menubar Top Page KEKとは KEKツアー よくある質問 News@KEK キッズサイエンティスト 関連サイト
トップ >> ニュース >> この記事
 
   image 寿命はあるけど年はとらない    2002.11.21
 
〜 素粒子の奇妙な一生 〜
 
不老不死は昔から人類の夢とされています。科学的な知識が増え、夢の実現がどれほど難しいかが分かり始めてきましたが、科学の発達していなかった時代には、これを実現しようとしてむなしい努力を重ねた人もいたようです。それでも不死はあきらめて老化に逆らい、いつまでも若さを保つ研究などは今でも盛んに行われています。そんな人間から見るとうらやましい性質を持っているのが素粒子の一生です。今日は素粒子のこの不思議な一生を紹介しましょう。

長寿と短命に分かれる素粒子

素粒子の一生を考える場合、その寿命はどうなっているのでしょうか。まず例としていくつかの素粒子の平均寿命を表1に示します。この表を見てどんなことを感じますか?

素粒子には人間の尺度から見ると極端に長生きなものと極端に早死になものの2種類があると思いませんか?特に光子などは無限の寿命(不死!)を持つといううらやましいことになっています。また電子の寿命は6400000000000000000000000年以上となっていますが、ここでは極端に長い事だけでなく「以上」という表現が目を引きます。これは電子の寿命はまだ測定されていない、つまり大変長くてまだ誰も電子が死ぬのを(崩壊するのを)見た人がいないことを意味しています。

では光子の寿命が無限というのはどうやって決めたのでしょうか? 無限の寿命があることを観測によって確かめることは出来ません。光子の寿命は理論的に無限であると信じられる理由があり、それを多くの科学者が認めているので、この表では無限としているのです。ところで光子といえば光のことですよね。蛍光灯から出て目の前の机にぶつかった光子はどうなるのでしょうか? また我々の網膜にぶつかって、網膜の細胞を刺激した光子はどうなるのでしょうか? 実は素粒子の寿命を数えるときにはこれら衝突によって死んだ(事故死した)素粒子は勘定に入れないことになっています。つまり自然死したものの平均寿命をもってその素粒子の寿命とよびます。したがって KEKB 加速器の中で陽電子とぶつかって消滅した電子なども勘定に入れません。

素粒子の寿命といえば陽子の寿命の事を思い浮かべる皆さんも多いと思います。今年のノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんの作ったカミオカンデは陽子の寿命を測るための装置でもありました。陽子の寿命はとてもとても長い(10の32乗年、つまり1の後にゼロが32個も続く年よりも長生き)けれども無限ではないと予想されていて、陽子の寿命が何年で、どのように壊れるかを実験で調べることは素粒子の統一理論を作る上で大変重要であると考えられています。ただし、現在では陽子はクォークやグルーオンからなる複合粒子であって「素」粒子とは考えられていません。そこで冒頭の表には陽子の寿命は載せませんでした。

老化と寿命が関係する人間

素粒子の寿命をみてきましたが、人間の寿命はどうなっているのでしょうか。

表2は厚生労働省が公表した日本人の平均寿命です。これだけでは素粒子の寿命と長さをのぞいては違いがないように見えますが、実は素粒子の寿命と人間の寿命には決定的な違いがあります。

図1は平成13年の1年間における各年齢区分ごとの死亡率を示したものです。これを見ると人間は、乳幼児期は死亡率が高く、学童期から青年期は死亡率が比較的低く、その後年をとるにつれて死亡率が高くなることが分かります。これは先天的な要因と、乳幼児や高齢者は病気に対する抵抗力が比較的弱いこと、またある程度の年齢になると老衰で死亡するからです。(注:人間の場合は、不幸にも交通事故などの事故でなくなった方も図1や表2の中で勘定に入っています。これは素粒子の場合の寿命の数え方とは大きな差ですが、ここでは話を簡単にするためにこの差は無視します。)

一方素粒子の場合をミュー粒子を例に取って見てみましょう。ミュー粒子は例えば、

パイマイナス中間子 → ミュー粒子 + 反ミューニュートリノ

などの反応で生まれます。(ここでの矢印「→」は左の粒子が壊れて右の粒子群に変わることを意味します。)図2はミュー粒子の誕生からの経過時間と0.1マイクロ秒当たりの死亡率(崩壊率)をあらわします。なんと図2には全く水平な線が引かれているだけです。つまり図2によれば生まれたばかりの若いミュー粒子も、壮年期のミュー粒子も、年寄りのミュー粒子も全く同じ死亡率を持つことが分かります。いやそもそも老化がないのですからミュー粒子には誕生という概念はあっても、壮年期や老年期という概念はあてはまりません。生まれて間もないミュー粒子も、生まれてから時間がたったミュー粒子も、同じように決まった確率で突然死をします。つまりミュー粒子は不老有死ということになります。

老化と個性

不老有死とは人間界の常識からすると大変奇妙に感じられますが、これは素粒子のきわめて大きな特徴である「個性がない」ことの現れです。素粒子にはミュー粒子、電子、光子のように種類はありますが、年をとったミュー粒子、若いミュー粒子、やせたミュー粒子、太ったミュー粒子、のような個性はなく、どのミュー粒子も全て完全に同一です。不老と言う意味ではうらやましいかぎりの素粒子たちですが個性がない一生しか送れないとすると、生き物としてはあまり魅力を感じません。この素粒子たちに「個性がない」話はまた機会を改めてお話することにしましょう。
 
 
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→厚生労働省統計情報のwebページ
http://www.mhlw.go.jp/toukei/index.html
 

光子
 
無限

電子
 
 6400000000000000000000000
 年以上 (>6.4×1024年)

ミュー粒子
 
 0.0000022 秒
 (2.2マイクロ秒,
  2.2×10-6秒)

タウ粒子
 
 0.00000000000029 秒
 (290×10-15秒)
[表1]
いくつかの素粒子の平均寿命
 
 
 


 
84.93年


 
78.07年
[表2]
日本人の平均寿命(ゼロ歳児の平均余命)
厚生労働省統計要覧より(H13年)
 
 
 
image
[図1]
平成13年の1年間における
年齢区分ごとの死亡率(人口10万対)
厚生労働省統計要覧のデータを元に作成
 
 
 
image
[図2]
ミュー粒子の誕生からの経過時間と0.1マイクロ秒当たりの死亡率(崩壊率)
 
 
 
image
[図3]
 
 
※ この記事に関するご意見・ご感想などをお寄せください。
 
image
proffice@kek.jp
image