KEKでは様々な加速器を使って研究を行っています。それだけに加速器そのものの性能を高める研究も大変重要なテーマになっています。今日はその中から加速器に使われている超伝導空洞の性能をアップするために開発された表面清浄技術について、研究現場に齋藤健治助教授を訪ねて話を聞きました。
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Q:超伝導空洞というのは加速器の中にある粒子が加速される管の部分ですね?
A:加速器中で粒子が加速される管の内部は真空を維持する空洞になっています。私が研究してきたのは、超伝導材料で作られているので超伝導空洞と呼んでいます。
Q:この加速空洞は同じ大きさの重ね餅をいくつも円筒でつないだような形をしていますね。この円筒部を粒子が通過するのは想像できますが、どうして膨れた円盤部がいくつもついているのですか?
A:空洞中で粒子を加速するには、空洞内に高い周波数の電波を送り込んで電気を帯びた粒子に力を及ぼす電場を作り出してやります。高周波の電波は膨れた円盤部で閉じ込められます。これによって電場の変化は一定の波状に保たれ、そのため電気を帯びた粒子は波乗りするように加速されて通過します。この膨れた部分は空洞に粒子を加速する性質を与える重要な場所になっています。
Q:空洞の材質を超伝導物質にしているのは何故ですか?
A:加速器の空洞は金属で出来ています。この表面に高周波の電波が当たると金属表面の電気抵抗で熱が起こり、空洞に入れた電力の多くが熱エネルギーとして失われてしまいます。銅のように電気抵抗が小さい金属を使った空洞でも粒子の加速に使われる電力は投入した電力のわずか数%になり、非常に効率の悪いものになります。その点で超伝導材料はある温度以下になると電気抵抗は直流でゼロになり、私が使っているニオブという物質では、周波数1,300メガヘルツの電波の場合、マイナス271.15℃で表面抵抗は銅材と比べてはるかに小さい1億分の1オームとなります。
勿論このために使う液体ヘリウムでの冷却にも電力がかかりますが、それを考慮しても銅の空洞にくらべると運転消費電力は千分の1となり、大変経済的です。超伝導空洞は加速器運転電力の省エネルギーに大変有効です。超伝導空洞は表面での熱による損失が少ないことから、大電力を蓄えるのに大変有効です。その結果、粒子を加速するのに高い電場を作り出すことが出来ます。特に加速器の中に粒子を蓄積し、連続して加速するときなど高い電場を作り出すことが出来ます。電場の強さは電界とも呼ばれ、粒子が1メートル当たりに受けとるエネルギーで示されます。加速粒子のエネルギーは電子ボルトで示されますから、これは電圧で示すことが出来ます。この表示を使うと、この研究所でかつて活躍したトリスタンと呼ばれた加速器で開発された超伝導空洞で得られた電界は5百万ボルト/メートルでした。そのとき同時に使われた銅の空洞にくらべて5倍もの電界を出しています。
現在ではトリスタン加速器でKEKが独自に開発した超伝導空洞の表面処理の電解研磨技術が役立ち、KEKの私たちのグループでは4千万ボルト/メートルという高電界を生み出すことに成功しています。この技術は次世代の加速器として話題になっている超伝導線形加速器の空洞を造る技術として大変注目を集めています。
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| 電解研磨技術というのは、水の電気分解のように電気を流して溶液を電気的に分解し、陽極にした金属表面を研磨する技術です。この方法では研磨面は非常に滑らかに仕上がります。表面処理については化学研磨というやり方もありますが、齋藤さんたちは電解研磨技術の方が有効であることを見つけています。こうして空洞表面が研磨され欠陥のない滑らかな面になった後も、まだ表面には問題が残るといいます。最後にこの表面に残された問題について話しを聞きました。 |
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Q:空洞の表面をさらにきれいにしなければならないのはなぜですか?
A:金属表面には表面障壁があって金属内部から電子が飛び出すことはないのですが、高周波があたって電界が出来ると時には外へすり抜ける可能性も生じます。特にゴミなど汚れがついている場合はそれが起こりやすくなります。
Q:電子が飛び出してくると何が困るのですか?
A:とび出した電子が空洞内の表面に衝突し、一部に熱の発生する場所などを生み出します。超伝導物質で出来た空洞表面の温度が上がって、そこで超伝導状態が破れると、せっかくの微小電気抵抗の長所が生かせません。高電界超伝導空洞の性能アップにはどうしても表面の汚れ落しが不可欠なのです。
Q:表面の汚れをどうやって取り除いているのですか?
A:現在は半導体技術で使用される非常にきれいな水、これを超純水と呼びますが、この水を高圧にして表面に吹き付けて汚れを洗い出すのです。車の洗車みたいですが、これがとても有効であることが実証されてきました。この超純水高圧洗浄法と電界研磨技術とを組み合わせて、KEKは超伝導空洞の加速電界では世界最高の値を達成しています。
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齋藤さんに案内してもらった実験室や工作センターには試行錯誤で組み立てられた器具や装置が沢山ありました。そこではまたKEKと日本原子力研究所が共同で進めている大強度陽子加速器施設のために造った超伝導空洞や、外国の高エネルギー研究機関との共同開発で進めている独特の円盤部を連ねた超伝導空洞など、KEKからの旅支度をしている空洞も見せてもらいました。トリスタンから始まった超伝導加速器技術の開発成果が今や世界で活躍するようになって来ています。KEKから世界に広がる日本の技術はまだまだいくつもあります。次の機会をお楽しみにしてください。
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[写真1] |
KEKと野村メッキ(株)が共同で開発した超伝導空洞の表面処理を行う電解研磨システム |
[拡大写真(40KB)] |
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[写真2] |
超純水を使って空洞内面を高圧洗浄している様子。透明のアクリル材模型により、ノズルから放出される高圧の純水で洗浄する様子が観察できる。 |
[拡大写真(36KB)] |
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[図1]
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トリスタン超伝導空洞の水洗工程をシリコンウエハーに適用した場合(左)と同じサンプルに高圧水洗を適用した場合(右)の表面に残留するゴミの量の比較。(高圧水洗によりゴミの量が10分の一に減少した) |
[拡大図(32KB)] |
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[写真3]
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齋藤健治(さいとうけんじ)助教授と空洞の試作品。(KEKの工作センターにて) |
[拡大図(32KB)] |
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[写真4]
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KEKと原研が共同で建設を進めている大強度陽子加速器のための超伝導高周波加速空洞(試作機972Mhz)
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[拡大図(30KB)] |
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[図2]
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過去10年間にわたる超伝導高周波加速空洞(1,300MHz単セル)の加速電界向上の経緯 |
[拡大図(42KB)] |
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