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       プレス・リリース 〜 09-12 〜 For immediate release:2009年9月10日
   
 
J-PARC中性子実験装置「四季」において
物質内原子運動の全体像と詳細を一挙に捉える新規手法の実証実験に成功
− 中性子により視覚化された原子運動情報を自在にズームイン・アウト −
   
J-PARCセンター 
 
  日本原子力研究開発機構 (以下「原子力機構」)および高エネルギー加速器研究機構(以下「高エネ機構」)の共同運営組織であるJ-PARCセンター(センター長:永宮正治)において、原子力機構J-PARCセンターの研究グループは、高エネ機構と東北大学の協力のもと、非弾性中性子散乱実験※1の測定効率を飛躍的に向上させる実験手法を提案し、J-PARC中性子実験装置「四季」※2を使った実証実験に成功しました。
 
今回実証した実験手法を用いれば、世界中の衛星写真を自由にズームイン・アウトするインターネット地図検索のように、物質内部におけるダイナミクスの全体像と詳細を一挙に捉えることができ、その結果、新現象の発見に至るプロセスは極めて迅速になり、機能性材料の最適化設計といった応用面での研究開発にも大きく貢献することが期待されます。
 
●概 要
あらゆる物質は原子により構成されていますが、物質内部の原子と原子の間は様々なエネルギーで結びつきつつ微小な運動(ダイナミクス)をしており、これらの原子運動が高温超伝導や巨大磁気抵抗などといった、物質が発現する特異な機能と深く関わっています。こうした物質固有の原子間の距離とエネルギーに関する情報は、非弾性中性子散乱実験と呼ばれる実験手法を通じて視覚化することが可能です。さらに、中性子そのものが磁石の性質を持っていることから、物質の内部の原子磁石(スピン)間のダイナミクスに関する情報も得ることができます。このように、非弾性中性子散乱実験は物質の研究を進める上で極めて重要な情報をもたらしますが、実際には観測強度が非常に微弱で測定効率が低いという致命的な問題があり、研究の更なる進展が阻まれていました。
 
パルス中性子を使った非弾性中性子散乱実験では、チョッパー※3と呼ばれる回転装置を使って、試料に導く中性子ビームのエネルギー(入射エネルギー)を選択します。チョッパーには中性子を透過させるスリットが設けられており、回転のタイミングを調整することで、入射エネルギーを自由に選択することができます。試料に導かれた中性子ビームは試料中の原子やスピンの運動にエネルギーを与える(または受け取る)ことで、その進行速度を変えます。この散乱過程は非弾性散乱と呼ばれ、中性子が検出器に到達した時刻を正確に計測することで原子やスピンの運動のエネルギーが分かります。従来の非弾性中性子散乱実験では、チョッパーが複数の入射エネルギーを透過できなかったこと、および大量のデータを処理することが困難であったことから、ある一つの入射エネルギーのみを測定に利用していました。この方法では、検出器に中性子が到達しない時間(不感時間)が非常に長いことが明らかです(図1)。この欠点を改善するため、我々はチョッパーの構造に工夫を凝らし、J-PARCで開発された最新のデータ解析システムを活用することにより、一回の測定の中で複数の入射エネルギーを同時に利用して不感時間を減少させる実験手法を提案しました。図2はCuGeO3という物質中でのスピンの運動を今回提案した新たな実験手法で測定した結果であり、1回の測定で4種類の入射エネルギーを使ったデータが得られました。図の横軸と縦軸はそれぞれスピンの運動が持つ運動量(位置情報)とエネルギーを表しています。入射エネルギーが小さくなるに従って、観測範囲がズームインされるとともにデータの分解能が上がっており、広い範囲を概観するような測定から狭い範囲を詳しく調べるような測定まで同時に行うことに成功しています。
 
今回実証した実験手法を用いれば、世界中の衛星写真を自由にズームイン・アウトするインターネット地図検索のように、物質内部におけるダイナミクスの全体像と詳細を一挙に捉えることができます。その結果、新現象の発見に至るプロセスは極めて迅速になり、機能性材料の最適化設計といった応用面での研究開発にも大きく貢献することが期待されます。今回の実験は、18kWのビームパワーの下、330分間の測定時間で行いましたが、近い将来J-PARCのビームパワーが最終目標の1MWに到達した場合には、図2のデータは5分程度で取得可能となり、全く新しい物性研究のフロンティアを切り開くことが予見されます。
 
なお、本成果は日本物理学会が発行する英文誌「Journal of the Physical Society of Japan」(2009年9月号)の注目論文としてPapers of Editors' Choiceに選ばれました。掲載に先立ち、9月10日(木)にオンライン版で公開されました。
 
 
  【関連サイト】 J-PARC webページ
日本原子力研究開発機構
  【本件に関する問合わせ先】  
  J-PARCプロジェクトについて
 J-PARCセンター
  副センター長 池田 裕二郎
    TEL:029-282-6006
報道担当
 日本原子力研究開発機構
  広報部報道課長 西川 信一
    TEL:029-282-9421
  技術的内容について
 J-PARCセンター
  中性子利用セクション 中村 充孝
    TEL:029-284-3888
  中性子利用セクション 梶本 亮一
    TEL:029-284-3910
    

 高エネルギー加速器研究機構
  広報室長 森田 洋平
    TEL:029-879-6047
 
 

【用語解説】
 
 
※1 非弾性中性子散乱実験
  物質に入射した中性子が散乱される際、散乱の前後で中性子のエネルギーが変化する散乱をとくに中性子非弾性散乱という。変化した中性子のエネルギーは物質が吸収(または放出)したエネルギーとして使われる。この散乱過程を実験で観測すると、物質内の運動状態を調べることができる。
 
※2 J-PARC中性子実験装置「四季」
  J-PARC物質・生命科学実験施設のビームラインNo.1に設置された中性子実験装置。非弾性中性子散乱実験を高効率かつ高感度で行うことができる。文部科学省科学研究費補助金特別推進研究「4次元空間中性子探査装置の開発と酸化物高温超伝導機構の解明」(研究代表者:新井正敏/No. 17001001)の助成を受け、原子力機構、高エネ機構、東北大学によって建設。
 
※3 チョッパー
  従来のチョッパーでは、ある単一の入射エネルギー(中性子の進行速度)に合わせた曲率をスリットに持たせており、複数の異なる入射エネルギーの中性子ビームを透過させることが原理的に不可能であった。今回、四季に採用したチョッパーは、スリットをあえて直線型にし、かつスリットの幅をある程度広げることで、複数の異なる入射エネルギーの中性子ビームを十分な強度で透過させることを実現した。
 
 


【補足資料】
 
 
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図1 :パルス中性子源における非弾性中性子散乱実験。複数の入射エネルギーを同時に利用する新しい実験手法では不感時間を劇的に減少させることができる。
 

 
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図2 : 「四季」で測定された非弾性中性子散乱データ。4種類の二次元像が1回の測定で得られた。
 

 
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図3 : J-PARC中性子実験装置「四季」の概要
 
 
 
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