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last update:09/10/16  
KEKフォトンファクトリーと2009年ノーベル化学賞
− リボソームの結晶構造解析とアダ・ヨナット教授の業績 −

 
 
2009年のノーベル化学賞はリボソームの構造機能解析を行ったVenkatraman Ramakrishnan(ベンカトラマン・ラマクリシュナン)博士(英国:MRC分子生物学研究所)、Thomas Steitz(トーマス・スタイツ)博士(米国:エール大学)、Ada Yonath(アダ・ヨナット)教授(イスラエル:ワイツマン研究所)の三氏が受賞しました。受賞者の中の一人、Ada Yonath教授は、リボソームの構造解析に必要な精製、結晶化に長年取り組み、KEKのフォトンファクトリーなどを利用して大きな貢献を果たしてこられました。

生命の設計図はDNAに代表される核酸に記されていて、それが親から子へ伝えられることで、生命は次の世代へとその命をつなげていきます。しかし、実際に生命活動を担っている主役はタンパク質です。DNA上の遺伝情報はいったんRNAへ転写され、さらにタンパク質へと翻訳されます。そのタンパク質こそが、生命を生命たらしめるさまざまな反応の担い手なのです。

DNA上に記された情報がどのようにして生命現象を直接担うタンパク質に変換されるかという「遺伝情報の転写・翻訳」は、極めて根源的かつ重要な過程です。このうちの転写過程について、そこで中心的な役割を果たすRNA合成酵素の構造機能解析を行ったRoger Kornberg博士に対し、2006年のノーベル化学賞が授与されています。
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Ada Yonath教授(左)。1992年につくば市で開催されたBSR92(第4回生物学と放射光国際会議)バンケットにて、米国コロンビア大学Wayne Hendrickson教授(中央)、仏ラウエ・ランジュバン研究所Joseph Zaccai博士(右)とともに。
 
一方、遺伝情報をRNAからタンパク質へ翻訳する過程では、リボソームが重要な役割を担っているという概念がずいぶん前から考えられていました。リボソームは複数の種類のタンパク質やRNAが複雑に組み合わさった巨大な複合体です。このリボソーム上でメッセンジャーRNA (mRNA) 上の遺伝暗号に対応して、低分子のトランスファーRNA(tRNA)とタンパク質の部品であるアミノ酸の複合体が出会い、正しい組み合わせの時にはそれがスライドしてアミノ酸の重合が起こり、それを繰り返して多数のアミノ酸がつながったタンパク質ができあがる、という考えです。しかし、どのような分子機構で実際にお見合いが起こるのか、その場を提供するリボソームはどのような形をしているのか、など、具体的な描像は全く分からない状況が長年続いていました。
 
その描像を明らかにするために、世界のいくつかの研究グループがリボソームのX線結晶構造解析による立体構造解析を目指しました。しかし、その分子量は、ヒトなどの真核生物で420万、大腸菌などの原核生物でも250万と、他の多くのタンパク質(分子量数万程度)と比べると、桁違いに大きいもので、構造解析に必要となる精製、結晶化の作業がともに極めて困難です。
 
受賞者の1人、Yonath教授は、この困難なリボソームの結晶化に長年、粘り強く取り組んでこられました。この結晶化条件の探索に、KEKフォトンファクトリーは大きな貢献をしています。
 
タンパク質結晶構造解析は、現在ではフォトンファクトリー最大のユーザー数を誇る研究分野ですが、1987年に、当時のタンパク質結晶構造解析用実験ステーション(BL6A)で共同利用実験を開始した時は、わずか3件の実験課題から始まりました。そのうちの1件がYonath教授のグループの「Crystal structure analysis of ribosomal particles from bacterial sources(細菌由来のリボソーム粒子の結晶構造解析)」というタイトルの実験課題でした。
 
当時のBL6Aの担当者であり,このステーションの中核部である大型ワイセンベルクカメラの開発者の坂部知平氏(現KEK名誉教授)は、「初回からまさか海外の研究者が申請してくるとは思わず、驚くとともに嬉しかった」と回想しています。実験の直前に小型トラックいっぱいになりそうな荷物が届き、間もなくYonath教授のグループが現れました。
 
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Yonath教授のグループが開発した低温窒素ガス吹き付け装置(坂部知平氏提供)
  大きな荷物の中身はガラス製の低温窒素ガス吹き付け装置一式(写真)をはじめとした数々の実験器具でした。リボソームのような巨大分子を結晶化して回折データを得るためには、結晶を低温に保って測定すること、そして、結晶のまわりの水が残らないように凍結することが非常に重要です。Yonath教授はひたすら、結晶をオイルに浸け、液体プロパンで凍結し、窒素ガスを吹き付けながら回折写真をポラロイドフィルムで撮影することを根気よく繰り返していました。こうやって、良いデータが得られる結晶を、ひとつひとつ探していくのです。
 
初回の実験では良い結晶が得られず、残念な結果に終わりましたが、教授はがっかりするどころか、「ここは素晴らしい実験ステーションだ。今回は良い結晶が得られなかったけど、オイルと結晶の相性が決まれば必ず良いデータが取れると思う。すぐ申請書を書くからまた使わせてほしい」と言って喜んで帰っていったそうです。
 
それから10年近く、Yonath教授のグループはフォトンファクトリーでリボソームの結晶からのデータ収集を続けました。その後はヨーロッパに放射光実験拠点を移し、ドイツ・ハンブルクにあるDESY(ドイツ電子シンクロトロン研究所)のDorisビームラインや、1994年に稼働したフランス・グルノーブルのESRF (ヨーロッパ放射光施設) で若槻壮市氏(現フォトンファクトリー施設長)らが開発したビームラインなどを使ってリボソーム複合体結晶構造の研究を続けました。Yonath教授がフォトンファクトリーで実験を行っていた最中の1992年につくば市で開催された「第4回生物学と放射光国際会議」では、低温でのリボソーム結晶構造解析に関する招待講演を行いました(写真)。
 
 
  関連サイト:  ノーベル化学賞2009のwebページ(英語)
http://nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2009/
 
 

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