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プレス・リリース
世界初、電子型ニュートリノ出現現象の兆候を捉える
2011年6月15日
T2K実験国際コラボレーション
高エネルギー加速器研究機構
東京大学宇宙線研究所
J-PARCセンター
ミュー型ニュートリノが飛行中に電子型ニュートリノへ変化する電子型ニュートリノ出現現象の発見を最大の目的とするT2K実験※1(東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験)で、震災前までに取得した全データを解析したところ、電子型ニュートリノに起因すると考えられる事象を6事象発見し、世界で初めて電子型ニュートリノ出現現象の兆候を捉えました。
T2K実験は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARC※2のニュートリノ※3実験施設において人工的に発生させたミュー型ニュートリノを295km離れた岐阜県飛騨市神岡町の検出器スーパーカミオカンデ※4で検出することにより、ニュートリノが別の種類のニュートリノに変わる「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象を世界最高感度で測定し、ニュートリノの質量や世代間(種類間)の関係など未知の性質の解明を目指す実験です。なかでも、ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの振動(電子型ニュートリノ出現現象)の検出が最大の目的※5です。電子型ニュートリノ出現現象の発見は、今後のニュートリノ物理の方向性を決定づけるとともに、宇宙が反物質ではなく物質で構成されているという現在の宇宙の謎に迫る最大の手がかりを与えるものとなることから、内外の研究者の注目を集めており、世界的な競争となっています※6。そのなかでT2K実験は最高の感度を誇ることから、12カ国から500人を超える研究者による国際共同実験となっています。
このたび、平成22 (2010) 年1月の本格的な実験開始から平成23 (2011) 年3月11日の東日本大震災による加速器施設の停止までの間に取得した全データを解析したところ、スーパーカミオカンデ内で総計88個のニュートリノ事象を検出しました。このうち6事象で電子の生成が検出されています。
電子型ニュートリノが物質と反応すると電子が生成されます。一方、電子型出現以外でも、ある確率で電子が生成されたとして検出される背景事象があります。今回のT2K実験においてこの背景事象の確率を評価したところ、1.5事象でしたので、今回検出した88のニュートリノ事象の中に電子型ニュートリノが出現したといえる確率は99.3%となり※7、これは電子型ニュートリノ出現現象の兆候を示唆する、世界で初めて得られた研究成果といえます。
現在、J-PARCでは平成23(2011)年内の実験再開を目指しています。震災前までに当初の目標の約2%のデータを取得しましたが、実験再開後には、当初の目的のデータ量を取得することによって、今回捉えた電子型ニュートリノ出現現象をより確実に把握し、さらにT2K実験の特徴の一つである反ニュートリノを使った測定も実施して、この現象の解明を世界に先駆けて行っていく予定です。また、将来的には加速器の大強度化とともに検出器を高度化し、レプトン※8のCP対称性の破れ※9の探索を行うことにより宇宙の物質起源の謎に迫ることを目指しています。電子型ニュートリノ出現現象は、レプトンのCP対称性の破れの検出に欠かせない要件であり、今回の測定結果は、将来の計画へ向けた第一歩を刻んだことも意味します。
J-PARC全景(航空写真)とT2K実験の概要
J-PARCでは、陽子をリニアックで加速後、3GeVシンクロトロンを経てメインリングに送り込む。陽子をキッカーとよばれる電磁石により内向きに蹴りだし神岡の方向に向けた後、ターゲットに衝突させニュートリノビームに変換、スーパーカミオカンデに向けて発射する。ニュートリノビームはJ-PARC内の前置検出器を用いても観測されているので、スーパーカミオカンデの観測結果と比較することで、ニュートリノが飛行中に別の種類に変わる「ニュートリノ振動」の研究が可能となる。
J-PARCニュートリノ実験施設
スーパーカミオカンデ検出器
T2Kの電子型ニュートリノ事象候補の一つ
円筒形をしたスーパーカミオカンデの展開図で、内壁に配置された光電子増倍管の内、光を捉えたものに色をつけて表示している。水と電子型ニュートリノ反応によって発生した電子が引き起こす電子・陽電子シャワーが発したチェレンコフ光がリング状に捉えられているのが分かる。
【用語解説】
- ※1 T2K実験(東海−神岡長基線ニュートリノ振動実験)
- J-PARCで作り出したニュートリノビームを、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町にあるニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出する長基線ニュートリノ振動実験。J-PARCがある茨城県東海村と神岡町(Tokai to Kamioka)の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられた。電子型ニュートリノの出現を発見することが最大の目的の一つである。なお、ニュートリノの研究において世界をリードする感度をもつT2K実験は内外の多くの研究者を惹きつけ、日、米、英、イタリア、加、韓、スイス、スペイン、独、仏、ポーランド、ロシアの12ヶ国から500人を越える研究者が参加する国際共同実験となっている。日本からは高エネルギー加速器研究機構、東大宇宙線研究所、大阪市立大学、京都大学、神戸大学、東京大学、宮城教育大学の総勢約80名の研究者と学生が実験の中心メンバーとして参加している。
- ※2 大強度陽子加速器施設(J-PARC)
- 平成13年より、高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で茨城県東海村に建設した陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用を行う。
- ※3 ニュートリノ
- 物質を構成する最小の単位である素粒子の一つで、クォークや電子の100万分の1以下の重さしかもたず、電気的に中性という性質を持つ。ニュートリノには電子型、ミュー型、タウ型の三種類がある。
- ※4 スーパーカミオカンデ
- 岐阜県飛騨市の神岡鉱山跡の地下1,000mに建設された、東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設の検出器で、T2K実験に加え、宇宙から到来するニュートリノの観測や、いまだに未発見である陽子が崩壊する現象を捉える実験を行っている。5万トンの超純水が入る水槽(直径39.3m高さ41.4m)の内壁に、微弱なチェレンコフ光を捉える光検出器である光電子増倍管約11,200本が並べられている。
- ※5 ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの振動(電子型ニュートリノ出現現象)
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ニュートリノに質量差があると、飛行中にそれぞれが相互に種類が変わって観測されるというニュートリノ振動現象が1962年に牧、中川、坂田によって予言された。ニュートリノには電子型、ミュー型、タウ型の三種類があるので、電子型とミュー型、ミュー型とタウ型、電子型とタウ型の間で起きる三つのパターンの振動現象が起こりうる。1998年にスーパーカミオカンデが発表した大気ニュートリノ観測では、宇宙線由来のミュー型ニュートリノが期待値よりも減っていたという測定結果により、ニュートリノ振動現象の存在が初めて確認された。これはミュー型とタウ型の間の振動として理解される。また、太陽ニュートリノや原子炉由来のニュートリノの観測においては、電子型ニュートリノがミュー型あるいはタウ型へと変化する(期待値より減少する)現象が確認された。これに対し、ミュー型から電子型へと変化したところを捉える出現現象を検出することができれば三種類の振動の比率を確定することができるため、その発見に向けた研究が世界中で進められてきたが、振動の振幅が小さいためにこれまでは検出されていなかった。これは大気ニュートリノや太陽ニュートリノでの振動とは異なり、振動前後で特定のニュートリノの型が同定されるニュートリノ振動であり、レプトン※8のCP対称性の破れ※9の探索に最有力と考えられている。
- ※6 世界の他のニュートリノ振動実験
- 世界では、加速器を使ったニュートリノ振動実験として米国フェルミ研究所のMINOS(ミノス)実験と欧州合同原子核研究機関(CERN (セルン) )のOPERA(オペラ)実験が現在進行している。また、T2K実験のライバルとして、米国フェルミ研究所のNOvA(ノバ)実験が準備中である。他にも、原子炉で生成されるニュートリノを使った、フランスのDouble-Chooz(ダブルショー)実験、中国のDaya-Bay(ダヤベイ)実験、韓国のReno(レノ)実験が新しいタイプのニュートリノ振動探索に向けて準備中である。
- ※7 電子型ニュートリノが出現したといえる確率
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スーパーカミオカンデで電子型ニュートリノとして検出された事象の中には電子型ニュートリノ以外の事象に起因する背景事象がある一定の割合で含まれる。このためコンピューターシミュレーションなどを用いて背景事象の数を推定するが、背景事象の出現は統計現象であるために、推定した背景事象の数はある平均値の周りに統計誤差を伴う形で分布する。今回検出された電子型ニュートリノ出現現象6事象に対し、背景事象の平均値は1.5と推定されたが、統計誤差により6事象のすべてが背景事象となる確率が0.7%となる。つまり、今回の6事象の検出が電子型ニュートリノ出現現象であるといえる確率は99.3%である。
- ※8 レプトン
- 電子や電子の仲間の粒子と、それらから電荷をはぎとった中性のニュートリノからなる一群の粒子の名称。クォークと同じように6種類あり、e(電子)、νe(電子型ニュートリノ)、μ(ミュー粒子)、νμ(ミュー型ニュートリノ)、τ(タウ粒子)、ντ(タウ型ニュートリノ)と呼ばれる。クォークのu(アップ)、d(ダウン)、c(チャーム)、s(ストレンジ)、t(トップ)、b(ボトム)にそれぞれ1対1に対応しているとみられているが、まだ良く分かっていない。また、μ、νμ、τ、ντは何のために自然界に存在するのかも分かっていない。なお、クォーク同様反レプトンが存在し、特に電子の反粒子を陽電子と言う。
- ※9 CP対称性の破れ
- 物質と反物質の間で素粒子反応の性質が異なること。宇宙が反物質ではなく物質で構成される(物質優勢宇宙)ための必要条件の一つと考えられ、レプトンのCP対称性の破れは現在非常に重要な鍵を握っていると考えられる。