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   image 生体分子を加速器に貯める    2003.10.2
 
〜 静電型イオン貯蔵リング 〜
 
先週もお伝えしたように、加速器とは電荷をおびた粒子(イオン)を電場と磁場で制御しながら加速する装置です。これまでのほとんどの加速器では、イオンの加速には電場を使い、軌道の制御には磁場を用いる方式が一般的でした。この方式では、加速するイオンが重くなると磁場を強くする必要があります。ところが、イオンの軌道を曲げるのに電場を用いた場合は、軽いイオンから重いイオンまで同じ条件で制御することができます。

イオンを貯めておくための加速器は貯蔵リングとよばれます。KEKでは静電場を使ってイオンの軌道を制御する静電型イオン貯蔵リングを開発し、生体分子を貯蔵して、電子と衝突させることによって、生体分子を原子レベルで研究する試みがはじまっています。

静電型イオン貯蔵リング

磁場を使ってイオンの軌道を制御する加速器では、イオンの種類に応じて磁場の強さを変える必要があるので、いろいろな種類のイオンを自由に制御することはできません。これに対し、電場型リングでは従来型の加速器では貯蔵できないタンパク質やDNAなどの巨大な生体分子も容易に貯蔵することができます。電場型のリングは現在、世界で2台だけ稼働していますが、その中の一つがKEKにあります(図1,2)。磁石を全く使わないので、小型、軽量で、大きなテーブルの上に設置されています。

生体分子イオンはエレクトロスプレーイオン源で作られます。この時、いろいろな重さのイオンができるので、その質量を分析し、一定の質量をもったイオンだけを選択して貯蔵リングに入射します。

普通の状態の分子は、熱エネルギーで励起状態と呼ばれる振動などのいろいろな運動をしていますが、貯蔵リングの中に分子のイオンを入れて、少し時間が経つと、基底状態という落ち着いた状態にすることができます。純粋な基底状態の生体分子イオンを研究することができるのも貯蔵リングの大きな特徴の一つです。

電子を用いた生体分子の研究

分子のような小さなものの構造や性質を調べるには、より小さなものを衝突させて、その様子を調べる必要があります。電子と生体分子の衝突に関する研究は、生体分子を理解する上で大切なだけでなく、生体の放射線損傷や放射線治療などへの応用でも重要な情報を提供します。

図3は電子を発生させる装置の模式図です。熱陰極から出た電子は、加速された後、断熱膨張によって低温の電子ビームになります。つぎに、貯蔵リングの直線部に導入され、周回しているイオンビームと合流します。合流部の約20cmの区間でイオンと電子が衝突します。その後、電子はイオンビームと分かれてコレクターに集められます。衝突の結果、電荷を持った粒子や電荷を持たない中性の粒子が放出されます。これらの中で、中性粒子は電場で曲げられないので、図4のようにリングの外に取り出すことができ、中性粒子が飛んでくる点に検出器を置けば粒子の数を測定することができます。

実験では電子のエネルギーを細かく変えながら中性粒子の発生する割合を測定します。この装置によってはじめて電子と生体分子単体の衝突過程を研究することが可能になりました。

電子のエネルギーに共鳴して切れるペプチド結合

この静電型イオン貯蔵リングによって、タンパク質とDNAに関する新たな現象が発見されました。

タンパク質は、20種類のアミノ酸がペプチド結合によって多数つながった鎖のような構造をしています。アミノ酸の数が少ない軽いタンパク質はペプチドと呼ばれています。+1の電荷を持つアミノ酸の一種であるアルギニンと、やはり+1の電荷を持つペプチドの一種でアミノ酸10個からなるアンジオテンシンにそれぞれ電子を衝突させ、両者を比較します。

図5は電子エネルギーを変えた場合に発生する中性粒子の割合です。アルギニンの場合は電子エネルギーを変えても大きな変化はありません。一方、アンジオテンシンはアミノ酸と大きく異なり、6.5電子ボルト付近に大きな山があり、9電子ボルト付近と合わせて2つの山からなるように見えます。これはプラスに帯電したアンジオテンシンイオンがマイナスの電荷を持つ電子と結合して中性になり、その際に貯えられたエネルギーによってペプチド結合が切断されたことによると考えられます。2つの山がある理由は、図5のように切断される部位によってエネルギーが異なるからです。このように特定のエネルギーでペプチド結合が切れる現象は他の分子でも発見され、タンパク質全般で起こるものと想像されます。

遺伝子の損傷過程の解明に向けて

DNAは図6のように糖とリン酸塩からなる骨格に4種類の塩基が付いた構造をしています。DNAのマイナスイオンに電子を衝突させると、ある特定のエネルギーから中性粒子が増えはじめます。このエネルギーをしきい値と呼ぶことにします。しきい値はイオンの電荷数によって変わりますが、DNAの塩基配列や長さにはほとんど依存しません。−1価のイオンのしきい値は約10電子ボルト、−2価のイオンのしきい値は約20電子ボルトという具合に電荷の増加にともなってしきい値が規則的に上がっていきます。別の観点から見ると、大きな電荷を持ったDNAほど電子衝撃で壊れ難いということもできます。この単純で興味深い現象のメカニズムはまだ十分解明されていません。

静電型イオン貯蔵リングは、生物に関連した分子の研究に適しています。今後、他の方法では研究できなかった巨大分子イオンと電子、光子、イオンとの衝突を研究することによって巨大分子の原子レベルでの理解が深まることでしょう。現在稼働しているリング以外にも多くのリング建設計画が提案されています。

生体分子と加速器という境界領域の今後の発展にご期待ください。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→静電型イオン貯蔵リング(ESRING)のwebページ
http://www-acc.kek.jp/WWW-ACC-exp/ESring/

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[図1]
静電型イオン貯蔵リング実験装置の全体図
拡大図(51KB)
 
 
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[図2]
静電型イオン貯蔵リング
拡大図(60KB)
 
 
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[図3]
電子標的の概念図とイオン貯蔵リングに設置された電子標的(写真)
拡大図(38KB)
 
 
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[図4]
電子−イオン衝突実験装置の概念図
拡大図(20KB)
 
 
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[図5]
(a) 電子-アンジオテンシン、(b) 電子-アルギニン イオンの衝突でつくられる中性粒子の生成率。挿入図はペプチド結合と切断箇所を示す。
拡大図(21KB)
 
 
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[図6]
DNAイオンと電子の衝突概念図
拡大図(11KB)
 
 
 
 
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