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last update:07/07/03  
クラブ空洞による衝突実験に世界で初めて成功
〜加速器物理の画期的技術〜

 
 
つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)の加速器チームは、『クラブ空洞』という装置を用いた電子・陽電子衝突型加速器(KEKB加速器)の性能向上に世界で初めて成功した。これにより現在世界最高のルミノシティ(衝突の起こりやすさを示す指標)を誇っているKEKB加速器にさらなる性能向上の道が開かれる。
 
「クラブ空洞」とは、KEKで開発された特殊な超伝導空洞で、電子・陽電子ビームのバンチ(粒子のかたまり)を回転させることにより、より高いルミノシティを達成することを目指したものである。クラブ空洞設置以前のKEKBでは、電子・陽電子ビームのバンチは衝突点で1.3度の交差角をもって斜めに衝突していた。この交差角そのものは衝突後のビームを速やかに分離し、検出装置のバックグランドを押さえることに役立つ斬新なデザインであり、現時点での世界最高ルミノシティ1.7×1034/cm2/s もこの交差角のついた衝突状態で達成されたものである。しかし、計算機シミュレーションによって、バンチ同士を回転させて衝突させることにより、さらに高いルミノシティを達成することが可能であることが示されていた。
 
KEKは、この回転を実現するために、クラブ空洞の開発を1992年に開始した。クラブ空洞では、進行方向に沿ったバンチ前方と後方部分が水平面内でそれぞれ反対方向に蹴られることによって、従来は衝突点で斜めに衝突していたバンチが正面衝突と同等の状態になるよう補正される。このバンチの状態はカニの横歩きのような状態になる。このアイディアは、1988年にスタンフォード線形加速器センターのロバート・パーマー博士が、線形加速器を用いた衝突型加速器(リニアコライダー)を想定して提唱したものであるが、翌1989年、KEKの生出勝宣と横谷馨が、円形の加速器への応用を提案している。
 
KEKBのクラブ空洞の基本設計は、赤井和憲が担当し、KEKとコーネル大学の共同研究の一環として、プロトタイプモデルが製作された。続いて細山謙二が率いる研究チームが、詳細なエンジニアリングデザインを進め、現在の設計に至っている。2007年1月、クラブ空洞の実用機を1台ずつKEKBの2つのリングに設置し、世界初のクラブ空洞を用いたビーム運転を同2月から6月末まで実施した。
 
このビーム運転で、クラブ空洞によって電子バンチと陽電子バンチが実質的に正面衝突していることが確認され、次いで低電流における衝突調整を行い、ビームビーム・チューンシフト(ビーム電流の積でルミノシティを割ったものに比例する量で、加速器のルミノシティ性能を示すパラメタ)の世界最高記録を塗り替えた。さらに6月には、ビーム内の蓄積電流を徐々に上げ、ルミノシティは1034/cm2/s(陽電子ビーム1300mA/電子ビーム700mA)に達した。このビーム運転で、クラブ空洞導入によるルミノシティ向上の可能性が示されたが、シミュレーションが予言するルミノシティ倍増には、更に多くの運転時間とR&Dが必要とされる。
 
図4はバンチあたりのルミノシティをバンチ電流の積で割ったものを示している。赤点、青点はそれぞれクラブ空洞がありとなしの場合に対応している。クラブ空洞導入の効果がはっきりと、特に低バンチ電流域で見える。矢印の付近でのビームビーム・チューンシフトは0.088でこれは世界記録に近い。
 
KEKBは、Belle実験グループ(大学、研究機関による国際共同研究グループ)によるbクォークシステムにおける物質/反物質の非対称性の研究、新しい物理現象の探求のために運転されている。Belle実験グループは今まで数多くの物質/反物質の非対称性に関する発見、希少崩壊モード現象に関する発見を報告して来た。
 
現在、ルミノシティを更に上げるスーパーBファクトリー加速器についての議論が行なわれているが、この中でクラブ空洞は最も重要な加速器コンポーネントの1つである。スーパーBファクトリーが出来れば、希少崩壊モードでスタンダードモデルを越えた物理が発見される可能性がある。
 
クラブ空洞は衝突点で交差角を持った他の加速器、例えば国際リニアコライダー(ILC)や CERNの大型ハドロンコライダー(LHC)のルミノシティ向上や将来の放射光源の性能向上に利用されることも期待される。
 
関連サイト: KEKBのページ
http://www-acc.kek.jp/kekb/
関連記事: カニの横歩き 〜 KEKBに設置されるクラブ空洞 〜 (2005.12.1)
 
 
図1
図1 :クラブ空洞の外観
 

図2
図2 :KEKB加速器トンネル内に設置されたクラブ空洞
 

図3
図3 :KEKB加速器では電子と陽電子のビームが1.3度の交差角で衝突する。クラブ空洞を導入することによって、ビームの塊(バンチ)の向きを回転させ、衝突反応の効率を向上させることができる。
 

 
図4

図4 :電子と陽電子のビーム電流とバンチごとのルミノシティの関係。青が従来のデータ。赤が今回導入したクラブ空洞によるデータ。

 

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