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last update:09/03/20  
  プレス・リリース 〜 09-05 〜 For immediate release:2009年03月20日
 
 
らせんタンパクに目印タンパクが結合するしくみを初めて解明
− NEMOタンパク質とポリユビキチン鎖の構造解析に成功 −

 
高エネルギー加速器研究機構 
 
 
発表の骨子
高エネルギー加速器研究機構を中心とするグループは、直鎖状に連結したポリユビキチンが結合した状態でのNEMO(NF-κB essential modulator)タンパク質の結晶化に成功し、その結合の仕組みを世界で初めて明らかにしました。がんや炎症、免疫不全などの様々な疾患に関わる転写因子NF-κB(nuclear factor kappa B)の活性化には、NEMOと直鎖状ポリユビキチンの結合が重要な役割を担っており、その機構の詳細を明らかにしたことは、今後NF-κBの活性制御を応用した治療法などの発展に対する重要な貢献となることが期待されます。
 
【概要】
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所 構造生物学研究センターの若槻壮市センター長を中心とするグループは、ドイツ・ゲーテ大学のイヴァン・ディキッチ教授らとの共同研究で、ユビキチンタンパク質が直鎖状に連結したポリユビキチンが結合した状態での、NEMO(NF-κB essential modulator)タンパク質の結晶化に成功しました。そして、KEKの放射光科学研究施設PF(フォトンファクトリー)-BL17Aにおいて結晶構造解析を行い、その結合の仕組みを世界で初めて明らかにしました。NEMOは、IKK(IκB kinase)と呼ばれるリン酸化酵素複合体の一部を構成するタンパク質で、がんや炎症、免疫不全などの様々な疾患に関わる転写因子NF-κB(nuclear factor kappa B)を活性化する重要な働きをします。NF-κBの活性化の過程にはNEMOと直鎖状ポリユビキチンの結合が重要であり、その詳細な仕組みが明らかになったことは、生命活動の基本でもあるDNAの転写機構の更なる解明や、NF-κBの活性制御を応用した治療法などの発展に対する重要な貢献となることが期待されます。
 
本成果は米国の学術論文誌「Cell」の2009年3月20日号に掲載されました。
 
【背景】
NF-κBは無脊椎動物を含むすべての動物の細胞に存在し、炎症反応や細胞増殖、アポトーシスなどに関わる様々な遺伝子の転写を誘導する働きを担っています。NF-κBは通常、IκB(inhibitor of NF-κB)と呼ばれるタンパク質と複合体を形成した不活性な状態で細胞質の中に存在しています。細胞外からの刺激を受けて、IKK複合体と呼ばれるリン酸化酵素がIκBをリン酸化すると、IκBにポリユビキチン鎖が結合し、最終的にIκBは分解されます。その結果自由になったNF-κBは活性化して細胞質から核に入り込み、炎症反応などに必要なさまざまなDNAをmRNAにコピーする転写因子として働きます。(図1) そのためNF-κBの機能不全は、がんや免疫不全、炎症性疾患などの原因となることが知られています。
 
"いたるところに存在する"ことを意味するラテン語"ユビキタス"に由来する名をもつユビキチンは、その名の通り、ヒトのあらゆる種類の細胞だけでなく、ヒトを含むあらゆる真核生物の細胞に遍く存在しています。たった76のアミノ酸からなる小さなユビキチンは、細胞内の様々なタンパク質に結合することで、"目印"の役割を果たしていることが知られています。
 
タンパク質の表面にあるリジンと呼ばれるアミノ酸に、ユビキチンの76個の最後のアミノ酸(C末端)であるグリシンがイソペプチド結合と呼ばれる結合で連結します。他方、ユビキチンを構成する76個のアミノ酸の中にも、リジンが7つ含まれています。今度は別のユビキチンのC末端が最初のユビキチンの7つのリジンのどれかと結合し、ユビキチンが2つつながります。さらにこの連結が繰り返されて、ポリユビキチンと呼ばれる鎖が形成されます。タンパク質を分解する酵素(プロテアソーム)は、特に48番目のリジンで結合したポリユビキチン鎖が結合しているタンパク質を選択的に分解するのです。2004年には、これらのシステムの発見者であるイスラエルのチカノーバー博士らにノーベル化学賞が贈られました。現在では、こうしたユビキチン同士のつながり方によって、ユビキチンが"分解"以外にもさまざまな種類の"目印"として活躍していることがわかっています。
 
最近、ユビキチン同士が直列につながった新しいタイプの直鎖状ユビキチン鎖が、大阪大学の岩井一宏教授らによって発見されました。これはリジンを介した結合ではなく、ユビキチンのC末端が次のユビキチンの1番目のメチオニンとペプチド結合でつながったものです。岩井教授らは、この直鎖状ポリユビキチンこそが、実はNF-κBの活性化を引き起こすカギとなることを明らかにしました。しかし、NEMOがどうやってポリユビキチン鎖の連結の違いを見分け、直鎖状ポリユビキチンに選択的に結合するのかは今まで不明でした。
 
【研究内容】
研究チームは、まずNEMOのなかのユビキチンに結合する部分(UBANドメイン、またはCoZiドメインと呼ばれる部位)単独での結晶構造解析を行い、NEMOが長いコイルドコイル構造※1の2量体であることを明らかにしました。(図2
 
続いてNEMOとポリユビキチンとの複合体の結晶化を行いましたが、そのとき直鎖状ポリユビキチン鎖の最小単位である、ユビキチンが2つだけ直列につながったものを用いました。構造解析に用いたデータはすべて、KEKの放射光科学研究施設フォトンファクトリーのBL-17Aビームラインで測定したものです。
 
この結果、
  1. NEMOは、αヘリックス※2と呼ばれるらせん構造が一本長く伸びた構造をしており、さらに2分子のNEMOがらせん状に巻きあってコイルドコイルと呼ばれる超らせん構造をとっていること。NEMOのコイルドコイル2量体は途中一箇所で折れ曲がっているが、その部分を除けばほぼ対称的な形をしていること。(図2
  2. NEMOのコイルドコイル2量体の両側に2つのポリユビキチンが対称的に結合していること。(図3)ポリユビキチンの先端側(distal部位)と手前側(proximal部位)とではNEMOとの結合に使われる面が異なっていること。
  3. NEMOは直鎖状ユビキチンの連結部分をしっかりと結合しており、他の種類の連結のポリユビキチンではこの形の複合体を形成できないこと。その結果ユビキチンの連結の仕方に対する選択性が達成されること。(図4
が明らかになりました。
 
更に、構造解析結果に基づいて行ったアミノ酸変異体実験※3により、ポリユビキチン鎖の先端側(distal部位)と手前側(proximal部位)の両方のユビキチン分子いずれもが完全な形でNEMOと結合することが、細胞内でのNF-κB活性化に必要であることが確かめられました。特に無汗性外胚葉形成不全症※4と呼ばれる疾患では、その病気の原因となる変異の起こっているNEMOのアミノ酸は、ポリユビキチンの連結部分を認識するアミノ酸そのものであることが構造解析によって証明されました。
 
【本研究の意義】
転写因子NF-κB活性化の過程で重要な役割を果たす直鎖状ポリユビキチンとNEMOとの結合の仕組みを明らかにした本研究の成果は、NF-κBの活性制御機構に対する私たちの理解を飛躍的に深め、生命活動の基本でもあるDNAの転写機構の更なる解明や、NF-κBをターゲットとする治療法の開発にも大きく貢献することが期待されます。
 

 
 
  【関連サイト】 放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
【本件問合わせ先】 大学共同利用法人高エネルギー加速器研究機構
 物質構造科学研究所 教授
 構造生物学研究センター センター長
   若 槻 壮 市
     TEL:029-864-5631
     FAX:029-864-2801
    広報室長
   森 田 洋 平
     TEL:029-879-6047
 

 
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図1 :細胞が外部からの刺激を受けてから、DNAの転写を行うまでの、一連の細胞内活動の流れの模式図。DNAの転写は、免疫応答や炎症反応など様々な生命活動の重要な第一歩である。
 

 
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図2 :NEMOのコイルドコイル2量体の構造。(a)NEMOタンパク質の伸びる方向対して垂直方向から見た図 (b) NEMOタンパク質の伸びる方向から見た図 (c) 180°回転させたものを合成した図
 

 
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図3 : NEMOのコイルドコイル2量体の両側に、先端側(distal部位)と手前側(proximal部位)の2つのポリユビキチンが対称的に結合している仕組みの模式図。(a)水平方向から見た図と、(b)鉛直方向から見た図。
 

 
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図4 : NEMOと直鎖状ユビキチンの連結部分の詳細を示す模式図。ポリユビキチンの先端側(distal部位)と手前側(proximal部位)とではNEMOとの結合に使われる面が異なっている。他の種類の連結のポリユビキチンではこの形の複合体を形成できない。
 

【用語解説】
 
※1 コイルドコイル構造
  タンパク質を形作る基本構造であるαヘリックスは、アミノ酸がつながったポリペプチド鎖がらせん状につながった構造である。このαヘリックスが2本以上より合わさった構造を、らせん(コイル)がさらにらせん(コイル)を巻いているという意味でコイルドコイル構造と呼ぶ。
 
※2 αヘリックス
  タンパク質の二次構造のひとつ。タンパク質の骨格となるポリペプチドが、主鎖の間の水素結合により、規則正しいらせん状に折りたたまれた構造。らせんは右巻きで、3.6アミノ酸残基で1回転する。
 
※3 アミノ酸変異体実験
  タンパク質を構成するアミノ酸を人為的に他のアミノ酸に変異させ、その変異体の性質を調べることによって、もともとのアミノ酸がタンパク質の構造と機能に重要な役割を果たしているかどうかを確認する実験。
 
※4 無汗性外胚葉形成不全症
  疎毛,無汗症,歯牙形成異常をともなう伴性劣性遺伝または常染色体劣性遺伝性の疾患。
 
 

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