KEKの物質構造科学研究所では加速器で生み出される光や中性子、ミュオン(ミュー粒子)を使って物質の構造を調べています。今日は加速器を使わずに自然界で生じた素粒子で見る、一風かわった物質構造の研究を紹介しましょう。
ミュオンとは
ミュオンは正か負の電気をもった素粒子の一つです。静止したミュオンは百万分の2秒の寿命を持っています。質量は陽子の9分の1、電子の207倍です。ミュオンは電子のように電気を帯びているため、主として電磁相互作用と呼ばれる電気や磁気の力の働きは受けますが、陽子や中性子のように原子核内で働く強い相互作用は受けません。このため電子より200倍も質量が大きいのに、ミュオンは山のような大きな物体も通り抜けることが出来ます。質量の小さい電子では数十cm以上は通り抜けられませんし、ミュオンより重い陽子や中性子は物質中で強い相互作用を受け1m以上も進むことは出来ません。
火山も透過する宇宙線ミュオン
ミュオンで火山を調べるには宇宙線中のミュオンのエネルギー分布が天空から入射してくる角度のみによって変化し、場所によって変化しないことを利用します。この結果を使うと火山中を通過した宇宙線中のミュオンの強さが通過経路でどのように変わるかを測ることができます。こうしてX線写真のように火山の透過像をつくることが出来ます。
宇宙線として地球に降り注いでいるミュオンは、地球の外から降ってくる陽子が主な成分となっている一次宇宙線が、大気に衝突する際に、大気中の窒素や酸素と反応し、短い寿命のパイ中間子 (湯川中間子) やケイ中間子が生まれ、それらが崩壊してミュオンとなったものです。
ミュオンはパイ中間子などと違って、強い相互作用をすることがありませんので、素粒子の中では百万分の2秒という、比較的長い寿命を持っています。また、高速で降ってくるミュオンは相対論効果で寿命が延びます。このため、地上数km〜数十kmで作られたミュオンが地表まで到達するのです。地表に向ってやってくる宇宙線ミュオンは、入射方向を示す天の真上方向と成す角である天頂角に依存したエネルギー分布を持っています。真上から降ってくる宇宙線ミュオンの強度は、毎分1個/cm2であり、平均して数十億電子ボルト (GeV) のエネルギーを持っています。天頂角が大きくなると、数は減少しますが、高いエネルギーの成分が顕著になり、100GeVを超えると90°成分の方が0°成分より強くなります。水平方向 (天頂角=90°) に近い高いエネルギーの宇宙線ミュオンが山体を通過する状況を考えてみましょう。ミュオンの強度は次のような規則性を持って減衰していきます。通過経路の密度長 (密度と長さの積の積分値) に応じて通過できるミュオンの最低エネルギーEcが決まります。宇宙線ミュオンのもつ強度のエネルギー依存性が天頂角のみによっているので、山体の密度と厚さに応じて、山体を通過できる宇宙線ミュオン強度が決まります (図1) 。 一方、適切な測定系を用意することで、宇宙線ミュオンが山体のどの位置を通過したかを知ることができます。したがって、山体の各部を通過する宇宙線ミュオン強度、すなわちエネルギー分布のEcより上の強度を測定するだけで、ミュオンが通過する経路の山体の密度長、すなわち山体内部の構造を反映する「経路の長さと平均密度との積」が各通過点について次々と得られます。
火山観測の具体例
この実験は10年程前に提案し、数々の装置開発とテスト実験を行なってきましたが、やっと長時間測定と機動性とを兼ね備えた完成度の高い測定装置系が出来上がりました。ミュオンの経路を知りながら強度を求めるために必要な位置敏感型測定系として、10cm幅、1m長、3cm厚のプラスチックシンチレーター10枚1組のアレイを上下及び左右に配して通過位置を決定するデジタル法 (図2) を採用することとし、長時間測定が安定に出来るようにしました。その際に、鉄吸収体を通過する宇宙線の出す多重同時発生信号を、分割されたカウンターで捕らえることにより、宇宙線中の電子やガンマ線などの軟成分バックグラウンドの影響を減少させています。これらのデジタル型測定器2基を貨物輸送用のコンテナに収納して、観測する現場に設置し、山の透過像の観測に用いました。
まず、平成12〜13年にかけて、群馬県と長野県との県境に位置する浅間山を対象とし、山頂北側の約4kmの位置にある浅間園内に測定系を設置しました (図3) 。2568mの浅間山山頂を1400mの高さから見上げています。約100日の観測で得られた山頂近辺の透過像は、図4のようになりました。シミュレーションと比較し、浅間山の噴火道を外から透かして見ることに成功し、かつ噴火道がほぼ「空」であり、マグマの上昇がないことが明確に見てとれます。
続いて、岩手山頂上10km西側にある黒倉山と姥倉山との間の約4kmにわたる東西にのびた尾根ぞいで「火山性爆発」を続けている山体の宇宙線ミュオンによる透過像の測定を行いました。平成13年度に測定器を黒倉山と姥倉山尾根から直角に2.7km北側で0.8km低い位置に設置し (図5) 連続観測を始めてから、現在までに200日間 (4800時間) 以上のデータを取得しています。岩手山の火山活動の原因の一つとして、"水蒸気爆発"の可能性が論じられています。地下水が地下のマグマによって熱せられ、地表に向かって爆発的蒸発をおこしている可能性があります。もしそうなら、山頂付近の岩石の隙間に水があるかないか、時間と共に水の分布がどのように変化するかを知ることができれば、次の水蒸気爆発の時期や、さらには地下のマグマの位置の推定に役立つことが予想されます。
測定結果をまとめ、山体を透過するミュオンの強度で表示すると、図6 (左) のようになりました。それを山体断面の密度長で表示すると図6 (右) のようになります。密度2.5g/cm3としたときの長さ (厚み) で表示されています。黒倉山−姥倉山の尾根は、一様で2.5g/cm3 (±5%) の密度を持った山体構造であると考えることができます。山体中の水分分布の「上限」についての情報が得られるよう、現在データ解析が進行中です。
今日は宇宙線中のミュオンを使った火山の研究を紹介しました。自然界に存在する素粒子を使って火山活動を調べる科学者のあくなき探究心に驚いた方も多いと思います。
※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ
→キッズサイエンティストのミュオンに関するwebページ
http://www.kek.jp/kids/class/earth/muon.html
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[図1] |
厚さX(m)の山体(密度2.5g/cm3)を通過するさまざまな天頂角に対する宇宙線ミュオンの強度。密度が変わるとそれにつれて、透過するミュオンの強度が変化する。 |
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[図2] |
位置敏感型検出器として採用された分割アレイ型宇宙線ミュオン測定システムの概念図(左)と詳細図(右)。高さ×幅が1m×1mで、それぞれ10分割されている。 |
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[図3] |
浅間山での観測装置配置図 |
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[図4] |
浅間山における宇宙線ミュオン透過像の測定の状況(左上)と観測データ(左下)。山体と同じ密度のマグマが噴火道を充たす割合を変えて計算したシミュレーション結果(右)。 |
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[図5] |
岩手山頂、黒倉山―姥倉山尾根、測定場所を示す地形図 |
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[図6] |
宇宙線ミュオンの測定で得られた岩手山黒倉山-姥倉山尾根の山体内部の各断面の密度長データ、平成13年度と14年度を加えたもの。密度2.5 g/cm3としたときの「長さ(厚み)」で表現したもの。結果を地形図と比べている。 |
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