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last update:05/03/10  

   image 炭素のかごの中に浮かぶ水素    2005.3.10
 
        〜 放射光で直接観察 〜
 
 
  フラーレンという分子をご存知でしょうか。フラーレンは炭素だけでできたサッカーボールのような分子です。サッカーボールの中は空っぽなので、もしあなたがフラーレンを手にとることができたら、中に何かを入れてみたくなるかもしれません。大事な宝物をしまっておきたくなるかもしれませんね。

研究者たちも同じことを考えました。中にものが入った内包フラーレンは元のフラーレンとは違った面白い性質を示すからです。また、外部と隔たれた空間に分子をしまっておくことができるので、反応性が高い分子や貯蔵するのが難しい分子などをストックしておくことができるかもしれません。今日のニュースは、中に水素の入ったフラーレンのお話です。

フラーレンのかごに水素を入れる

京都大学化学研究所の小松紘一(こまつ・こういち)教授のグループでは、炭素60個でできたC60というフラーレンに大きな穴を開けた分子をつくりました(図1)。サッカーボールの一部を破ってしまったようなこの分子は、ふたを開けた「かご」のようにも見えます。この分子は安定で、高い温度や圧力にも耐えることができます。この分子を高温・高圧の水素ガスの中に入れたところ、驚いたことに1つのかごにちょうど1個ずつ水素分子が入ったのです。しかも、水素の入る効率は100パーセント近い、つまりすべてのかごに1つずつの水素が入るという、大変効率の良い反応であることがわかりました。

かごの中に水素が入っていることは、プロトン核磁気共鳴法という方法で確かめることができました。しかし、この方法では、かごの中に水素が入っていることはわかっても、かごの中のどこにどのように水素が存在しているのかを知ることができません。かごの中の水素を直接見ることができる手段はあるのでしょうか? 図2は中に水素分子が取り込まれたことを想定して描いたモデルの図ですが、本当にこの図のように、水素はかごの真ん中に入っているのでしょうか?

水素はどこにいる?

KEK物質構造科学研究所の澤博(さわ・ひろし)助教授は、フォトンファクトリーの放射光を用いて、かごの中の水素分子がどこにどのように存在しているか直接見ようと考えました。物質の構造を調べるには、その物質の結晶を作り、X線をあてて散乱してくるX線から構造の情報を得る「X線結晶構造解析」という方法が使われます。結晶のように分子が規則的に並んだものにX線をあてると、それぞれの原子から散乱されたX線が干渉して、特定の方向に強いX線散乱が観測されます。こうして得られた信号を解析すると、結晶の中のそれぞれの原子の位置を決めることができるのです。

フォトンファクトリーのビームライン1Aには、澤助教授の設計したX線結晶構造解析装置があります(図3)。この装置を使って、水素の入ったかごの結晶の構造を調べました。結晶は100ミクロン(0.1ミリメートル)角というたいへん小さなものでしたが、放射光を使うとこのような小さな結晶でも構造を見ることができます。

図4は放射光で見た、かご分子の電子密度をあらわしています。順番にかごの上の部分からの断面を見たものです。かごの骨格が球状にはっきり見えており、水素を入れたもの(図中央)の内部をみると、ちょうど真ん中に電子密度の高い部分があることがわかります。これは、かごのちょうど真ん中に水素分子が存在するということを意味します。大切なことは,結晶をつくっているすべての分子に水素が入っているということです。水素を入れる処理を行わなかったかご分子にはこのような電子密度の高い部分はなく、中が空っぽでした(図右)。このことから、確かに水素分子はかごに1個ずつ入っていて、その水素分子はかごのほぼ真ん中に浮かんでいることが確かめられました。

X線で水素を捉えるということ

この研究では水素が見事にかごの真ん中に浮いていることをフォトンファクトリーの放射光で捉えることができました。このように、気体の水素が、たった1分子という孤立した状態で浮かんでいる状態をX線で見ることができたのは世界でも初めてのことです。実は、X線で水素を捉えるのはとても難しいのです。原子がX線を散乱する能力は、原子の中にある電子の数にしたがって大きくなるので、電子を1個しか持たない水素(水素分子では2個)はX線では見えにくいのです。

放射光は実験室のX線に比べて桁違いに強く指向性が高い光なので、実験室のX線に比べて精密な構造を見ることができます。また、放射光の性質を最大限に生かせる装置や、得られたデータを精密に解析することも重要です。こうして、見えにくい水素も見ることができるようになりました。

中性子を使うともっと簡単に水素を見ることができます。したがって、今までは水素を見るにはX線より中性子を使うのが普通でした。しかし、放射光のしぼられたX線を使うと、小さな結晶でも試料として使うことができます。そのため、新しい材料を開発するようなときに、いろいろな種類の試料を素早く測定するような場合には特に威力を発揮するでしょう。

フォトンファクトリーでは、現在、より細くしぼられた強い放射光を発生するための改造を行っています。今年の秋にこの改造が終われば、より小さな結晶の構造も精密に見えるようになります。これについてはまた別の機会にご紹介しましょう。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

  →放射光科学研究施設のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
  →京都大学化学研究所のwebページ
  http://www.kuicr.kyoto-u.ac.jp/index_J.html
  →京都大学化学研究所小松研究室のwebページ
  http://hydrogen.kuicr.kyoto-u.ac.jp/Komatsua.html
  →国際ナノテクノロジー総合展・技術会議のwebページ
  http://www.ics-inc.co.jp/nanotech/
  →学術創生研究(新プロ)物質構造科学研究所のwebページ
  http://msl.kek.jp/mSR/shinpro/index.html

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  ・05/02/21プレス発表記事
    開口C60に閉じ込められた水素分子の放射光による直接観測
  ・05/03/03トピックス記事
    KEK物質構造科学研究所がnano tech 2005 に出展

 
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[図1]
(a)大きな穴を開けたフラーレンC60の構造。赤で示した部分が13角形の穴。(b) 化学合成的にフラーレンC60に穴を開け、気体の水素分子(H2)を入れ、穴を化学合成的に閉じる手順。この方法では効率よくフラーレンの「かご」の中に水素分子を入れることができる。
拡大図(71KB)
 
 
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[図2]
穴をあけたフラーレンC60に水素分子が取り込まれたことを想定して描いたモデル図。
拡大図(35KB)
 
 
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[図3]
フォトンファクトリーBL1Aに設置されている高分解能X線結晶構造解析装置。
拡大図(104KB)
 
 
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[図4]
放射光で測定したフラーレンの電子密度の断面図。水素を入れる処理を行ったものは中央に電子密度の高い部分が見えるが(図中央)、処理を行わなかったものは何も見えない(図右)。
拡大図(377KB)
 
 
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[図5]
この研究は2月23〜25日に行われたnano tech 2005でも紹介され、来場者の注目を集めていた。水素の入ったフラーレンの模型を持っているのが澤博助教授。
拡大図(68KB)
 
 
 
 

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