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   image 日本が生んだ新しい加速器    2003.2.27
 
〜 FFAG加速器 〜
 
今日はKEKで開発された画期的な陽子加速器についてお話しします。この加速器はFFAG(Fixed Field Alternating Gradient; 固定磁場強収束) 加速器と呼ばれています。FFAG加速器は、従来のサイクロトロンシンクロトロン加速器それぞれの長所を兼ね備え、これまでの加速器では不可能だった大電流で速い繰返しが可能という優れた特徴をもつ陽子加速器です。

FFAG加速器の原理は、1950年代、日本人物理学者大河千弘氏によって発案されました。その直後、電子を加速するFFAG加速器が開発されましたが、陽子を加速することについては技術的困難さから実現されませんでした。しかし21世紀直前の2000年になってようやく、同じく日本人らの手により技術的解決がなされ、陽子を加速するFFAG加速器、 PoP (Proof of Principle; 原理検証型) FFAG加速器が開発されました。(図1)

発案が50年も前ですから、“古い”と言われる向きもあるかもしれません。しかし、FFAG加速器は加速器にとってこれまでにない可能性を開くことのできる“新しい”加速器なのです。

FFAG 加速器とは

円形加速器には大きく分けて、磁場の強さが変わらないサイクロトロンと、加速される粒子のエネルギー(速度)に同期して磁場を強くしていくシンクロトロンがあります。サイクロトロンでは粒子のエネルギーが高くなるにつれて、粒子の軌道半径が大きくなりらせん状の軌道になりますが、シンクロトロンでは粒子はいつもほぼ同じ半径の軌道を回るように磁場の強さを調整します。このためKEKB加速器など、現在の円形の大型加速器はほとんどがシンクロトロンです。

シンクロトロンでは、粒子を入射してから最高エネルギーに到達するまでの時間は、電磁石の磁場の強さを変えるための時間でほぼ決まっていて、数秒ほどかかります。また、粒子の軌道を一定にそろえるために、凸レンズと凹レンズの役割をする電磁石をうまく組み合わせた、強収束という手法が用いられます。

これに対してサイクロトロンでは磁場の強さを変える必要がないので、加速はあっという間に終わりますが、粒子の軌道半径がエネルギーとともに大きくなるので、到達できるエネルギーは建設できる磁石の半径と磁場の強さで決まってしまいます。

FFAG加速器は、シンクロトロンとサイクロトロンの長所を組み合わせた加速器で、シンクロトロンの強収束の技術で粒子の軌道を安定化させるとともに、サイクロトロンと同様に磁場の強さが一定なので、粒子を入射してから最大加速までの時間が極めて短い(PoP FFAGでは1000分の1秒の間に加速が終了することを確認(図2))という特徴をあわせて持っています。磁場の強さは、軌道半径が大きくなるにつれて強くなるようにデザインされています。ちょうど自動車競技用のレーストラックのカーブの部分がバンクしているようなイメージです。

加速のサイクルが短いので、一秒間に数千回という「繰り返し加速」も簡単に行うことができ、たくさんの粒子ビーム(大電流ビーム)を加速することが簡単になります。

また、磁場が一定であるので、加速空洞のタイミング調整などが必要なくなるというメリットもあり、FFAG加速器の操作調整は非常に易しくなりました。さらに、構造的に小型の加速器を作ることも可能で、建設コストも少なくすることができます。

“早い加速"が可能にすること

最近の物理実験では陽子ビーム等を標的に衝突させて生成する2次粒子(パイオン、ミューオン等)への要求が高まっています。これまでも、2次粒子ビームを用いた実験は可能でしたが、衝突点からばらばらの運動量をもって発生する2次粒子を集めたり選別することには限界があり、その粒子数やビームの質が制限されていました。2次粒子をいったん蓄積リングなどに集めて運動量をそろえたりすることが発案されましたが、2次粒子は比較的短い時間に崩壊するため従来の技術では実現までには大きな困難がありました。

しかし、FFAG加速器の出現により1000分の1秒もしくはそれより早い加速が可能になったため、2次粒子が崩壊する前に運動量を操作(加減速)することができるようになりました。また、FFAG加速器は水平方向に大きなアクセプタンスを持っているため、ばらばらに発生する2次粒子の収集効率も比較的良いとされています。このような特徴から、FFAG加速器を用いたミューオンや不安定核などの蓄積リングが発案されつつあります。(図3、4)

FFAG加速器が開く加速器の応用利用

このような、FFAG加速器が近い将来活躍する場所として期待されているのは物理学の分野だけではありません。例えば最近注目されているのは、陽子線(粒子線)を用いた癌治療の分野での利用です。大電流のFFAG加速器では、患者さんが患部を制止させるために一呼吸止めた短時間でも、患部に十分な照射線量を与えることができます。また、1秒間に約1000発のパルス状ビームを加速発射できるため、陽子線治療のための最新の照射測定技術(3次元スポット操作法や超音波を用いた照射位置測定)に最適です。こうした精緻なパルスビーム技術は今までの加速器では不可能でしたが、FFAG加速器の利用により、従来とは比較にならない正確さと短時間で治療をおこなうことが可能になるといわれています。(図5)

また、原子力発電の分野でもその要求が高まっています。未臨界加速器駆動型原子炉とよばれる発電システムへの応用です。これは、原子炉は未臨界の状態のままで、加速器により発生した粒子を外部より炉心へ導入して発電に必要な核分裂を誘起し、発電するというのものです。現在、臨界型の原子炉よりも安全な発電システムとして研究開発が進められています。その加速器部は低電力で大電流な加速器が必要ですが、その候補としてFFAG加速器が有力視されており、プロトタイプ加速器の建設プロジェクトが始まりつつあります。

“役に立つ”加速器、FFAG加速器

PoP FFAGの成功をうけて、現在KEKでは、150MeVまで陽子を加速することのできるFFAG加速器を建設中(図6)です。2003年度初頭の実験開始を目標として、日夜準備をすすめています。ここでは、PoP FFAGに続く世界で2番目の陽子線FFAG加速器としてFFAG加速器の基礎的な性能を理解する研究と、陽子線癌治療に関連した照射技術の基礎開発を行うことを目的としています。

物理学の世紀といわれる20世紀、加速器開発の歴史は高エネルギー物理学の発展と歩みを共にしてきたといえます。これまで加速器は主に物理学の先鋭的な領域のみに活躍の場所が限られていました。“大きくてお金がかかる割には役に立たない“と揶揄されることもあった加速器でしたが、21世紀直前に出現したFFAG加速器はそうした固定観念を覆すに十分な可能性を持っています。「大電流で効率的なのに、小型で簡単、経済的。」どこかで聞いたようなうたい文句ですが、皆さんの生活を豊かにするような”役に立つ”加速器となるためにも、FFAG加速器の開発が現在進められています。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→キッズサイエンティスト:
    エネルギー増幅のための加速器
  http://www.kek.jp/kids/closeup/ffag/
 
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[図1]
固定磁場強収束型加速器として世界で初めて陽子を加速することに成功したPoP FFAG加速器
拡大図(51KB)
 
 
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[図2]
PoP FFAGによる陽子加速を表す図。加速されるにつれビーム半径が大きくなり、千分の一秒の間に粒子が加速が完了している。
拡大図(44KB)
 
 
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[図3]
FFAGを用いた Phase-rotation Intense Slow Muon; PRISM計画 の概念図。大量でかつ質の良いミューオンビームを作るシステム。
拡大図(24KB)
 
 
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[図4]
PRISM用FFAGのシミュレーション結果(上図)リング入射当初運動量分布がプラスマイナス20%のミューオンビームが5回転する(10万分の1秒程度の)間にほぼ数%の運動量分布になっている。上図を実現するビーム加減速のためのRFパターン(下図、赤線)
拡大図(37KB)
 
 
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[図5]
FFAGを用いた治療システムの概念図。外から内側に強くなるような磁場を形成できればビームを内側に出射することも原理的に可能。
拡大図(52KB)
 
 
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[図6]
建設中の 150MeV FFAG 加速器
拡大図(32KB)
 
 
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proffice@kek.jp
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