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   image 新しいX線撮像法    2003.3.13
 
〜 位相情報で高感度化 〜
 
X線はレントゲンが1895年に発見して以来、その透過性と直進性を利用して医療や工業などの幅広い分野で大いに用いられてきました。たとえば、私たちが日常的に経験しているように、体内を透視できるレントゲン写真は今日の医療診断において欠かせないものになっています。X線を用いる撮像法では、これまで物質による吸収の差を利用して像を得てきました。しかし最近、X線の吸収ではなく、これからお話しする位相情報を用いた新しいX線撮像法の開発が、KEKの放射光施設などを用いて進められています。

この新しいX線撮像法は従来のものよりも約千倍高い感度を持っているため、少ない被曝線量で、しかも造影剤なしで生体を観察することができます。今日は、X線の位相情報を用いるこの画期的な撮像法についてお話しします。

波としてのX線

X線は波としての性質(波動性)を持っています。水面を伝わる波と同じように、X線も波が重なって強め合ったり、曲がったり、障害物の裏側に回り込んだりします。X線が生体等を透過する場合、この波の性質はどのように現われるのでしょうか?ここで波と物質との相互作用を考えることにしましょう。波は波の高さを示す「振幅」と波の位置を表わす「位相」で表現されます。振幅は被射体による吸収があると減衰し、場所によって振幅の減衰の程度が異なると、それが像として現れることになります(吸収コントラスト)。一方、位相は被射体中を波が伝わる速さによって進んだり遅れたりします。図1(a)にその様子が示してあります。ある物体を波が透過するとき、物体がない場合とくらべて幾分波の位置がずれます。このずれの量を位相シフトといいます。場所によって位相シフトの程度が異なると、図1(b)に示すように波面(波の山を連ねた面)が変形します。この変形量を画像の形成に役立てる手法が位相コントラスト法です。しかし、通常はX線の強度を計測する段階でこの位相シフトに関する情報が消えてしまうため、吸収コントラストのみが残り位相コントラストを見ることはできません。位相コントラストを引き出すには、あとでお話しするような特別な工夫が必要になります。

X線位相コントラストの利点

さて、位相コントラストを利用することにはどのような利点があるのでしょう?図2にX線に対する元素毎の吸収と位相シフトの相互作用の大きさを示してあります。これを見ると、位相シフトの相互作用が吸収のそれより常に大きく、特に原子番号が小さい元素ではその差が約千倍になることがわかります。すなわち、振幅の変化が僅かであっても十分な大きさの位相シフトが引き起こされるのです。これは、 位相コントラスト法を利用すれば、主に原子番号の小さい軽元素から構成されている生体軟部(柔らかい)組織を、従来の方法より約千倍も高い感度で撮影できることを意味します。位相コントラスト法はこのように桁違いに感度が高いため、生体軟部組織を特別な造影処理なしに観察することができ、しかもX線照射ダメージを軽減することができます。

どのようにX線の位相情報を引き出すのか?

それでは、どのようにX線の位相情報を引き出して画像を形成するのでしょうか?これにはいくつか方法がありますが、その中で最も感度が高いのがX線干渉計を用いる方法です。図3に典型的なX線干渉計を示してあります。この干渉計は全体がシリコン単結晶の塊から一体で切り出されており、波長が0.1ナノメーター程度のX線に対して安定に動作するよう工夫されています。最初の結晶板に入射するX線は、進行方向および結晶板表面に垂直な格子面に対する反射方向の二つのビームに分割されます。両者は同様に中央の結晶板でも分割され、そのなかの内側へ進むビームが第3の結晶板でそれぞれ分割され、重なり合って出射します。一方の光路に物体を置くと、位相シフトにより波が変形し、それに対応して出射ビーム中に干渉図形が生じることになります。図4に放射光を使って得られた観察例を示してあります。ラットの小脳のスライス(1mm厚)を光路中に置いて得られた位相像が図4(a)です。比較のために、同じスライスの吸収像も図4(b)に示してあります。位相像と吸収像を比較すると、この撮像法の感度の高さがよくわかります。

大視野化への挑戦

X線干渉計は、浮遊溶融精製(FZ)法で高品質に結晶化されたシリコンの塊から作製されます。現在のところ、入手可能なFZシリコン単結晶の大きさは直径15cm程度のため、大きな干渉計は造ることができず、対象試料の視野が制限されるという問題があります。そこで、X線干渉計を二つの部分に分離して視野を広げる工夫も行われています。現在、数cm角まで視野を広げることに成功しており、将来的には10cm角程度まで広げることを目標としています。位相コントラストで見ると、がん化する前の軟組織の微妙な変化や良性と悪性の区別ができる可能性があります。このような特長を生かして、小動物を用いた癌の状態観察への応用等が計画されています。将来、視野を10cm角以上に出来れば、臨床応用への展望も開けてくるものと期待されます。

X線が持つ波としてのふるまいを巧みに利用した位相情報利用の新しいX線撮像法は医療の診断現場でこれから活躍するに違いありません。今日は、KEKの放射光施設を使った東京大学、筑波大学、日立製作所基礎研究所、KEK物質構造科学研究所が共同で取り組んでいる新しいX線撮像法の開発研究についてご紹介しました。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光研究施設のwebページ
http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→東京大学物理工学科のwebページ
http://www.ap.t.u-tokyo.ac.jp/
→筑波大学臨床医学系のwebページ
http://www.md.tsukuba.ac.jp/public/
  clinical-med/clinical-med.index.html
→(株) 日立製作所基礎研究所のwebページ(英語)
http://www.hatoyama.hitachi.co.jp/
→Physics Today July 2000 Volume 53 Number 7
  p.23"Phase-Sensitive X-Ray Imaging"(英語)
http://www.aip.org/pt/vol-53/iss-7/p23.html

 
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[図1]
波として見たときのX線
(a)物体を透過することにより波の振幅と位相が変化します。位相の変化分が位相シフトと呼ばれます。(b)空間的に位相シフトが異なると、波面が変形します。
拡大図(49KB)
 
 
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[図2]
吸収と位相シフトの相互作用の大きさ。軽元素について見ると、位相シフトの相互作用は吸収の相互作用より約千倍大きくなっています。これは位相コントラスト法の感度の高さを示しています。
拡大図(27KB)
 
 
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[図3]
X線干渉計
拡大図(38KB)
 
 
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[図4]
ラット小脳スライスの観察例 (a)X線干渉計を用いて得られた位相像。分子層(A)、顆粒層(B)及び白質(C)によるコントラストが現われています。 吸収像(b)と比較すると、位相像の感度の高さがよくわかります。両画像は同じ照射量のエネルギー13.5keVの放射光X線を用いて撮影されました。
拡大図(21KB)
 
 
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