KEKの広い敷地内には色々な実験設備が配置されています。こうした設備の機能を維持するために人やモノの移動がスムーズに行われることが大切です。そのためにKEKでは様々な車が使われていますが、今週はその中から液体窒素運搬車を紹介したいと思います。
窒素というと一般には空気中の窒素ガスを思い浮かべますが、この車には液体の窒素が積み込まれて運ばれます。それは一体何に使われるのでしょうか? 実は電磁石やいろいろな検出器を冷やすのに使われます。例えば、これまでにも紹介したKEKで行われている重要な実験のひとつ、B中間子と反B中間子の違いを調べる実験に使われているBELLE測定器は直径約2m
、長さ約4mという大きなコイル状の磁石を使っています。この磁石は強力な磁場を発生させるために超伝導磁石になっています。超伝導状態を保つためにはコイルを零下270度という極めて低い温度に保つ必要があります。それには零下270度の液体ヘリウムと零下200度の液体窒素を使います。これらの液体は少しでも温度が上がると気体となり、そして十分注意深く取り扱わないとそのまま大気の中に漏れてしまいます。零下270度の液体ヘリウムは特殊な大型冷凍機でつくられますが、このとき大量の液体窒素が必要です。また、超伝導磁石を効率良く冷やすためにも液体窒素が使われています。
これらのうちヘリウムは大変貴重な資源ですので非常に注意深く「一滴も漏らさない」ように使います(もしもれても無害です)。いっぽう窒素は地球上にふんだんにあるので、気体の状態で少しずつ大気中に漏らしながら使います。大気の成分の7割は窒素です(ふんだんにある!)のでBELLE測定器がいかに大きいといってもそこで使っている窒素を漏らしたぐらいでは大気の成分の比を変える心配はありません。
だいぶ前置きが長くなりましたがやっと液体窒素運搬車の話にたどりつきました。この冷凍機や超伝導磁石の冷却に使われる液体窒素を毎日補給するのが液体窒素運搬車の役割です。この車は長さ
10 m 、幅2.5 m 、高さ 3m、という大きなもので 9,000リットル程度の液体窒素を運ぶことができます。液体窒素を運搬するこの車のタンクは、低温を保つために巨大な魔法瓶になっています。液体窒素はKEKと契約している会社の工場で作られ、運搬車で毎朝KEKに運ばれてきます。工場では大量の空気を液体にし、その後液体酸素と液体窒素に分けています。KEKに運ばれてきた液体窒素はいったん地上にある貯蔵タンクに蓄えられ(これも巨大な魔法瓶です)、そこから少しずつ地下にあるBELLE測定器に送られます。
実験は24時間体制で続けられ、何人かの人が交代で常に装置の運転に携わっています。この窒素の受け入れもその人たちの重要な仕事のひとつです。この他にもKEKでは様々な車が働いています。それらについてもこの欄で少しずつご紹介していきたいと思います。