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       プレス・リリース 〜 10-05 〜 For immediate release:2010年03月12日
   
 
J-PARC(MLF)にて1パルス当たり世界最高強度のミュオン発生を確認
― ナノスケールでの磁気的状態や物質中の水素の働きを解明できる
最高性能のミュオン実験装置の実現に期待 ―
   
J-PARCセンター 
 
茨城県東海村で運転中の大強度陽子加速器施設(J-PARC)※1では、平成21年12月に試験的に行った陽子ビーム高出力運転において、物質・生命科学実験施設(MLF)に設置したミュオン※2実験装置で発生したミュオン数を実測した結果、世界最高強度のパルスミュオン※3が発生していたことを確認しました。
 
高強度のパルスミュオン発生により、物性物理学や原子分子物理学の分野における基礎的研究が格段に進展するのみならず、磁性材料、超伝導材料、燃料電池材料等の環境技術に繋がる研究開発等、様々な応用分野の発展につながる物質・生命科学研究への利用が期待されます。
 
● 概 要
独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 岡崎俊雄)と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(機構長 鈴木厚人)の共同運営組織であるJ-PARCセンター(センター長 永宮正治)では、光速近くまで加速した高エネルギー陽子により生み出される大強度量子ビーム※4を基礎研究や産業利用に供する施設の運転とビーム利用研究を行なっています。
 
ミュオン(ミュー粒子)は、湯川秀樹博士がその存在を予言したパイ中間子※5が崩壊してできる不安定素粒子※6です。パイ中間子は、光速近くまで加速した陽子ビームをグラファイト(黒鉛)製の標的に照射して造り出すことができます。電荷と磁気モーメント※7をもち、原子からの磁気を敏感に捉える素粒子であるミュオンは、物質に注入・停止後のミュオン崩壊過程を観察することで、注入された物質が持つナノスケールでの磁気構造や機能の解明に利用されるほか、物質中に含まれる水素の状態や働きを解明するための有力な手段です。世界最高強度のミュオンビームによって得られる従来にない高い測定精度を用い、物性物理学や原子分子物理学の分野における基礎的研究に加え、磁性材料、超伝導材料、燃料電池材料等の環境技術に繋がる研究開発等、様々な応用分野、産業の発展につながる物質・生命科学研究が計画されています。
 
同ミュオン装置では、平成20年9月に初ミュオン発生、同年12月には20kWの陽子ビーム出力で本格的な供用運転を開始、その後、平成21年11月以降には120kWに上昇した加速器の性能の向上に従ってミュオン強度を上昇させてきました。そして平成21年12月10日、試験的に陽子ビーム出力を300 kWにまで上昇させ、加速器の調整を行うと同時に、ミュオン装置に導き高強度パルスミュオンの発生を行うとともに、その前後で120 kWでの定常(連続)運転にも成功しました。
 
 120kWでの定常運転の陽子ビームにおいて、検出器を用いてミュオン数を実測し、その後詳細な解析を行った結果、1パルス当たり7万2千個のミュオンが実験エリアに飛来してきていることが確認されました。また300kW運転時には、その約3倍(18万個)のミュオン強度が得られる事も確認され、これにより英国の同種ミュオン源で得られる1パルス当たりミュオン数約3万個を上回り、世界最高強度のパルスミュオン発生に成功したことが確認されたものです。
 
J-PARCでは目下、300kWの安定供給に必要な整備を進めており、今後、陽子加速器の一層の高出力化のための整備・調整を進め、所期の目標である1MW(1,000kW)にまで上昇させる計画です。これによりミュオン強度もさらに上昇することが見込まれます。世界最高レベルのパルスミュオンビームを利用し、物質科学や生命科学等の分野で世界をリードする最先端の研究成果の創出や、材料開発、製品評価等を狙った産業利用への展開が期待されます。
 
 
  【関連サイト】 J-PARC webページ
日本原子力研究開発機構
  【本件に関する問い合わせ先】  
  ミュオン実験装置について
 J-PARCセンターミュオンセクション
 セクションリーダー 三宅 康博
    TEL:029-284-4880
    PHS:029-284-4624
報道担当
 独立行政法人日本原子力研究開発機構
 広報部報道課長 西川 信一
    TEL:03-3592-2346
  J-PARCプロジェクトについて
 J-PARCセンター広報セクション
 セクションリーダー 鈴木 國弘
    TEL:029-284-3587
 高エネルギー加速器研究機構
  広報室長 森田 洋平
    TEL:029-879-6047
 

 【用語解説】
 
※1 大強度陽子加速器施設(J-PARC)
  高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で茨城県東海村に建設した陽子加速器施設と利用施設群の総称。
 
加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用を行う。
 
※2 ミュオン
  ミュオンは、電子と同じレプトン(軽粒子)の仲間に属する不安定素粒子で、天然には宇宙線として地球に降りそそいでいる。正と負の電荷をもつミュオンが存在し、負の電荷をもつミュオンは多くの点で電子と同じ性質を持つが、質量は電子のおよそ200倍、陽子のおよそ9分の1であり、正の電荷をもつミュオンは物質中では水素の原子核(陽子)の同位体のように振る舞う。
 
なお、MLFで造り出される正電荷ミュオンは、エネルギーが揃ったビームであり、炭素で1mm、銅で0.1mm程度の薄い実験試料に注入・静止させることができる。試料に注入した際、正電荷を持つミュオンは原子と原子の間で止まり、その周辺にある原子のみからの磁場を受けながら崩壊して陽電子を放出する。この陽電子を調べることで物質中の微小な磁場を解明する手法をμSRと呼ぶ。
 
※3 パルスミュオン
  ごく短時間の間だけ変化する電流や電波をパルスと言い、J-PARCから得られる3GeV陽子ビームは、0.04秒間隔(25ヘルツ周期)で大量の陽子がまとまって加速される。陽子がグラファイト標的に当たり核破砕反応により生まれたパイ中間子が崩壊してミュオンが生成されるが、ミュオンも陽子と同期して0.04秒間隔で一度に大量に(パルス状に)生成される。
 
※4 量子ビーム
  高エネルギー陽子を標的に衝突させると、二次粒子として中性子、パイ中間子、K中間子、ミュオン、ニュートリノなどが発生する。J-PARCの実験施設では、これら「量子」と総称される粒子をビームとして利用する。
 
※5 パイ中間子
  1934年に理論物理学者の湯川秀樹によって存在を予言され、1947年に宇宙線の中から発見された粒子。核力を媒介し原子核中の陽子と中性子を結合させている粒子であり、電子よりも重く核子(陽子や中性子)より軽い粒子であることから中間子の名が付けられた。なかでももっとも軽量な中間子がパイ中間子であり、約5千万分の1秒でミュオンとニュートリノに崩壊する。なお、湯川秀樹は1949年に日本人として初めてのノーベル賞を受賞した。
 
※6 不安定素粒子
  陽子、電子、光子、ニュートリノ以外の素粒子には寿命があり、ある時間がたつと別の素粒子に崩壊(または消滅)する。このような素粒子を不安定素粒子とよぶ。
 
※7 磁気モーメント
  ミュオンが、自転する事で作り出される磁力。
 

 
【補足資料】
資料1)J-PARC全景(航空写真)
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資料2)陽子加速器によるミュオン発生のしくみ(模式図)
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資料3)ミュオン実験装置の概要
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図3-1 ミュオン実験装置の模式図
左手から高速の陽子ビームがミュオン生成標的に入射し、標的中でパイ中間子が生成する。パイ中間子は超伝導ソレノイド中を運ばれる間に崩壊してミュオンに変わり、ビームラインの中を実験設備まで輸送される。陽子ビームは最後に中性子源に止まり中性子発生に用いられる。
 

 
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図3-2 ミュオン生成標的のしくみ(概念図)
 

 
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図3-3 ミュオン生成標的の真空容器(写真左)とグラファイト(黒鉛)製の標的(写真右)
(写真右)黒い部分が黒鉛でできた標的。周囲は銅製で、冷却水の配管が埋め込まれている。
 

 
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図3-4 崩壊ミュオンビームライン
写真左では上、写真右では左上側に見える壁の向こうにミュオン生成標的がある。標的表面で発生した中間子ビームは超伝導ソレノイド(黄色)を通りながら崩壊してミュオンに変わり、その先に続くビームラインの中を導かれて実験装置へ至る。
 

 
【別添資料】
世界のパルスミュオン源のミュオン強度比較表
ミュオン源1パルスあたりのミュオン数
J-PARC(ミュオン)
(25Hz)
   72,000個(120kW),
180,000個(300kW)
英国ミュオン施設
(50Hz)
30,000個(160kW)
 
 
 
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