平
  TEL:029-879-6047
 

 
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図1 :(Ba0.6K0.4)Fe2As2 の結晶構造
 

 
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図2 :(Ba0.6K0.4)Fe2As2における超伝導電流の強さを表すミュオン・スピン緩和率の温度による変化
赤色の点が実験データであり、鎖線はホール対の結合エネルギーを表すパラメーターをBCS理論の予想値と同じとした場合の理論値。実線は、理論値より1.5倍ほど大きな結合エネルギー(=強結合)に対応する。
 

【用語解説】
 
※1 ミュオン・スピン回転法(μSR)
  加速器を用いて光の速度近くまで加速した陽子をターゲットの原子核に衝突させると、他の様々な粒子とともにパイ中間子を生ずる。パイ中間子はおよそ5000万分の1秒で崩壊し、ミュオン(ミュー粒子)※6に生まれかわる。ミュオンは、スピンという原子サイズの「棒磁石」のような性質を持ち、生まれた時にはその向きが常に同じ方向に揃っている。これらのミュオンを物質に照射すると、原子と原子の間で止まり、その場所での磁場の大きさに比例した周波数でミュオンのスピンが回転する。不安定粒子であるミュオンは平均寿命約50万分の1秒で崩壊するが、その瞬間に、スピンが向いている方向に陽電子を放出する。ミュオン・スピン回転法は、この陽電子の方向分布を時々刻々調べることでミュオンスピンの回転周波数を観測し、物質内部の微小な磁場を解明する実験手法。試料内部の超伝導電流の強さを、電流が作る磁場を通してミクロなスケールで測定できることが特徴。
 
※2 ホール
  固体の結晶などの中で、電子の不在により生じた欠落部分が、あたかも正の電荷を持つ粒子のようにふるまうものをホール(正孔)と呼ぶ。半導体などでは、自由電子だけでなくホールも電荷の移動を担う。
 
※3 LaFeAs(O1-xFx)系超伝導体
  物質の電気抵抗がゼロとなる超伝導は、通常は絶対温度0度(−273.15℃)に近い超低温でのみ起きる現象である。これは電気的に反発し合う電子が超低温で対をつくることに起因すると考えられており、その基本的なメカニズムを解明したJ. バーディーン、L. クーパー、R. シュリーファーによる理論は、彼らの名前の頭文字をとってBCS理論と呼ばれている。

1986年、室温では電気的に不良導体である銅酸化物が約−240℃という比較的高い温度で超伝導を示すことが発見され、その後の研究により−110℃程度といった高温で超伝導を示す銅酸化物も見つかった。BCS理論によれば、物質が超伝導を示す温度(転移温度 Tc)の上限は、−240〜230℃程度と予想されていたため、この発見は世界各地に驚嘆と集中的な研究をもたらした。その後、これらの高温超伝導の機構には、電子どうしがクーロン斥力相互作用で互いに反発しあいながら動く「電子相関」が重要な役割を果たしていることが明らかになってきたが、未だその完全な理解には至っていない。

銅酸化物の高温超伝導発見から20年余りを経た2008年2月、東京工業大学の細野秀雄教授らのグループにより、鉄化合物が−247℃で超伝導を示すことが発表された。鉄とひ素の化合物にランタンの酸化物が加わったLaFeAsOに少量のフッ素を添加した、LaFeAs(O1-xFx)と記される物質である。従来型の超伝導の標準的な理論であるBCS理論では、鉄のように磁性を持つ原子は超伝導状態を破壊する方向に働くと考えられていたため、この発見は大きな驚きをもって受け入れられ、再び世界中に集中的な研究競争を引き起こした。現在はその渦中にある。
 
※4 反強磁性
  磁石の材料となる鉄等の物質は、「強磁性体」と呼ばれる。物質を構成する原子が持っている磁気モーメントが同じ方向に揃っているのが特徴で、この性質を「強磁性」という。これに対し、原子の磁気モーメントの向きが一つおきに逆転したような規則性を示す物質を「反強磁性体」、またそのような性質を「反強磁性」と呼ぶ。実際の物質では強磁性よりも反強磁性の方がより一般的に見られる。
 
※5 BCS超伝導状態
  超伝導現象は、1957年に米国の物理学者J. バーディーン、L. クーパー、R. シュリーファーによって提唱された理論によってその基本的な部分が解明され、その理論は3人の名前の頭文字を取ってBCS理論と呼ばれる。ただし、そこで考えられていた超伝導状態はある程度限定された状況を仮定したもので、例えば電子対を形成する際に働く引力相互作用の大きさ(結合エネルギー)は電子の運動の向きによらない(等方的)と想定されている。ここでは、このようなBCS理論で想定された状況が実際に実現されているような超伝導状態を「BCS超伝導状態」と呼んでいる。
 
※6 ミュオン(ミュー粒子)
  電子と同じレプトン(軽粒子)の仲間に属する素粒子で、天然には宇宙線として地球に降りそそいでいる。正と負の電荷をもつミュオンが存在し、負の電荷をもつミュオンは多くの点で電子と同じ性質を持つが、質量は電子のおよそ200倍、陽子のおよそ9分の1であり、正の電荷をもつミュオンは物質中では水素の原子核の同位体のように振る舞う。陽子の約3倍という大きな磁気モーメントを持つため、物質中の内部磁場に対する感度が高い。
 

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