以前ご紹介したように、私たちの身体はいつも宇宙から降り注ぐ放射線、宇宙線に貫かれていますが、熱さも痛みもかゆみも感じません。それは、宇宙線が非常に小さな素粒子であり、物質との反応が非常に小さいからです。
素粒子を調べるために、これまでいろいろな種類の検出器が開発されてきました。電気を帯びた素粒子が物質を通過すると、シンチレーション光という、かすかな光を出す場合があります。この光を捉えて、通過した粒子の性質を調べるためのいろいろなシンチレーションカウンターについてご紹介しましょう。
シンチレータとは
電気を帯びた粒子があたると蛍光を出す物質のことをシンチレータと呼びます。粒子が物質を通過する際に、物質中の電子を少しエネルギーの高い状態(励起状態)にしますが、励起された電子は10万分の1秒から10億分の1秒という短い時間で元の状態に戻ります。この時にシンチレーション光がでるのです。
シンチレーション光はとてもかすかなので、そのままでは素粒子の測定に使うことができません。1940年代になって微弱な光を電流に変えることができる光電子増倍管が実用化されて、シンチレーション光を使った検出器が使われるようになりました。
素粒子の検出によく使われるプラスチック・シンチレータは、ポリビニルトルエンという透明なプラスチックに、二種類の蛍光物質をわずかに混ぜたものです。ポリビニルトルエンのような芳香族分子を含むプラスチックでは、励起された分子のエネルギーの約3%が光となって放出されます。第一の蛍光物質がこの光を吸収して、波長340ナノメートルの紫外線を放出します。この紫外線はプラスチックの中では非常に短い距離しか進むことができません。そこでこの紫外線を吸収して、もう少し波長の長い紫色の光(420ナノメートル)を
放出する第2の蛍光物質を混ぜておきます(図1)。
1個の光子を数百万個の電子に変える光電子増倍管
光が金属にぶつかると、表面から電子が放出されます。この電子のことを光電子といいます。光電子増倍管のガラスの内面には、光が光電子をたたき出すための光電物質が薄く塗られています。現在使われている光電物質は平均すると4個の光子に対し1個の光電子を出します。
真空管の中で電極に高電圧をかけて電子を加速すると、電極(ダイノード)に衝突した電子がさらに何個かの電子を電極からたたき出します。この加速のための電極を互い違いに何段か重ねたものが光電子増倍管です。通常はダイノードが12段になったものが使われ、1個の電子が百万個から1千万個に増幅されます。この電子が最終的に陽極(アノード)に集められて、電気信号になります(図2)。
シンチレーションカウンター
図3は、以前、スパークチェンバーの記事でご紹介した宇宙線を測定する装置で使われているプラスチック・シンチレータの動作原理です。スパークチェンバーの上下に2枚のシンチレータを置き、そこから出てくる光を検出する光電子増倍管で電気信号を捉えます。宇宙線が下向きに通過すると、まず上のシンチレータが光り、光電子増倍管が信号を発生します。宇宙線が下のシンチレータを通過すると、少し遅れて下の光電子増倍管からも信号が発生します。2つの信号が同時に出る回数を測ることで、上下のシンチレータを通過する宇宙線の数を測ることができます。
シンチレータの場所を変えながら測定を繰り返すと、宇宙線がどの角度からどれだけ降ってくるかを調べることができます。
飛行時間検出器(TOFカウンター)
シンチレータは、通過する粒子の数を測るだけでなく、粒子の速度や、通過した場所の測定にも使われることがあります。このような検出器は飛行時間検出器(TOFカウンター)と呼ばれます。
図3で上下の光電子増倍管から発生した信号にはわずかな時間差(D)があります。上下のシンチレータ間の距離をこの時間差で割ることで、通過した粒子の速度を測ることができます。
また、シンチレータの発光時間は約1億分の1秒と、非常に短いので、シンチレータの中を光が伝わっていく時間を測定することで、粒子がどこを通過したかを測ることができます。
図4を見てください。荷電粒子が通過すると、シンチレーション光が四方八方に広がります。この時、かなりの光はシンチレータの外に出てしまいますが、一部はシンチレータの中で反射を繰り返しながら左右に伝わります。シンチレータの両端に光電子増倍管を置いて、到着する光の時間差を測ることで、荷電粒子がシンチレータのどの場所を通過したかを求めることができます。
現在使われているTOFカウンターでは、時間の精度を100億分の1秒まで高めることで、約3cmの精度で荷電粒子が通過した位置を調べることができます。
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[図1] |
シンチレータに紫外線を当てると、光が出る。(2003年の一般公開で) |
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[図2] |
光電子増倍管の動作原理。光が光電面(カソード)に入ると光電子が発生し、カソードとダイノードとアノードの間にかけられている高電圧に引き寄せられて、電子のなだれを起こす。アノードに集められた電子が電気信号として検出される |
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[図3] |
宇宙線の数や速度を計測する検出器の例。上下にある光電子増倍管が同時に信号を発生する数を数えることで、上下のシンチレータを通過した宇宙線の数を数えることができる。また信号が発生する時間差とシンチレータの距離から宇宙線の飛行速度が分かる。 |
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[図4] |
TOFカウンターの原理。荷電粒子がシンチレータを通過した時、左右の光電子増倍管に光が届く時間差から、粒子が通過した場所を求めることが出来る。 |
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[図5] |
Belle測定器で用いられているTOFカウンターの一部。255×6×4cmのシンチレータの両端に光電子増倍管をつけて2本ずつ束ねたモジュールとしている。 |
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