物質の構造を解明するには放射光を使ったり、中性子やミュオンを使うなどの方法があります。それぞれ特徴がありますが、その中でも中性子を使って物質の構造を解明する実験を実際に実習で体験してもらって、いろいろな分野の研究に活用してもらおうと、若手研究者を対象とした学校が開催されました。
中性子で物質の構造をさぐる
中性子はその名前の通り、電気を帯びていない粒子なので、物質中の原子核や磁場の状態を精密に調べる事ができるという特徴を持っています。中性子を発生させる源としては原子炉を使う方法とKEKのように加速器で陽子を加速して標的にあて、そこから発生する中性子を用いる方法があります。加速器で中性子を発生させる場合は中性子の出るタイミングをコントロールできるので、パルス中性子源、原子炉の場合は定常中性子源と呼ばれます。
KEKにはパルス中性子源、日本原子力研究所東海研究所には定常中性子源があって、それぞれいろいろな物質の構造を調べるために使われています。パルス中性子源ではエネルギー範囲の広い中性子をパルス的に発生するので、広いエネルギー範囲(広い波長範囲)を網羅する測定に適しています。一方、定常中性子源では大強度の中性子を単色化して使うので、目的のエネルギー範囲を精密に測定することに適しています。
現在、KEKと日本原子力研究所は共同で大強度陽子加速器施設J-PARCの建設をすすめていることはこれまでにもご紹介しました。中性子の利用はJ-PARCでの研究の大きな柱のひとつになっています。
中性子若手の学校
広い学問分野からの魅力的な研究提案が学問の発展を促します。そのために、中性子を使った研究において、広い分野の若い人たちに中性子の良さを知ってもらおう、ということで、1995年から毎年、中性子若手の学校が開催されています。主催しているのは日本中性子科学会で、KEK、日本原子力研究所東海研究所、東京大学物性研究所が実施の担当を順番に受け持っています。
今年の若手の学校は第8回で、10月20日(月)から24日(金)の5日間、大学生、大学院生、ポスドク研究者、大学教職員、企業研究者の若手の研究者から21名の参加がありました。
この若手の学校の大きな特徴は、KEKのパルス中性子源(KENS)と日本原子力研究所東海研究所の原子炉中性子源(JRR-3M)を用いての講義と実習を有機的に組み合わせていることです。両方の機関で実習ができるように開催時期を調整しています。
講義と実習
授業は講義と実習に別れて日本原子力研究所東海研究所とKEKでそれぞれ2日半行われました。東海研究所での実習のテーマとなったのは銅の格子振動と磁性体の磁気励起、磁性体単結晶の結晶構造と磁気構造とその相転移、微粒子と高分子膜の構造、単結晶の結晶構造、地層内のひび割れの分布の測定など、です。またKEKでの実習のテーマはH2O及びD2Oの振動モード、高分子膜の構造、パイロクロア化合物の結晶構造、メソ多孔体の二次元構造、中性子の吸収が大きい物質の結晶構造の測定などです。
たとえば、H2O及びD2Oの振動モードの測定では、軽水H2O氷と重水D2O氷の水分子の振動の様子を測定しました。測定した振動が、水素原子に関連するものであれば、軽水素Hと重水素Dの質量の違いを反映してエネルギーが変化します。軽水H2O氷と重水D2O氷とで振動モードのエネルギーが変化しているかどうかを調べて、振動の起源を調べました。
実習内容の発表
最終日には参加者ひとりひとりが、実習内容について発表をしました。参加者は各自KEKでひとつ、東海研究所でひとつの実習をしましたので、それ以外の実習テーマの内容を知る機会になりました。短時間に実習で扱った実験の原理や結果についてよくまとめていたと思います。講義も含めて、全般的には、中性子散乱実験の基礎を知りたいとの期待に満足した参加者が多かったようです。また、自分の研究生活における興味以外の分野の知識にも触れることができて、研究の視点が広がったとの感想もありました。
この若手の学校の最大の特徴は実際の中性子源を用いた実験装置で講義とあわせて実習を行なうことです。講義を聞いてわかったように思っていることでも、実際に自分の手を動かして実験を行ない、実験結果を解析することで、より深く理解が進んだ、という参加者からの感想をいただくのはうれしいものです。
KEKと日本原子力研究所が共同で建設しているJ-PARCの完成に向けて、より広い分野で中性子の利用が進むことにご期待下さい。
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