宇宙空間を飛び交い、地球に降り注いでくる高エネルギーの粒子のことを宇宙線と呼ぶことは以前にもお伝えしました。スペース・シャトルや国際宇宙ステーションが飛行する地上から400km前後の高度では、銀河宇宙線などのエネルギーが非常に高い粒子がいつも降り注いでおり、宇宙飛行士がどれだけの放射線を浴びているかをモニターすることは極めて重要です。
KEKの放射線科学センターでは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と放射線医学総合研究所と共同で、宇宙飛行士の被ばく線量を計測するのに適した放射線計測器を開発しています。2006年から国際宇宙ステーションの日本のモジュール「きぼう」で宇宙放射線生物影響実験に使用される予定の線量計パッケージPADLESについてご紹介しましょう。
宇宙での被ばく
宇宙からはいろいろな種類の放射線がいつも降り注いでいます。このうち太陽系の外からやってくる宇宙線は銀河宇宙線、地球の周りの磁場に捉えられて粒子がたくさん溜まっている放射線帯(地球磁場捕捉宇宙線)、太陽面爆発(フレア)によって生じる太陽粒子現象、などが主なものです。
人類で初めて宇宙飛行を経験したガガーリン宇宙飛行士の宇宙滞在期間は1時間50分ほどでした。その後、ミール宇宙ステーションや国際宇宙ステーション(図1)では宇宙飛行士の滞在期間が数ヶ月から一年と長期化しています。このような有人宇宙飛行では、微小重力や閉じ込められた空間で長期間生活することからくる心理社会学的な影響の他に、宇宙放射線被ばくが宇宙飛行士の健康に及ぼす影響の研究が重要視されています(図2)。
10月下旬には、太陽活動が活発になり、日本の各地でも低緯度オーロラと呼ばれる赤い光が観測されたことをご記憶の方もいらっしゃると思います。30年ぶりともいわれる大規模な太陽面爆発の影響を避けるため、国際宇宙ステーションでは宇宙飛行士が遮蔽の多い区画へ20分間ほど避難する、といった場面もありました(図3)。
宇宙線の「痕跡」を見る
宇宙ステーションのような環境では電力や消耗品を必要とする放射線測定器を常に携帯することは困難です。また、限られた空気を循環させているので、可燃性のガスや高電圧を使った測定器は安全上の理由から使用することができません。そこで宇宙では、放射線を計測するための受動型検出器として熱蛍光線量計(TLD)などがよく使われてきました。
放射線を浴びた時に細胞や遺伝子がどのように影響を受けるかは、放射線の種類によって変わります。同じ数の放射線を浴びても、その飛跡の周りの分子や原子にどれだけの損傷を与えるかが異なるのです。そこで、放射線が人体に及ぼす影響を正確に知るためには、浴びた放射線の数だけではなく、その放射線が細胞や遺伝子にどれだけの損傷を与える力を持っていたか(線質係数や生物学的効果比)を測定しなければなりません。
TLDは取扱いが簡単で、被ばくした放射線の数を正確に見積もることができるのでよく使われていますが、どんな種類の放射線に被ばくしたのかを仮定しないと、線質係数や生物学的効果比を精密に見積もることができません。そこで開発されたのが、CR-39というプラスチックを用いた検出器です。
CR-39プラスチック検出器
鉱物やガラス、高分子などの電気を通さない固体に電気を帯びた粒子が入射すると、その粒子が飛んだ跡にそって損傷が生じます。化学処理をすると、損傷した部分が速く侵食されるので、エッチピットといわれる穴ができます。このエッチピットの形を詳しく調べることで、入射した粒子の位置や飛来方向、電荷状態やエネルギーなどのさまざまな情報を得ることができます。このような検出器は「固体飛跡検出器」と呼ばれます。
CR-39は、眼鏡のレンズにもよく使われるジエチレングリコールビス(アリルカーボネート)のプラスチックを用いた固体飛跡検出器です。宇宙飛行士の被ばく量を測定するのに最適な特徴を持っていて、宇宙放射線生物影響実験にも有効です。
手作業で行われていた計測作業
図6は国際宇宙ステーションに実際に搭載されたCR-39の試料ですが、表面には楕円形の穴(エッチピット)がいくつも開いています。被ばくした線量を計算するには、この楕円形の穴の長径と短径、さらにエッチングで削り取られた表面の厚さ(バルクエッチ量)を測定する必要があります。
これまでは人間が手動でこれらの測定を行っていました。試料を光学顕微鏡で拡大して画像を撮影し、表面にできた数ミクロンから数百ミクロンの穴を一つ一つ計測していくと、一つの試料の解析に何日もかかります。
CR-39は米国で開発され、1981年のスペースシャトル飛行実験で初めて宇宙飛行士の個人被ばく線量計として使用されましたが、その後、使われなくなりました。被ばく量の推定には優れているのですが、試料の解析にあまりにも手間がかかり過ぎたのです。
実用化のカギは高速自動解析
KEKの放射線科学センターの俵裕子(たわら ひろこ)博士は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と放射線医学総合研究所と共同で、宇宙生物実験用線量計パッケージとしてTLDとCR-39を組み合わせたPADLES(Passive Dosimeter for Life Science Experiments in Space)を開発しました(図4)。この検出器は、2006年から国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」で行われる宇宙放射線生物影響実験で使用される予定です。
放射線医学総合研究所とセイコープレシジョン社は、CR-39のエッチピットの自動解析のための広領域画像高速取得顕微鏡(図5)と、画像を自動的に処理するためのプログラムを開発しました。この顕微鏡は、従来の方法に比べ、50倍以上高速に画像を撮影することができます。また、プログラムは重なっているエッチピットもそれぞれ分離して楕円で近似する機能を持っています。
自動解析システムが開発されたことで、CR-39は実用化に大幅に近付きました。この自動化技術は日本が最先端を歩んでおり、被ばく線量を正確に見積もる測定方法として、欧米からも注目を集めています。現在、もっと解析速度が向上するようにいろいろな改良が試みられています。
エッチピット画像取得の飛躍的な高速化と高精度解析法の自動化は宇宙飛行だけでなく、さまざまな分野で固体飛跡検出器の応用を大きく進めることになるでしょう。
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[図1]画像提供:JAXA |
国際宇宙ステーションの完成予想図 |
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[図2]画像提供:JAXA |
国際宇宙ステーションの中でヨーヨーする宇宙飛行士 |
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[図3]画像提供:NASA |
SOHO衛星が10月28日に撮影した太陽フレア |
[NASA Image of the Day Gallery] |
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[図4]画像提供:JAXA |
PADLESパッケージ。約3cm角厚さ5mm。上面と下面はCR-39プラスチックで内部にガラスカプセル封入型のTLD-MSOが入っている。このパッケージは、来年1月から国際宇宙ステーションの人体模型「マトリョーシカ」に搭載される。 |
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[図5] |
俵裕子博士と広領域画像高速取得顕微鏡 |
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[図6]画像提供:JAXA |
国際宇宙ステーションのロシア・サービス・モジュール「ズベズダ」に2001年8月21日から12月10日まで搭載されたCR-39プラスチック試料。楕円形の穴がそれぞれ宇宙放射線によって損傷を受けたエッチピット。 |
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[図7] |
楕円フィットアルゴリズムを使って自動解析された宇宙放射線の飛跡。 |
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