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last update:10/03/10  
  プレス・リリース 〜 10-4 〜 For immediate release:2010年3月10日
 
 
次世代光源用の直流電子銃で世界最高の500kVの電圧を達成
 
独立行政法人日本原子力研究開発機構 
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 
国立大学法人広島大学 
国立大学法人名古屋大学 
 
 
独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長・岡崎俊雄】(以下、機構という)量子ビーム応用研究部門の羽島良一グループリーダー、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構【機構長・鈴木厚人】加速器研究施設の山本将博特別助教、国立大学法人広島大学【学長・浅原利正 】先端物質科学研究科の栗木雅夫教授および国立大学法人名古屋大学【総長・濱口道成 】の中西彊名誉教授らの共同研究グループは、高輝度大電流電子ビームを発生する光陰極直流電子銃※1として、世界最高の500kVの電圧を達成しました。
 
これにより、放射性同位体の非破壊分析、貨物中の核物質や爆発物の検知を可能する大強度γ線源や化学反応リアルタイム観測、生体細胞の高分解能イメージングを可能にする高輝度・短パルスX線源などの次世代光源実現への道を開きました。
 
次世代X線放射光源、自由電子レーザーの開発を目的としたエネルギー回収型リニアック(ERL)※2の研究が、本共同研究グループのほか、米国(ジェファーソン研究所、コーネル大学、ブルックヘブン研究所)、英国(ダレスベリー研究所)、ドイツ(ベルリン・ヘルムホルツ研究所)、中国(北京大学)などで進められています。この光源を実現するためには、高品質の電子ビームを大電流で発生可能な500kV以上の電圧を持った光陰極直流電子銃の開発が必須とされてきました。しかし、この電子銃で500kVを達成することは容易でなく、世界のERL計画が開始された2002年ごろから現在まで、さまざまな失敗が繰り返されてきました。
 
共同研究グループは、今回、電圧が一様に印加できる分割型セラミック管とその中央に設置される金属支柱からの電界放出電子がセラミック管壁に衝突することを防ぐためのガードリングを採用し、この形状を最適化しました。その結果、500kVの安定な電圧印加に成功しました。これにより、高輝度大電流電子ビーム発生が可能となり、ERL型次世代放射光源の実現が可能になりました。
 
本研究の一部は文部科学省の「量子ビーム基盤技術開発プログラム」によるものです。なお、本研究の成果は、Review of Scientific Instruments 誌掲載に先立ち、同誌の電子版に2010年3月10日(現地時間)に掲載される予定です。
 
【本件に関する問合わせ先】
独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究内容) 量子ビーム応用研究部門 ERL光量子源開発研究グループ
  グループリーダー 羽島 良一 TEL:029-282-6701
研究副主幹  永井 良治 #6752
(報道対応) 広報部報道課長 西川 信一 TEL:03-3592-2346
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
(研究内容) 加速器研究施設 加速器第7系
  特別助教 山本 将博 TEL: 029-864-5200 (#4912)
(報道対応) 広報室長 森田 洋平TEL: 029-879-6047
国立大学法人広島大学
(研究内容) 先端物質科学研究科
  教授 栗木 雅夫 TEL: 082-424-7035
(報道対応) 社会連携・情報政策室 広報グループ
  和木光江 TEL: 082-424-6017
国立大学法人名古屋大学
(研究内容) 名誉教授 中西 彊 TEL: 052-789-2898
理学研究科 研究員 奥見 正冶 #2895
(報道対応) 広報室 武内 松二 TEL: 052-789-2016
 

 
【補足説明】
 
背景
高エネルギー電子加速器を用いた光源として、これまで蓄積リング型X線光源や自由電子レーザーが開発され利用されてきた。これらの光源利用の高度化(測定の精密化、迅速化など)を一層進めるためには、光源性能の向上(輝度、強度の増大)が必要なことから、既存光源を超える次世代放射光源の開発研究が進められている。日本原子力研究開発機構(JAEA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)を中心にした研究グループでは、エネルギー回収型リニアック(ERL)※2と呼ばれる新型の電子加速器に注目し、これを用いた次世代放射光源の開発を行っている。ERLは、超伝導加速器においてエネルギー回収を行いながら、大電流かつ高品質の電子ビームを連続的に加速できる装置である。
 
ERLを用いた光源には、大強度赤外自由電子レーザー、高輝度超短パルスX線放射光源、大強度γ線源などがあるが、これら光源の明るさ(輝度)と強さ(強度)を決める重要な技術が、大電流かつ高輝度の電子ビームを発生する電子銃である。電子ビームの品質である輝度は、電子ビームの発散の大きさを示す「エミッタンス」と呼ばれる量で表される。エミッタンスの小さな電子ビームほど高い輝度をもつ。
 
原理
共同研究グループは、高輝度の(低エミッタンスの)電子ビームを大電流で発生可能な電子銃として、半導体光陰極(フォトカソード)を備えたDC電子銃※1を採用し、その開発を進めてきた。このタイプの電子銃を採用した理由は次の通りである。(1) フォトカソードはレーザーを半導体に照射して光電子を発生するもので、レーザーによりピコ秒の電子パルス列を直接生成し超伝導加速器へ入射できる。同時に低エミッタンス電子ビームの生成にも適している。(2) 容易に連続波運転を行うことができ、またDC電源の容量を大きくすることで大電流にも対応可能である。
 
図1に開発したフォトカソードDC電子銃の構成を示す。空間電荷効果※3による電子ビームエミッタンスの増大を抑止するためには、電子を高電界、高電圧で引き出す、すなわち、カソードとアノードの間隔を短くする必要がある。このような理由により、絶縁セラミック管を貫通するサポートロッドを使ってカソードを真空チェンバーの中央に設置している。サポートロッドはフォトカソードDC電子銃に特有の構造であり、一般的なDC加速管(イオン加速器など)には存在しない。
 
次世代放射光源が要求する高品質電子ビームを得るには500kVの電子銃電圧が必要とされる。しかし、これまでのフォトカソードDC電子銃研究では、350kVの運転実績(米国ジェファーソン研)が最大電圧であった。フォトカソード電子銃の高電圧化を阻む最大の障害は、サポートロッドからの電界放出電子※4セラミック管を破損※5する現象である。図2(左)に示すように、従来型のセラミック管ではサポートロッドから放出された電子がセラミック管の内表面に直接到達する。この時、局所的に電子が集中すると放電によってセラミックが割れる(クラック)または貫通孔が開く(パンチスルー)事故によりセラミック管が使用不能になってしまうことから、500kVの電圧を印加できなかった。
 
共同研究グループでは、この問題を解決するためには電界放出電子がセラミック管に当たらないようにすることが最も効果的な方法であろうと考え、議論と検討の結果、ガードリング付きの分割セラミック管を採用し、最適設計を行った。このような構造を用いることにより、サポートロッドからの電界放出電子がセラミック管に到達することがなくなる(図2(右)図3)。設計では、500kVの電圧を印加した時に、サポートロッドとガードリングの表面電界が10MV/m以下になるように、セラミックの口径、長さ、分割数、ガードリングの形状を決定した。また、サポートロッド、ガードリングなどの材料には高電圧に対する耐性の高いチタンを採用した。なお、過去に同様の分割セラミック管がJAEAのFEL用熱陰極電子銃(250kV)、名古屋大学の偏極電子源(200kV)に採用され、良好な実績があったことも、本方式を採用した根拠のひとつであった。図4に今回製作した分割セラミック管を示す。
 
 

 
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図1 500kVフォトカソード電子銃の構成
 

 
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図2  従来方式では電界放出電子によるセラミック管の破損が問題であった。本研究では、分割型セラミック管とガードリングを採用し、電界放出電子によるセラミックの破損を解決した。
 

 
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図3 ガードリングにより、電界放出電子がセラミック管に衝突することを防ぐ。

 
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図4 据えつけられた分割型セラミック管の様子。
 

 
実験
製作した分割セラミック管にガードリングを装着し、サポートロッドを取り付けた後、高電圧印加試験を行った。累計110時間のコンディショニング※6(電圧を上昇しながら電極表面の微小突起、付着した異物を焼き飛ばす作業)を行った。図5に550kVまでのコンディショニングの履歴を示す。約110時間のコンディショニング作業を経て、DC電源の最大電圧550kVまでの電圧印加を完了した。
 
引き続いて、光源のユーザー運転を想定した長時間運転試験を行った。長時間試験では、500kVの電圧をセラミック管の両端に印加した状態で、8時間の保持を行った。図6に長時間試験のデータを示す。電圧保持中の放射線発生量は自然放射能のバックグラウンドと同程度であり、また、真空の劣化も見られなかった。このことから、電極からの電界放出による暗電流は極めて小さく、500kVの電圧を安定に印加できることが確認された。
 
 
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図5  550 kVまでの高電圧コンディショニングの履歴。累計約110時間で550kVまでの電圧印加に成功した。
 

 
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図6  長時間連続の電圧印加試験。印加電圧を500kVに保持したまま8時間の運転を行った。電流はセラミック管の分割抵抗とフィードバック回路に流れる値である。放射線は環境放射能のバックグラウンドの範囲内であった。
 

 
意義・展望
エネルギー回収型リニアック(ERL)は、日本の共同研究グループ以外では、米国(ジェファーソン研究所、コーネル大学、ブルックヘブン研究所)、英国(ダレスベリー研究所)、ドイツ(ベルリン・ヘルムホルツ研究所)、中国(北京大学)などで、次世代X線放射光源、自由電子レーザーなどの目的で研究が進められている。日本原子力研究開発機構では放射性廃棄物や使用済原子炉燃料に含まれる放射性核種・核燃料物質を非破壊で測定可能な大強度γ線光源として、ERL技術の利用を提案している。また、高エネルギー加速器研究機構では、結晶化が困難なタンパクの構造解析や化学反応の時間変化観測などに有用なERL型次世代X線放射光源を将来計画として掲げている。これらの光源を実現するには、高品質の電子ビームを大電流で発生可能な500kV以上の電圧を持ったフォトカソードDC電子銃が必須の技術である。
 
世界のERL計画が立ち上がった2002年ごろから現在にいたるまで、ERL放射光源の成否を握る重要な要素として電子銃の研究開発が世界中の研究所で精力的に進められてきた。しかしながら、フォトカソードDC電子銃で500kVの電圧を達成するのは容易でなく、これまでさまざまな失敗が繰り返されてきた。今回、共同研究グループが、世界で初めてフォトカソードDC電子銃において500kVの安定な電圧印加に成功したことで、ERL型次世代放射光源の実現に大きく近づいたといえる。
 
共同研究グループでは、ERL型次世代放射光源の実現を目指して、今回の電子銃を含めたERL装置の要素技術の完成と総合的な運転実証に向けて、さらに力を合わせて取り組んでいく。
 

 【用語解説】
 
※1 光陰極直流電子銃(フォトカソードDC電子銃)
  半導体や金属の表面にレーザー光を照射した時に表面から飛び出す電子を直流電界で引き出す装置。フォトカソード電子銃は、電子パルスの時間構造をレーザーパルスで制御でき、また、運動量とエネルギーのそろった電子を生成できることから、熱電子銃(フィラメントを熱して電子を引き出すために電子ビームが大きな熱運動量をもってしまう)に比べてエミッタンスの小さな電子ビームを生成できる利点がある。ERLのフォトカソード電子銃では、半導体であるGaAs(砒素化ガリウム)を用いる。
 
※2 エネルギー回収型リニアック
  高周波を使って電子を加速する超伝導加速器を用いて加速し、高エネルギーとなった電子ビームを光の発生に利用した後、同一の加速器を「減速器」として動作させ、電子のエネルギーを高周波エネルギーとして回収し、後続電子の加速に再利用する技術である。高周波で動作する超伝導加速器では、電子を入射するタイミングを選ぶことで加速、減速のどちらも可能であることを利用している。
 
※3 空間電荷効果
  電子ビームには多数の電子が含まれる。マイナスの電荷を持つ電子には互いに反発する力が働く。これを空間電荷効果という。空間電荷効果が強く働くと、ビームの飛行に従って徐々に発散が大きくなる、つまり、ビームのエミッタンスが大きくなる現象が起こる。電子を高いエネルギーに加速することで、空間電荷効果を弱め、エミッタンスの増大を抑止することができる。
 
※4 電界放出電子
  物体の表面に強い電界がかかった時に、表面から引き出される電子。表面に微小な凹凸があったり、付着物があったりすると、局所的に多数の電界放出電子が生じる。
 
※5 クラック、パンチスルーによるセラミック破損
  局所的に多数の電界放出電子がセラミック表面に当たると、セラミックが帯電し強い静電気を持つようになる。この静電気が放電する時にセラミックを破損する場合がある。円筒形のセラミックが軸方向に割れる場合(クラック)と径方向に貫通する場合(パンチスルー)がある。
 
※6 コンディショニング
  電子銃に印加する電圧を徐々に上げていく作業。小さな放電を繰り返しながら、電極表面の微小な凹凸や付着物を取り去り(焼き飛ばし)、電極の表面を清浄かつ滑らかに整える。いったんコンディショニングを済ませれば、コンディショニングを行った電圧までは容易に繰り返して印加できる。
 

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