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.    加速器世界のエネルギー通貨
. .    〜 電子ボルトの話 〜

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KEKには色々なタイプの加速器があります。名前から想像できるように加速器は電子など電気を帯びた粒子を加速する装置です。このため、粒子がどれだけ高いエネルギーに加速されるかで、加速器の性能を見ることも出来ます。今日は加速器の世界で使われるエネルギーの単位についてお話しましょう。

エネルギーで日常よく知られている単位はカロリーです。これは水1ccの温度を1℃上げるのに必要な熱のエネルギーに使われる単位です。熱は水の温度を上げるだけでなく、場合によっては蒸気機関を動かし、仕事をすることもできます。このようにエネルギーは一般に仕事をする能力を指していますので、仕事の原因となる熱や力や運動に応じて、便利なエネルギーの単位が使われ、それらはみんな換算して使うこともできます。この関係はお金に対して色々な通貨があるのと似ています。

日常使われる力や運動で現れるエネルギーの通貨単位にはジュールがあります。例えば時速100キロで進む430グラムのサッカーボールが持つ運動のエネルギーは166ジュールと速度と重さ(正確には質量)が分かれば計算できます。そして、熱の単位1カロリーが4.2ジュールという関係を使うとカロリーの単位でもこれを表すことができます。

それでは何故、加速器の世界ではジュールを使わないのでしょう。それは加速器の歴史を見ればうなずけます。加速器が誕生したばかりの時代、電子や陽子の加速は高い静電圧を掛けて行われました。その結果、計算しやすく性能が見やすい単位として、「電子(や陽子)を1ボルトの電圧をかけて加速したとき粒子が得る運動エネルギー」に対応した「1電子ボルト」が使われるようになったのです。今ではこの単位は素粒子物理学の分野だけではなく、加速器関連の分野で広く使われています。

こうして、現在では電子ボルトは加速器の世界のエネルギーの通貨単位になりました。これもカロリーやジュールに直せることは勿論です。それには1ジュールが6,240,000,000,000,000,000電子ボルトに当たることを使います。これを見ると加速器の中を走る粒子が持つ運動エネルギーの単位が日常の世界と桁違いに違うことが分かるでしょう。

よく宇宙では光が1年間に走る距離を1光年という単位で使います。我々の天の川は約2千億個の星々が広がる世界ですが、それはおよそ10万光年に当たります。地上で我々にお馴染みの距離の単位は1メートルです。宇宙で使う1光年はおよそ一万メートルの一兆倍(1京m)という想像もつかない値になります。桁違いに尺度が違う世界で異なる単位が必要な理由もわかります。

加速器の世界でも同じ単位での比較はそのことをはっきりと印象づけます。図に示したように1電子ボルトで加速された電子の速度は秒速600キロメートル。1秒で東京から高知まで行ける速さに達します。1電子ボルトが日常の尺度で桁違いに小さい値なのに電子の速さがこれほど速いのは電子の質量がとても小さいからなのです。先ほど例に出した質量430グラムのサッカーボールが1電子ボルトで得る速さは時速にしても0.003ミリメートルです。1年掛けても2.7センチメートルしか進みません。電子が如何に軽い粒子であるかを示しています。現実の加速器の世界では個々の電子や陽子など持つエネルギーはとても大きなものになります。時速100キロでこのサッカーボールが持つ運動エネルギーは166ジュールでした。これは一兆倍の10億電子ボルトと言う値になりますが、サッカーボールを構成している電子を見ると、一個当たりの運動エネルギーは0.0000000022電子ボルトにしかなりません。

これにくらべKEKにあるBファクトリーと呼ばれる加速器で加速される電子のエネルギーは80億電子ボルトとなり、サッカーボールの電子に比べ4,000,000,000,000,000,000(4の後に0が18個もあります)倍と桁違いに大きなエネルギーの値を持っています。ですから加速器の世界は、粒子たちにとってまさに高エネルギーの世界になっているのです。この分野の研究が「高エネルギー物理学」と呼ばれる理由はそこにあります。加速器の世界についてはさらに興味深い話が沢山あります。今後にご期待ください。

1ボルトの電位差(電圧)で加速された電子の運動のエネルギーは1電子ボルトになります。




KEK陽子加速器の前段で粒子を加速するコッククロフト・ウォルトン型加速器。75万ボルトの高い電圧で加速します。
拡大写真(36KB)



直径12mのブースター加速器
拡大写真(40KB)



<テレビのブラウン管>
テレビのブラウン管は、電子を加速して蛍光体にぶつけ、そのときに出る光で画面を表示しています。ブラウン管の中で加速される電子のエネルギーは約3万電子ボルト。電子の速度は光速の3割にも達します。まさにブラウン管は身近な電子加速器と言ってよいでしょう。
 
 
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