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last update:09/07/09  
  プレス・リリース 〜 09-10 〜 For immediate release:2009年07月09日
 
 
新しい超伝導の姿を発見
− 磁性の海に島状に発達する、鉄ヒ素系超伝導体の局所的超伝導 −

 
高エネルギー加速器研究機構 
 
発表の骨子
高エネルギー加速器研究機構を中心とする研究グループは、ミュオン・スピン回転法(μSR)※1と呼ばれる分析手法を用いて、新たな鉄ヒ素系超伝導体の磁気的な性質、超伝導の性質を調べました。その結果この物質中では、超伝導相が反強磁性※2状態の中に島状に出現し発達することが明らかになりました。これは鉄という磁性原子が示す新しい超伝導の姿の発見であり、本成果は同系物質の超伝導機構の解明において、今後大きな進展をもたらすものです。
 
【概要】
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の竹下聡史研究員、門野良典教授を中心とするミュオン物性研究グループは、東京工業大学の松石聡助教、細野秀雄教授らと共同で、ミュオン・スピン回転法(μSR)と呼ばれる分析手法を用いて、鉄ヒ素系物質で新たに見いだされたコバルト置換により発現する超伝導状態の性質を調べました。その結果、この物質では、反強磁性を示す磁気秩序相の中において、超伝導相がコバルト原子を中心に島状に発達してくることが明らかになりました。本成果は磁性と超伝導の新しい共存の姿を示すものとして非常に興味深い現象であり、また同系物質の超伝導機構の解明において、今後大きな進展をもたらすものです。本研究成果は、米国科学誌『フィジカル・レビュー・レターズ』オンライン版に7月9日掲載されました。
 
【背景】
昨年2月、東京工業大学の細野教授の研究グループによって鉄を含む物質LaFeAsO系超伝導体※3が−247℃(絶対温度26K)で超伝導を示すことが発見され、更にその後の研究でLa元素を他の希土類元素に変えることで−223℃(50K)を超す転移温度(超伝導になる温度,Tc )が実現されたことから、世界中で銅酸化物超伝導体の発見以来という集中的な研究が行なわれています。これらの物質は鉄とヒ素のシート状の骨格(FeAs層)から構成されており、そこへFeAs層の外側にある層(LaO層等)から供給された電子が超伝導を引き起こすと考えられています。銅酸化物でも銅と酸素のシート状骨格(CuO2層)が超伝導を担うことから、両物質の類似点・相違点を探る研究も盛んに行われています。更に昨年、細野教授のグループは、LaFeAsOと同じ系の物質であるCaFeAsFで、FeAs層に電子を供給するためにFeAs層内のFe(鉄)原子を、鉄より1つ電子を余分に持つCo(コバルト)に置換すると超伝導が発現することを発見しました。銅酸化物でCuO2層のCu(銅)原子に同じことを行なうと超伝導が破壊されることから、両者の間にある基本的な性質の違いとして大きな注目を集めています。
 
【研究内容】
本研究では、カナダにあるTRIUMF研究所のミュオン利用施設、および茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)のミュオン科学実験施設(MUSE)において、ミュオン・スピン回転法(μSR)と呼ばれる物質内部のミクロな電子状態を観測する研究手法を用い、鉄-コバルト置換超伝導体であるCaFe1-xCoxAsF(Tc < −247℃[26K] )について(図1)、コバルト濃度x を0%から15%まで変化させた試料の磁気的な性質、超伝導の性質を調べました。その結果、
  1. コバルト濃度がゼロ(x =0)の物質は、-153℃[120K]以下の温度で反強磁性を示す。
  2. コバルト濃度x が増大するに従って、試料全体ではなく一部分が超伝導状態になり、その体積分率がx にほぼ比例して増大する。一方、残りの部分はx =0で現れた反強磁性に近い性質を示す。(図2)。
  3. 2. で出現した超伝導部分の中で超伝導を担う電子の密度はコバルト濃度によらず一定である。
ということが明らかにされ、これらの結果から、コバルト置換の鉄ヒ素系超伝導状態においては、コバルト原子の周りの一定領域だけが超伝導状態になっている(局所的、あるいは島状の超伝導、図3)、という興味深い状況が実現していることが明らかになりました。
 
【本研究の意義】
昨年、新たな鉄系の超伝導体が発見されて以来、世界各地で銅酸化物超伝導体の発見以来という集中的な研究が進められています。今回発見された島状の超伝導状態は、金属中を遍歴する電子が場所によってその性質を大きく変える(コバルト原子の近くでは超伝導になり、離れると磁性を担う)こと、またそれによって本来原子レベルではお互いに相容れない状態である超伝導と磁性が一つの物質中で共存できることを示したもので、代表的な磁性原子である鉄ならではの新しい超伝導の姿が明らかになりました。
 
超伝導現象をこのように原子レベルで理解することは、将来の夢である室温で超伝導状態が維持されるような新物質の開発の基礎となります。今後は本成果をもとに、この新しい超伝導現象の起源をさらに解明し、磁性との関係についての理解を深めることが期待されます。
 
 
  【関連サイト】 ミュオン科学研究施設のwebページ
【本件に関する問い合わせ】 高エネルギー加速器研究機構
  物質構造科学研究所
    教授 門 野 良 典
    TEL:029-864-5625
    広報室長 森 田 洋 平
    TEL:029-879-6047
 

 
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図1 :CaFe1-xCoxAsFの結晶構造。中央の四面体からなる部分がFeAs層。
 

 
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図2 : CaFe1-xCoxAsFにおける超伝導体積分率(赤丸)のコバルト濃度による変化。反強磁性状態(青三角)は反強磁性的な成分の体積分率で、ほぼ超伝導部分を差し引いた残りに対応していることがわかる。
 

 
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図3 : CaFe1-xCoxAsFにおける「島状(局所的)超伝導状態」。反強磁性の「海」(ピンク)の中にコバルトを中心とした超伝導の「島」が存在する。電子はこの中でコバルト原子に近い領域では超伝導状態へ、離れると反強磁性状態へと姿を変えながら遍歴する。
 

【用語解説】
 
※1 ミュオン・スピン回転法(μSR)
  加速器を用いて光の速度近くまで加速した陽子をターゲットの原子核に衝突させると、他の様々な粒子とともにパイ中間子を生ずる。パイ中間子はおよそ5000万分の1秒で崩壊し、ミュオン(ミュー粒子)※4に生まれかわる。ミュオンは、スピンという原子サイズの「棒磁石」のような性質を持ち、生まれた時にはその向きが常に同じ方向に揃っている。これらのミュオンを物質に照射すると、原子と原子の間で止まり、その場所での磁場の大きさに比例した周波数でミュオンのスピンが回転する。不安定粒子であるミュオンは平均寿命約50万分の1秒で崩壊するが、その瞬間に、スピンが向いている方向に陽電子を放出する。ミュオン・スピン回転法は、この陽電子の方向分布を時々刻々調べることでミュオンスピンの回転周波数を観測し、物質内部の微小な磁場を解明する実験手法。試料内部の超伝導電流の強さを、電流が作る磁場を通してミクロなスケールで測定できることが特徴。
 
※2 反強磁性
  磁石の材料となる鉄等の物質は、「強磁性体」と呼ばれる。物質を構成する原子が持っている磁気モーメントが同じ方向に揃っているのが特徴で、この性質を「強磁性」という。これに対し、原子の磁気モーメントの向きが一つおきに逆転したような規則性を示す物質を「反強磁性体」、またそのような性質を「反強磁性」と呼ぶ。実際の物質では強磁性よりも反強磁性の方がより一般的に見られる。
 
※3 LaFeAs(O1-xFx)系超伝導体
  物質の電気抵抗がゼロとなる超伝導は、通常は絶対温度0度(−273.15℃)に近い超低温でのみ起きる現象である。これは電気的に反発し合う電子が超低温で対をつくることに起因すると考えられており、その基本的なメカニズムを解明したJ. バーディーン、L. クーパー、R. シュリーファーによる理論は、彼らの名前の頭文字をとってBCS理論※5と呼ばれている。
 
1986年、室温では電気的に不良導体である銅酸化物が約−240℃という比較的高い温度で超伝導を示すことが発見され、その後の研究により−110℃程度といった高温で超伝導を示す銅酸化物も見つかった。BCS理論によれば、物質が超伝導を示す温度(転移温度 Tc )の上限は、−240〜230℃程度と予想されていたため、この発見は世界各地に驚嘆と集中的な研究をもたらした。その後、これらの高温超伝導の機構には、電子どうしがクーロン斥力相互作用で互いに反発しあいながら動く「電子相関」が重要な役割を果たしていることが明らかになってきたが、未だその完全な理解には至っていない。
 
銅酸化物の高温超伝導発見から20年余りを経た2008年2月、東京工業大学の細野秀雄教授らのグループにより、鉄化合物が−247℃で超伝導を示すことが発表された。鉄とヒ素の化合物にランタンの酸化物が加わったLaFeAsOに少量のフッ素を添加した、LaFeAs(O1-xFx)と記される物質である。従来型の超伝導の標準的な理論であるBCS理論では、鉄のように磁性を持つ原子は超伝導状態を破壊する方向に働くと考えられていたため、この発見は大きな驚きをもって受け入れられ、再び世界中に集中的な研究競争を引き起こした。現在はその渦中にある。
 
※4 ミュオン(ミュー粒子)
  電子と同じレプトン(軽粒子)の仲間に属する素粒子で、天然には宇宙線として地球に降りそそいでいる。正と負の電荷をもつミュオンが存在し、負の電荷をもつミュオンは多くの点で電子と同じ性質を持つが、質量は電子のおよそ200倍、陽子のおよそ9分の1であり、正の電荷をもつミュオンは物質中では水素の原子核の同位体のように振る舞う。陽子の約3倍という大きな磁気モーメントを持つため、物質中の内部磁場に対する感度が高い。
 
※5 BCS理論
  超伝導現象は、1957年に米国の物理学者J. バーディーン、L. クーパー、R. シュリーファーによって提唱された理論によってその基本的な部分が解明され、その理論は3人の名前の頭文字を取ってBCS理論と呼ばれる。ただし、そこで考えられていた超伝導状態はある程度限定された状況を仮定したもので、例えば電子対を形成する際に働く引力相互作用の大きさ(結合エネルギー)は電子の運動の向きによらない(等方的)と想定されている。
 

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