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   image 金属の疲労破壊や亀裂を探る    2002.10.03
 
〜 パルス状中性子の利用 〜
 
最近、経済産業省が各電力会社の原子力発電所の立ち入り検査を実施した結果が問題になっています。いくつかの原発の炉心隔壁(シュラウド)でひび割れが多数見つかったことです。また、少し前には、運行中の地下鉄車両で台車に亀裂が見つかり、運輸省(当時)が台車の緊急点検を全国の鉄道事業者に指示したこともありました。原子炉、飛行機や鉄道などの構造物に生ずる亀裂や疲労破壊は大事故につながるだけに社会生活を脅かすものです。金属の亀裂や疲労破壊の引き金となる構造物内部の力の状態を探る研究が私たちにとって重要な研究であることが分かるでしょう。今日は、KEKで行われている構造物内部の力の働きを中性子のパルスで調べる研究をご紹介しましょう。
 

亀裂や疲労破壊の引き金・・残留応力

構造物内部で亀裂や疲労破壊に結びつく引き金となる内部の力を、専門家は残留応力と呼んでいます。構造材料の多くは、たくさんの小さな結晶(結晶粒)がいろいろの方向を持って集合した結晶(多結晶)で、結晶粒ごと異なった方向に格子面(原子の配列が作る面)を持っています。結晶粒の格子面間隔が本来の値よりも大きかったり、小さかったりすると、もとに戻ろうとする力が発生し(図1)、結晶粒と結晶粒の境界でお互いの力がつり合うと、そこに応力が残ってしまいます。これが残留応力です。その原因としては、成形の際に発生する転位、析出物、溶接に起因する組織の変化などが上げられますが、これら以外にも材料を組み立てた時などには、外部からの力が開放されずに応力がかかったままの状態になりやすくなります。
 
固体の構造物内部の残留応力の測定は安全な構造物の設計にはとても重要です。その測定はX線や超音波などでも行われてきましたが、今日紹介する中性子を利用した測定では、表面しか測定できないX線や、精度の低い超音波とは異なり、内部及び試料全体の応力状態を高い精度で知ることができます。中性子は構造材料の奥深くまで入り込むことができるからです。その高い信頼性のため、ロケットや衛星などの宇宙機器、原子炉、飛行機、鉄道などの疲労破壊を絶対に避けなければならない分野で、多くの利用が期待されています。
 

中性子のパルスを使う測定

中性子を使った残留応力測定が注目されて以来、構造物の安全性を向上させる上で不可欠な装置として世界各地で中性子を入射し、回折を調べる測定装置の設置が始まっています。特に入射する中性子をパルス状に用いると多くの反射を一度にとらえることが出来るため効率が高い点が評価されています。ここではKEKの施設で始められたパルス状中性子による残留応力測定への取り組みをいくつか紹介しましょう。
 

引張り試験をしながら中性子で歪みを見る

応力を測る試料として内部組織に偏りの無い炭素鋼を選びました。これに力を掛けて引き伸ばす「引張り試験」を行い、その際に生ずる応力を調べました。引張り状態で生じた残留応力を見るため、中性子の高分解能回折装置Sirius(写真1)に引張り試験機(図2)を据え付けました。引張り試験機とSiriusの検出器の位置関係を図3に示します。これにより引張り軸方向のミクロな歪み(格子面間隔の延び)、それに垂直なミクロ歪み(格子面間隔の縮み)の測定が行えるようになります。
 
図4に、ある結晶面(研究者は211と表記)での測定結果を示します。2方向のデータの傾きとその比から、この応力と歪みの比例定数(ヤング率)が262GPa、引張りの延びと垂直方向の縮みの比(ポアソン比)0.40が得られましたが、これは炭素鋼の文献での値と同じ程度の値でした。この測定では中性子の飛行時間を使った測定法、TOF(time of flight)法と呼ばれる方法が使われましたが、この方法を残留応力測定に用いる上で技術的に重要な知見が得られました。
 

2相ステンレス鋼での実験

工業材料の多くは性質の異なる多くの相からなるミクロな組織をしています。2相ステンレス鋼はその代表例です。このステンレス鋼はフェライト相とオーステナイト相と呼ばれている2相から構成されています。他のステンレス鋼に比べ高強度で耐食性に優れるため原子力産業分野などで実用的に用いられています。両相の熱膨張係数が異なる(オーステナイト相が約1.5倍熱膨張しやすい)ので、熱処理などの熱的な変遷(熱履歴)を受けると内部に残留熱応力が発生します。バルク(構造材料)では内部と外部表面での不均一温度変化によっても残留応力が発生し、予想されなかった疲労破壊の一因となります。
 
実験では、集合組織が少なく2相の体積率の異なる数個の試料を1000℃、1時間の溶体化処理後水焼入した後、中性子回折実験に用いました。
 
図5は測定パターンのそれぞれのブラッグ反射(結晶格子面による反射)をシングルピーク・フィッティング法で解析し、反射面ごとの残留歪みを求めたものを3つの試料(試料名S2、S3、S4)に対して示したものです。この測定によって次のことが明らかとなりました。
 
(1)それぞれの試料におけるフェライト相とオーステナイト相の回折強度比からフェライト相の体積分率は0.323、0.523、0.672であることが求められました。
 
(2)回折パターンを解析することにより、フェライト相の結晶の格子定数は本来のフェライト相より小さくなっていること(圧縮歪み−図中縦軸が負の値)、オーステナイト相の格子定数は本来より大きくなっていること(引張歪み−縦軸が正)が明らかとなりました。熱膨張係数が大きいオーステナイト相が急冷と共に引張応力を受け、その結果2相ステンレス鋼は高強度が得られていることがわかりました。
 
反射面ごとに歪みが異なる異方性が重要と考えられていますが、通常は実験上の限界から2−3本のブラッグ反射で議論するのみです。パルス中性子を用いることにより初めて多数のブラッグ反射を基にした評価法が提案できることが示されました。
 
以上の研究は茨城大学と共同ですすめています。
 
専門的な説明が多くなりましたが、パルス中性子で残留応力を調べる新しい取り組みを紹介しました。地味で目立たない研究のようですが、私たちの社会生活を支えるうえでも重要な研究がKEKで行われていることにも注目ください。
 
 
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[図1]
多結晶材料の格子面間隔dと残留応力。バネと同じように、格子面間隔が広がっていると縮もうとする力が、狭まっていると伸びようとする力が生じます。
拡大図(18KB)
 
 
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[写真1]
高分解能中性子回折装置Sirius
拡大図(41KB)
 
 
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[図2]
中性子回折実験用引張り試験機
拡大図(28KB)
 
 
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[図3]
引張り荷重下中性子回折実験の概念図
拡大図(14KB)
 
 
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[図4]
211反射の測定結果
拡大図(31KB)
 
 
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[図5]
各試料の残留歪み
拡大図(30KB)
 
 
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proffice@kek.jp
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