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    加速器の中の世界
〜 真空の話 〜


KEKと真空

みなさんは「真空」と聞くと何を思い浮かべますか?真空パック、真空掃除機、電球、蛍光灯、魔法瓶、真空乾燥、真空管、宇宙の真空?真空パックや蛍光灯など身近な真空から、ハイテク産業を支える半導体製造装置の真空まで、真空は私たちの生活に欠かせないものとなっています。真空はKEKでも重要な役割を果たしています。なかでも、加速器にとって真空はなくてはならないものです。日常の生活で、自転車をこいだり、車を運転すると空気の抵抗を感じますが、それと同じで加速器の中で加速される粒子も空気の抵抗を感じるのです。空気の抵抗といっても粒子から見たミクロのスケールでは、私たちの感じる抵抗とは違って空気の分子ひとつひとつとの衝突になります。この衝突によって粒子がエネルギーを失ったり、軌道を曲げられたりしては困るので、加速器の中は真空になっているのです。



真空とは

さて、真空とはいったいどのようなものなのでしょうか?真空は、もともと物質のない空間を指しますが、真空技術の世界では外気よりも物質(気体)密度の低い状態を総称して真空と呼んでいます。つまり、真空はからっぽの状態ではなく、そこには気体分子が存在するのです。そして、この気体分子の密度と圧力との間に比例関係があるので、「圧力」という言葉で真空の程度を表します。図1を見ると、真空には多数の気体分子が残っているのがわかります。例えば、真空パックの中には1立方センチメートル当たり1兆個の10万倍程度の気体分子が残っていますし、超高真空の加速器内ですら100万個以上の気体分子が残っているのです。ですから、私たちが使う真空という言葉は、むしろ極低圧とでも呼んだ方が良いかもしれません。



加速器の真空

では、加速器にはなぜ超高真空が必要なのでしょうか?先ほど出てきたとおり粒子(ビーム)の軌道に気体分子が残っていると、ビームが残留気体分子に衝突して、その一部が失われてしまいます。このビーム損失を少なくするために加速器内の圧力を必要なレベルまで低くしているのです。例えば、放射光源の電子蓄積リングでは、2.5 GeV(25億電子ボルト)に加速した電子を24時間も回し続けるため、リング内の圧力は 1億分の1パスカル(10兆分の1気圧)程度に保たれています。24時間で電子は260億キロメートル(地球と太陽の間を87往復する距離!)も走ることになるので、この間残留気体分子と衝突することがないようにビーム軌道は超高真空になっています。また、KEKB加速器の場合は、ビームの蓄積時間が数時間と放射光リングに比べ短いので(それでも、電子や陽電子の走る距離は15億キロメートル以上!)、圧力が一桁程度高くなっています。しかし、BELLE測定器付近では、ビームが残留気体分子と衝突を起こし二次粒子が発生すると、それが測定器のノイズになってしまうので、これを十分小さくするため圧力が 1,000万分の1パスカル以下に保たれています。加速器以外でもKEKで行われている実験の多くは、同じような理由で中真空〜超高真空を利用しています。KEKでは人の数より真空ポンプの数が多いほどです。



真空を邪魔するもの

1643年トルチェリーにより初めて人工的に真空が作り出されてから、人間はより低い圧力を求めてきました。現在、研究などで使われる最も低い圧力は 1,000億分の1パスカル程度です。これより低い圧力を作ることは非常に困難で、そのおもな原因は物質からのガス放出にあります。私たちの目には見えませんが、金属など固体の表面には多くの気体分子が吸着しているのです。超高真空より低い圧力になると、その表面からじわじわ気体分子が放出され真空が汚されてしまいます。このガス放出を減らすために真空容器は、特殊な洗浄が行われたり、何時間ものあいだ数百度の高温にして脱ガスを行う処理(ベーキング)が施されます。大型加速器のように大きな空間で超高真空を作るのは、まさにガス放出との戦いなのです。



粒子が潜む極微の真空

ところで今回ご紹介した「真空」は、皆さんの身の回りにあるような蛍光灯や魔法瓶、それに宇宙空間などの「気体分子がほとんど存在しない空間」のお話でした。ところが、素粒子物理学が扱う極微の真空世界では粒子が現れたり消えたりするなど、とても不思議な性質を持つことがわかっています。なにもないのが「真空」のはずなのに、どうしてこんな性質があるのか? 素粒子物理学が探る「真空」の不思議な性質については、またの機会にお話しましょう。






図1 真空と圧力
拡大図(17KB)
圧力の単位はパスカル(Pa)を使います。1気圧は101,325パスカル(1013.25ヘクトパスカル)です。図中のPSは陽子加速器、PFは放射光源加速器、KEKBはBファクトリー加速器の圧力を指します。大型加速器では、100万分の1パスカルから1億分の1パスカル程度の超高真空が利用されています。
※ 高度400kmの平均気圧




写真1 KEKB加速器の真空ポンプ
拡大写真(49KB)
KEKB加速器では大容量の空間を超高真空に保つため様々な種類の真空ポンプが使われています。写真にあるゲッターポンプは 1 m おきに、イオンポンプは10 mおきに設置されています。ここには見えませんが、他にもターボ分子ポンプが50 mおきに設置されています。




写真2 放射光実験でのベーキング風景
拡大写真(40KB)
放射光施設では、多くの実験装置がアルミホイルに包まれています。アルミホイルに包まれた中は、実験装置の真空容器や配管がヒーターに巻かれています。保温のためアルミホイルが装置をおおっています。


 
 
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