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last update:09/08/22  
  プレス・リリース 〜 09-11 〜 For immediate release:2009年8月22日
 
 
Belle実験の最新成果について
− B中間子の極く稀な崩壊過程に新しい物理のヒント −

 
大学共同利用機関法人 
高エネルギー加速器研究機構 
 
発表の骨子
高エネルギー加速器研究機構の電子陽電子衝突型加速器を用いた実験では、これまでも従来の素粒子物理学の標準理論にあてはまらない現象の探索を進めてきたが、今回、新しい粒子の探索に感度が高いレプトン対への崩壊過程を解析することにより、新しい物理学のヒントとなりうる現象を観測した。
 
概 要
物質の最も基本的な構成要素であるクォーク※1は、小林・益川両博士が提唱したとおり、3世代6種類に分類されている。このうち2番目に重いボトム・クォークを含むB中間子※2を大量に作り出し、素粒子の基本法則を解き明かすのがBファクトリー実験の目的である。大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)の電子陽電子衝突型加速器(KEKB)を使って実験を行っているBelle(ベル)実験グループ※3は、これまでに、B中間子の崩壊におけるCP対称性の破れ※4の発見と小林・益川理論※5の検証、B中間子の新しい崩壊様式やD中間子混合現象の発見、新しい共鳴粒子の発見など、多くの成果をあげてきた。その後、KEKB加速器の性能はさらに向上し、今年6月には設計値の2倍を超えるルミノシティ※6を達成、Belle実験においても8億対以上のB中間子‐反B中間子対のデータを蓄積することに成功している。今回、Belle実験グループは、そのうち6億6千万対のデータを用い、B中間子がK(ケイスター)中間子(K中間子の励起状態※7)とレプトン対※8に崩壊する過程でレプトンが放出される方向の分布を解析したところ、標準理論の予想よりも大きな値を示しており、新しい物理学のヒントとなりうる現象であることがわかった。
 
この成果は、8月17日からドイツ・ハンブルグで開催のレプトン-フォトン国際会議(Lepton−Photon 2009)において発表した。
 
図1は、B中間子がレプトン対を放出しながらK中間子などの軽い粒子に崩壊する過程での、K中間子の方向に対する正荷電レプトンの方向の前後方非対称度※9と呼ばれる値を示したものである。測定データは標準理論の予想(実線)よりも大きな値を示している。小林・益川理論に基づくと、この崩壊は、図2に示すような"ペンギンダイアグラム"によって起こるとされている。この種の崩壊では、不確定性原理※10によって崩壊の途中にZボゾンやWボゾンと呼ばれる重い粒子が一瞬だけ生成されることが知られいるが、その際、標準理論を超える未知の新粒子が生成されることも予想されている。なかでも超対称性粒子※11は新粒子の有力な候補とされており、レプトン対の前後方非対称度を測定することは、この重い粒子の性質を敏感に反映する優れた探査手法である。図1の測定データは、標準理論の予想よりも超対称性粒子が生成された場合の予想の一例(破線)に近い値を示していることから、測定データと標準理論との差異は、Z,Wボゾン以外の未知の粒子が生成された影響とも考えられる。
 
この崩壊過程は、Belle実験グループが2002年世界に先駆けて観測を行った崩壊だが、崩壊率が極めて低い極く稀な過程であるため、これまではレプトン対の前後方非対称度の測定は難しかった。しかし、KEKB加速器の性能が向上し観測データが増えたことで今回はじめて測定が可能となったといえる。今回の測定では、約250個の崩壊を捉えることができた。
 
ペンギンダイアグラムによって起こる崩壊にはこの他にも色々な過程があり、荷電B中間子と中性B中間子の崩壊で異なるCP対称性の破れが見つかったことやBelle実験グループが発見したD中間子混合が理論で予想される範囲の上限近くにあることなど、これまでにも新しい物理のヒントを与える結果が相次いでいる。観測された差異が新しい物理によるものかどうかを見極めるために、今後さらに実験データを蓄積して測定を行う予定である。
 
 
 【関連サイト】 Belleグループwebページ
【本件問合わせ先】 高エネルギー加速器研究機構
 素粒子原子核研究所
  教授 堺 井 義 秀 (Belle実験共同代表)
   TEL:029-864-5335
  名古屋大学
 大学院理学研究科
  准教授 飯 嶋  徹 (Belle実験共同代表)
   TEL:052-789-2893
  高エネルギー加速器研究機構
  広報室長 森 田 洋 平
   TEL:029-879-6047
 

 
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図1 : B中間子がK中間子とレプトン対に崩壊する過程のレプトンの方向分布を示すデータ。 図の縦軸(AFB、前後方非対称度)は、K中間子の方向に対する正荷電レプトンの方向の前方側と後方側の非対称性を意味する。横軸(q2)は、レプトン対の質量。黒丸はデータ、実線は標準理論の予想、破線は超対称性粒子が生成された場合の予想の一例を示す。
 

 
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図2 : B中間子がK中間子とレプトン対に崩壊する過程の起こり方(ペンギンダイアグラム)。
 

【用語解説】
 
※1 クォーク
  物質を構成する最も基本的な粒子で6種類が存在する。3つの階層に分類され、それぞれ(アップ, ダウン)、(チャーム, ストレンジ)、(トップ, ボトム)と名付けられている。このうち、アップ、チャーム、トップは電荷 +2/3を、ダウン、ストレンジ、ボトムは電荷‐1/3を持つ。また、各クォークには反対符号の電荷を持つ反粒子(反クォーク)が存在する。
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(反粒子は上に横線を付して表記するのが慣例である)  
 
※2 中間子
  クォークと反クォークが結合した粒子で、クォークの組み合わせによって、B0、B+、K+、K-、π+、π-などの様々な中間子が知られている。
 
※3 Belle実験グループ
  世界15の国と地域、61研究機関からの約400人の研究者からなる国際共同チームである。
 
※4 CP対称性の破れ
  粒子と反粒子の間に本質的な違いがあるかどうかは、粒子と反粒子の入れかえ"C(チャージ:電荷、+と−)"と、空間反転(鏡に写して見た状態)に対する性質"P(パリティー)"を組み合わせた"CP変換"に対する性質を調べることでわかる。粒子と反粒子のふるまいが同じならば「CP対称である」と言い、違いがあれば「CP対称性が破れている」と言う。
 
※5 小林・益川理論
  小林誠博士と益川敏英博士は、クォークが少なくとも3世代6種類以上あるならば、CP対称性の破れを自然に証明できるという理論(小林・益川理論)を提唱し、2008年ノーベル物理学賞を受賞。日本とアメリカのBファクトリー実験は、B中間子の系におけるCP対称性の破れを観測し、2001年に小林・益川理論の正しさを実験で証明した。
 
※6 ルミノシティ
  粒子と粒子の衝突の頻度を示す値。
 
※7 K中間子の励起状態
  中間子の中には、同じクォークと反クォークより構成されているが質量などの性質が異なる中間子が存在する。それらの中で最も質量が小さい状態を基底状態といい、それ以外の状態を「励起状態」と呼ぶ。K中間子は、K中間子の励起状態でありK中間子とπ中間子に崩壊する。
 
※8 レプトン対
  レプトンは、クォークとともに物質を構成する最も基本的な粒子で6種類が存在する。クォークと同様に3つの階層に分類され、荷電をもつもの(電子、ミュー粒子、タウ粒子)と中性の三種のニュートリノがある。各レプトンには、反粒子(反レプトン)が存在する。
一般にレプトンと反レプトンのペアをレプトン対と呼ぶが、ここではその中で、電子と陽電子のペア(e+e-)または、正負電荷を持ったミュー粒子のペア(μ+μ-)を指して「レプトン対」と記述する。
 
※9 前後方非対称度
  K中間子の方向に対して正荷電レプトンの方向が前方側(K中間子の方向に対して角度が90度以内)の事象数と後方側(角度が90度より大きい)の事象数の差を全事象数で割った値が「前後方非対称度」である。すべての事象が前方側の場合 +1であり、すべての事象が後方側の場合 −1である。対称な場合(前後方の事象数が同じ)は0となる。
 
※10 不確定性原理
  量子力学では、(時間とエネルギー)や(運動量と位置)などの二つの物理量の不定性の積が一定であるというハイゼンベルグにより提唱された原理。この原理によれば、非常に短い時間(時間が精度よく決まっている)ならエネルギーの不確定性が非常に大きくなるので、B中間子がずっと質量の重いWボソン、Zボソンやトップクォークなどの中間状態を通して崩壊できる。
 
※11 超対称性粒子
  超対称性理論※12によって存在が予言される未知の粒子。素粒子の標準理論で既知のクォーク、レプトンなどすべての粒子に対して、超対称性と呼ばれる数学的変換に対応したパートナーの粒子が存在するとされる。通常、各粒子の記号の上に「〜」をつけて「超対称性」を表記する。クォークのパートナー粒子は「スカラークォーク」と呼ばれ、略して「スクォーク」(頭にsをつける)とも呼ばれる。電荷は元のクォークと同じ。クォークと同様に反対の電荷を持つ反粒子(反スクォーク)が存在する。
 
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※12 超対称性理論
  素粒子の標準理論には、理論では決定することができないいくつかの外部パラメーターがあり、現在の宇宙を説明するためにはそれらのパラメーターが何十桁にもわたってある値に合致していなければならないなど、いくつかの謎が含まれる。それらの謎を合理的に説明できる理論として、すべての粒子には、超対称性※13と呼ばれる数学的変換に対応したパートナーの粒子が存在するとした理論のこと。
 
※13 超対称性
  すべての粒子には回転を表す「スピン」と呼ばれる性質があり、「0」「1」などの整数スピンの粒子(ボーズ粒子)※14と「1/2」「3/2」などの半整数スピンの粒子(フェルミ粒子)に分類される。ボーズ粒子とフェルミ粒子はそれぞれ異なる統計の性質を持つ運動方程式で記述されるが、スピンを「1/2」だけ変えて入れ替える数学的操作のことを超対称性と呼ぶ。
 
※14 整数スピン粒子(ボーズ粒子)の超対称性
  整数スピン粒子(ボーズ粒子)の超対称性パートナーは半整数スピン粒子(フェルミ粒子)、半整数スピン粒子(フェルミ粒子)の超対称性パートナーは整数スピン粒子(ボーズ粒子)となる。
 
 

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