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中間子とミュオン
中間子という言葉をご存知ですか?
日本で最初にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士が最初に理論的に予言した粒子です。今ではπ(パイ)中間子と呼ばれています。今回のお話の主役であるミュオンと呼ばれる粒子は最初は宇宙からやってくる高エネルギーの粒子の流れである宇宙線の観測で存在が確認されました。大気中でπ中間子が崩壊し、その後に生まれる粒子がミュオンであることが判明したのです。その後の研究から、ミュオンはレプトンと呼ばれる基本粒子のひとつで、第一世代に属する電子に対して、第二世代に属する重い電子と考えられています。ミュオンそのものは中間子ではありませんが、中間子科学研究施設では、中間子の崩壊から得られるミュオンが大活躍をしております。
KEKの物質構造科学研究所の中間子科学研究施設ではこのミュオンが物質を調べる上で主役の粒子になっており、研究者はこれまで20年以上にわたって加速器で人工的にミュオンをつくり、物質研究を行ってきました。最近では、マイナス
250度よりも高い温度で超伝導という性質を示す高温超伝導物質の研究に大活躍しています。超伝導は電気抵抗が無くなり電気が自由に流れる現象ですが、超伝導が極低温で現れる物質の性質は物質内部の電子や原子が作り出す小さな磁石の振る舞いと密接に関係しています。そうした物質内部の原子や電子の磁石がどのように現れたり変化するかを、ミュオンは細かく探る磁針のような役割を果たすのです。このようにミュオンを使った物質の研究が近年注目を集めてきていますが、利用目的によっては強力なビームが必要になります。今日お話しするのは、最近、始まったこれまでより強力なミュオンビームを作り出すための新しい試みです。
世界最強のミュオンビームを発生
ミュオンの人工生成は陽子シンクロトロン加速器のブースターで5億電子ボルトまで加速された陽子を厚さ2mmのグラファイト標的にぶつけて行われます。この時、グラファイトの表面近くに止まったπプラス中間子が崩壊し、正のミュオンを吐き出す反応を利用しています。グラファイト表面から飛び出すミュオンを出来るだけ数多く取り込まなければ高い強度を持つビームは生まれません。そこでグラファイト表面を頂点とし角度にして33度の円錐形内に飛び出した全てのミュオンをビームに集める工夫が、この実験のセールスポイントになっています。このため加速器施設のミュオンを生成する標的のぎりぎりの位置に、ミュオンを軸方向に束ねる磁場を作り出す超伝導電磁石を設置しています。この結果1〜2月のテスト実験で最初のビームをだし、世界最強のパルス状の正のミュオンビームの発生に成功しています。
大オメガの目指すもの
表面から飛び出すミュオンを取り込む角を大きくとり、ビーム軸に束ねるこの実験を研究者は大オメガプロジェクトと呼んでいます。オメガというのはギリシャ文字のアルファベットで最後の文字ですが、よくこうした角度を示す量を表す文字として使われます。大きな角度でミュオンを取り込む実験として「大オメガ」は科学者に意図が分かりやすい名称になっています。
最後に人工的に強度の高いミュオンの生成は、これまで出来なかった物質、原子核、また素粒子の研究に重要な役割が期待されていますし、今後電子・陽電子の衝突型加速器のような正のミュオンと負のミュオンを衝突させるミュオンコライダーやミュオン発生に伴いニュートリノをつくるニュートリノファクトリーの計画など今後のミュオンを中心とした加速器計画への第一歩ともなっています。ミュオン科学の具体的な実験についてはまたの機会にお話しましょう。
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