今日は、KEKの陽子加速器で生成されるミュオンという粒子を使って、今までの常識を越えた超伝導状態がある金属の中で実現していることを示す大変興味深い結果が得られた、という話題をご紹介いたします。従来のものとは異なり、この超伝導は驚くべきことに磁石としての性質も同時にあわせ持っており、このため超伝導体内に磁場が発生しているのです。今回この磁場を観測することに成功しましたが、金属系の超伝導体としては初めてです。
超伝導とは
金属に電圧をかけると電流が流れます。普通の金属には電気抵抗があるので、電流の大きさは電圧に比例します。これはオームの法則と呼ばれていて、学校で習ったことがある人もいるでしょう。ところがオランダの物理学者カマリン・オンネスは極低温の物質の性質を調べているうちに、1911年、絶対温度で4.2度(摂氏マイナス269度)で水銀の電気抵抗が完全にゼロになる、という現象を発見しました。この現象は超伝導と呼ばれ、その仕組みは長い間、謎とされてきましたが、1957年、三人の物理学者バーディーン、クーパー、シュリーファーによって説明されました。それによると、超伝導とは、二つの電子がクーパー対と呼ばれるペアを作り、金属の中をスムーズに動けるようになった状態に対応します。本来、電子は自転(スピン)により小さな磁石となっていますが、このペアは互いに逆方向に自転する電子同士により作られるため、この磁石としての性質を打ち消しあっています(図1)。よって個々のクーパー対と同様に、その集まりである超伝導体も磁石としての性質を持ちません。
この理論は三人の頭文字を取ってBCS理論と呼ばれており、三人はこの業績で1972年のノーベル物理学賞を受賞しました。この理論は金属や合金が極低温になった時の状態をたいへんよく説明することができ、超伝導の標準理論となっています。
その後1986年になって、ある種の銅酸化物がそれまでの常識では考えられないような高い温度で超伝導の性質を示すことが発見され、大きなニュースとなりました。この酸化物での高温超伝導は上記のBCS理論ではうまく説明できないことがわかっていて、今も研究が続いていますが、超伝導状態が非磁性という点では変わりはありません。
超伝導が発生する磁場を観測
この常識を覆す明らかな例外が見つかりました。充填スクッテルダイトと呼ばれる化合物の一つで、2002年に超伝導になることが見出されたPrOs4Sb12(プラセオジム※1、オスミウム※2、アンチモン [ 1:4:12の比率で ] で構成される超伝導体)です(図2)。超伝導になる温度(転移温度)は、絶対温度で1.8度(摂氏でマイナス約271度)です。東京都立大学とKEKの中間子科学研究施設のグループは、ミュオン・スピン緩和法と呼ばれる実験手法を使って、この物質内部の原子スケールでの磁場を精密に調べました。ミュオンはスピンを持った素粒子です。スピン方向をそろえたミュオンを物質内部に注入し、原子一つひとつが及ぼす小さな磁場によってそのスピン方向が時間の経過とともにバラバラになっていく状況を測定します。この実験に用いた装置(写真1)は、そのような原子レベルでの磁場に対して世界で最も高い測定感度(約0.1ガウス)を誇っています。さらに、希釈冷凍機と呼ばれる特種な冷凍装置を備えているので、絶対温度0.02度という極低温まで測定を行うことができます。周囲の磁場をゼロにした中で、この物質内部の磁場をミュオンで観測しながら温度を徐々に下げていったところ、超伝導に転移する温度以下になった時に新たに発生した内部磁場を検出することに成功したのです。磁場の大きさは、最大でも1.2ガウス程度であり、地磁気の0.5ガウスの2倍程度です。この実験結果は、個々のクーパー対が磁石としての性質を持っており、さらに、それら全体が皆そろっていると考えると説明ができます。これは金属系の超伝導体では初めての発見で、それ以前は、酸化物系超伝導体のSr2RuO4(ストロンチウム、ルテニウム、酸素 [ 2:1:4の比率で ] で構成される超伝導体)が唯一、類似の振る舞いを見せることが報告されていました。
磁石になったクーパー対
どのような仕組みでクーパー対が磁石になりうるのでしょうか?理論的に二つの可能性があります。一つは、スピンが同じ方向を向いた状態でペアを作っている場合です。打ち消しが起こらず、磁石になります。もう一つは、2個の電子が互いのまわりをぐるぐる回りながらペアを作っている場合です。電子の運動は電流に相当しますから、電磁石の原理で磁石になります。このどちらが原因であるかを今回の実験から判定はできませんが、もしかすると、スピンと電子の運動の相互作用(スピン軌道相互作用)が十分強く、そもそも両者を区別できない状況にあるのかもしれません。いずれにしてもBCS理論の枠組みを越えた特異な超伝導状態であることは間違いないと考えられています。
新たな謎解きに向けて
今後明らかにする必要がある重要な問題は、電子間に引力をもたらし、磁石の性質をもったクーパー対を形成する媒体(接着剤)は何かということです。BCS理論で説明される従来型の超伝導は、フォノンと呼ばれる原子振動の波ですし、銅酸化物超伝導体やCe・U(セリウム・ウラン)化合物で見られる重い電子超伝導体では、磁気揺らぎだと考えられています。PrOs4Sb12では、Pr(プラセオジム)イオンの電子雲の歪み(四極子と呼ばれる)の揺らぎがこれを担っている可能性があります。PrOs4Sb12のもう一つの面白い特徴は、この物質中を動き回る電子の見かけ上の重さが非常に大きくなっていることです(真空中の電子の数十倍、重い電子状態と呼ばれます)。電子が重くなる仕組みと異常な超伝導に、何らかの関連があるのかもしれません。
今回の発見は、異常な超伝導状態を研究する貴重な場をもたらしました。このような状態がどのようにして発生するのかの理解が進めば、従来では考えられなかったようなより高い転移温度を持つ超伝導体が見つかるかもしれません。今後の研究が、超伝導現象のより広い系統的な理解につながることに期待しましょう。
この成果は8月8日の米国の物理学会誌フィジカル・レビュー・レターズに掲載されました。
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[図1] |
クーパー対の概念図。通常のクーパー対(上)では、スピンが互いに逆方向を向いた電子がペアを組み非磁性である。PrOs4Sb12では、スピンが同じ方向を向いているか(左下)、または、互いの周りをぐるぐる回ることにより磁石としての性質を持っていると考えられる。 |
[拡大図(約150KB)] |
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[図2] |
充填スクッテルダイト型超伝導体PrOs4Sb12の結晶構造。12個のSb(アンチモン)がカゴ状にPr(プラセオジム)イオン(赤)を包んでいる。青はOs(オスミウム)。 |
[拡大図(29KB)] |
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[写真1] |
希釈冷凍器を備えたミュオン・スピン緩和実験装置。 |
[拡大写真(58KB)] |
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[図3] |
スピンのそろっている程度を表す「非対称性(Asymmetry)」と呼ばれる量の時間依存。超伝導転移温度1.8K以下では、物質内部に新たな磁場が発生したことにより非対称性が速く減少。 |
[拡大図(43KB)] |
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[図4] |
内部磁場の分布巾を表す量Δ(久保-鳥谷部関数に含まれるパラメタ)の温度依存。1.8K以下の超伝導状態におけるΔの増大は、新たな内部磁場の発生の証拠。 |
[拡大図(22KB)] |
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1, 2について、記事初出時「プラセオジウム」「オスミニウム」と表記していましたが、「プラセオジム」「オスミウム」の誤りです。お詫びして訂正いたします。
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(2011.05.31)
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