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   image ナノメートルのものづくり    2003.7.31
 
〜 X線の鏡 〜
 
KEKの放射光研究施設で発生する高輝度X線を使ってタンパク質や合金などのさまざまな物質の構造の研究が進められていることは、これまでにも何度かご紹介しました。高輝度X線を使ってごく微小な試料の構造を調べたりするためには、光を集めるレンズのような役割をするミラー(鏡)が必要です。このミラーの表面は角度にして20万分の1度、東京から富士山の頂上に置かれた1円玉を見分けるほどの精度で加工する必要があります。今日は、ナノメートルの精度が求められるX線ミラーの表面を測定する技術についてお話ししましょう。

X線の鏡

X線と聞いて皆さんが思い出すのは、レントゲン写真でしょうか。物質を透過する力が強く、身体の中の様子を探ったりするのに役立ちます。実はX線も光と同じ電磁波の一種です。

わたしたちの目に見える光を可視光と呼びますが、可視光では分子や原子を見ることができません。可視光の波長は分子・原子の大きさの数千倍もあるので、分子・原子の位置や形状を判別できなくなってしまいます。分子や原子のようなナノメートル(10億分の1メートル)レベルの小さな世界を見るためには、波長の短い光、X線を使うのです。このホームページで何度か紹介しているタンパク質の構造の研究も、ナノメートルの光、X線があって初めて見えてくる構造なのです。

放射光から作られるX線はたいへん指向性が高いのですが、発光点から実験装置に導く間にわずかながら光が広がってしまうので、効率良く光を使うためには、光を集める必要があるのです。特に、物質の微小な部分の構造や組成を調べるような研究や、試料そのものが微小であるようなものの構造を調べるような研究では、ごく微小な領域に集めたX線ビームを作ることが重要です。しかし、X線には、可視光のレンズのように屈折によって光を集める適当な物質が存在しません。X線領域では、ミラーがレンズの役割を果たすのです。

ナノメートルの精度で測る表面のかたち

ミラーというと、皆さんは表面が平らな鏡を思い浮かべるかもしれません。X線ミラーには表面が平面のものと、曲面のものがあります。平面のものは、X線の方向を変えたり、波長の長いX線をカットするフィルターのような役割に用いられますが、X線を集めるためには用いることができません。X線を集めるためには曲面のミラーを使います。

この曲面の形状が、X線を効率良く集めるのには非常に重要です。X線の波長は数ナノメートルから1ナノメートル以下と非常に短いので、ナノメートルオーダーの凸凹があっては効率良くX線を集めることができません。わたしたちが普通に使っている鏡は、わたしたちの目にはきれいな表面に見えますが、ナノの世界ではざらざらなのです。

1メートルのものさしで1ミリを測る?

X線ミラーの加工には、重要で技術的にたいへん難しい点があります。通常、X線ミラーには、数度以下のごく小さな角度でX線を入射させなくてはなりません。図1に示したとおり、X線領域の光は、大きな角度ではほとんどすべての物質で反射率がゼロになってしまうからです。ごく小さな角度で入射してくるX線を受けるためには長いミラーが必要になり、なかには1メートルを超える長さのものもあります。このような長いミラーを、ナノメートル精度で作るにはきわめて精密な工作技術が必要になります。

ひとくちにナノメートル精度の工作技術といっても、ものさしになるべき物質そのものが分子からできていますし、精度の良いレーザー光での距離測定も、測りたい精度の一千倍も粗い測定しかできません。例えていえば、「1メートルの目盛しかないものさしで、1ミリの精度の測定をする」ようなものです。

レーザーの反射で向きを知る

KEKの工作センターでは、大阪大学と共同で、ナノメートル精度で作られたミラーの表面の形状を精度よく測ることのできる装置を開発しています。この装置で採用された新しい形状測定法は、レーザーの直進性を利用しています。ミラーの表面にレーザーを入射し、反射してきたレーザーの光の方向によりミラーの表面の形状を知ることができます。

この装置の原理を図2に示します。ミラー表面の点にレーザー光を入射して、反射してきたレーザー光が入射光と一致するように、レーザー光源の位置、レーザー光の方向、および測定の対象となるミラーの向きを調整します。このときのレーザー光の方向が、測定した場所の傾き(法線ベクトル)となります。

測定は複数の場所で行ない、途中のデータを補間します(図3-b)。補間されたデータを積分することによって(図3-c)、ミラー面の形状を得ることができます。

平行移動と回転の精度

正確にミラーの形状を測定するためには、レーザー光源の位置や光線の方向、ミラーの向きを調整する機構が精度の良いものでなくてはなりません。位置を調整するためには直線運動3軸ステージ、方向を調整するためには、4軸ゴニオメータという回転角度を自由に変えることにできるステージを用います。光学系(レーザー)と試料系(ミラー)はそれぞれ独立の3軸ステージ、ゴニオメータ上に載っています。KEKで作られた測定装置(図4、5)は、光学系と試料系の距離を5メートル程度にすることにより、4軸ゴニオメータの回転のみで法線ベクトルを測定することができるようになっています。したがって、それぞれのゴニオメータの角度位置決め精度で、この測定装置の精度が決定されます。このゴニオメータの回転角度は、20万分の1度という精度で計測できるもので、KEKと共同で技術開発を行ったベンチャー企業が特許を取得しています。

このようにして測定されたミラー表面の精度は、どうやって確かめることができるのでしょう?それには測定に使用した機器にシリコンの結晶を載せて、X線を照射してみます。X線がシリコンの結晶によって回折される様子を測定することで、機器の回転角度がシリコン結晶の格子間隔(約0.2ナノメートル)を精密に再現することがわかりました。曲がった物体の表面の凹凸を測定する装置としては世界でもトップレベルの性能です。

測定は特殊な部屋のなかで

図5は超精密形状計測装置の写真です。ナノメートルの精度でものを測定するためには、温度変化によって物質が膨張したり収縮したりすることは許されないので、装置全体を恒温室という温度を一定に保った部屋の中に置いて、1時間あたりの温度変化が20分の1度以下になるように制御しています。また、表面にチリやホコリが付着することも許されません。したがって、研究者がこの部屋に入るときには、この写真のように、特殊な防塵服を着るのです。

KEKの工作センターは、ナノメートルのものづくりと言った高度な技術開発を通して、KEKで行われる多くの研究プロジェクトの根幹を支えています。この技術によって、X線で見るナノの世界がどんどん明らかになっていくのも遠い日ではないでしょう。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→大阪大学工学部メールマガジンより「ウルトラクリーンルーム」
http://www.eng.osaka-u.ac.jp/
g_mail_magazine2_7.html#kenkyuu_02


 
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[図1]
いろいろな波長のX線に対する、プラチナの反射率。X線のエネルギーが高くなるほど(X線の波長が短くなるほど)、ミラーへの入射角θiは小さな角度でなければならないことが分かります。
拡大図(17KB)
 
 
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[図2]
X線ミラー表面の測定原理。まず光学系から照射された光が同じ場所に戻ってくるように、ミラーの角度を調節し、試料の中心までの距離を測る。次に測定点を変えて、入射光と反射光が一致するように光学系の場所と角度を調節する。測定点の面の傾き(法線ベクトル)は、光学系の平行移動の距離と、回転角度で求められる。
拡大図(18KB)
 
 
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[図3]
図2の原理によりX線ミラーの表面の何か所かで面の傾きが測定できる(a)と、その点の傾きの成分を求めて、その間を補う(補間する)ことで(b)、測定したミラー表面の3次元の数値モデルが求められる(c)。
拡大図(10KB)
 
 
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[図4]
超精密形状計測装置の概念図
拡大図(9KB)
 
 
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[図5]
超精密形状計測装置は、温度変化やチリやホコリを避けるため、特殊な防塵室の中にあります。
拡大図(32KB)
 
 
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