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last update:05/06/16  

   image 未来のコンピュータメモリ    2005.6.16
 
        〜 ナノ磁石の渦を操る 〜
 
 
  磁石というと皆さんはどのようなものを想像するでしょうか?  私たちの生活では棒磁石やU形磁石や、物を動かすためのモーターなどがありますね。実はこれ以外にも目では見えないほど小さな磁石が利用され、私たちの暮らしに役立てられています。

これらはコンピュータや電化製品の記憶装置(メモリ)に使われているものであり、ハードディスク(HDD)やMD、フロッピーディスクがその代表例です。このような技術を磁気記録技術と呼んでいます。磁気記録装置では0と1のデジタル信号を、小さな磁石ひとつひとつの磁化の向き(N極・S極の向き)として記憶します。これらに使われる磁石ひとつの大きさは、小さいものでナノメートル(10億分の1メートル)の領域になろうとしています。

今日はそんなナノ磁石の研究をご紹介しましょう。

磁気記録技術とナノ磁石

磁石ひとつひとつを小さくすればするほど、より多くの情報量を蓄えることができます。現在、ナノテクノロジーがさまざまな分野で注目を集めていますが、情報記録に必要な非常に小さな磁石を作ることができるようになってきました。その結果、例えばコンピュータやビデオデッキ、音楽プレーヤーなどに使われるハードディスクは信号を記録する磁石のひとつの大きさが現在、100ナノメートル(髪の毛の太さの千分の一)以下にまで小さくなっています。

外からでは分からない磁石

普段私たちが目にする磁石よりもはるかに小さいナノ磁石を作ると、私達の知っている磁石とは全く違う性質を持ちます。例えば数ミクロン(1000分の1ミリメートル)以下のディスク(円盤)形状の磁石では外に磁力線を出さないという性質があります。図1左図のように通常の磁石の場合、内部でひとつの方向に磁力線が揃い、その両端でN極・S極ができ磁力線を外に出します。しかしディスク型のナノ磁石の内部では磁力線が渦のように回っており、外に磁力線を出しません(図1右図)。つまりこのナノ磁石はS極・N極というものがないのです。S極・N極がないので、この磁石どうしが引き付けあったり、反発しあったりすることはありません。

現在、このような不思議な性質を持ったディスク型ナノ磁石をコンピュータのメモリとして応用できないかと研究が進められています。

渦の回転方向の制御と次世代のコンピュータメモリ

磁気を利用したメモリはMRAMと呼ばれています。MRAMとはあまり聞き慣れない言葉かも知れませんが、磁気ランダムアクセスメモリー(Magnetic Random Access Memory)の略で、現在コンピュータに使われている半導体メモリDRAM(Dynamic Random Access Memory)に変わって、次世代のコンピュータのメモリとしてたいへん期待されています。MRAMは、DRAMよりも情報の読み書きが速く、省電力です。さらに一番大きな特徴は、磁石で情報を記録するので電源を切っても情報が消えないことです。MRAMがコンピュータに搭載されるようになれば、コンピュータの電源を入れた瞬間からコンピュータを使うことができるようになるのです。

MRAMは磁石の磁化の向きで情報を記録しますが、高密度のメモリを作ろうとして磁石の間の距離を小さくすると、磁石同士が引きつけあったり反発しあったりして記録がおかしくなります。外に磁力線を出さないディスク状ナノ磁石をMRAMとして用いることができればこのような問題は解決されるはずです。データの記録には、ディスク状ナノ磁石の内部で生じる渦の回転方向を利用すればよいのです。

ナノ磁石の渦を放射光で観察

ところがこの「外に磁力線を出さない」という性質のため、ナノ磁石の内部に生じている磁力線の渦が時計回りなのか、それとも反時計回りなのかを見るのは非常に難しいのです。

東京大学大学院工学系研究科の尾嶋正治(おしま・まさはる)教授と大学院生の谷内敏之(たにうち・としゆき)さん、KEKの小野寛太(おの・かんた)助教授、産業技術総合研究所の秋永広幸(あきなが・ひろゆき)主任研究員のグループは、放射光を用いてナノ磁石の磁力線の渦の向きを観察することを考えました。放射光は「偏光」という、光の波の方向が特定の方向に偏っている性質を持っていて、この性質をうまく用いると物質の方向性に関する情報が得られます。尾嶋教授のグループでは、光電子顕微鏡という装置を用いて、放射光をディスク状ナノ磁石の特定の方向から当て、渦の磁力線の向きを観察する方法を開発しました。光電子顕微鏡 (Photoelectron Emission Microscope, PEEM) は、光を物質にあてたときに、光電効果によって飛び出してきた電子を電子レンズと呼ばれる電子のレンズで拡大することによって、物質の像をみる顕微鏡です(図2)。

図3はKEKフォトンファクトリーの放射光を用いて、光電子顕微鏡で観察したディスク状ナノ磁石の像です。ナノ磁石の内部での渦の回転方向を明るさの違いから知ることができます。磁石内部の比較的明るい部分は放射光の照射方向と同じ向きの磁力線があることを示しており、暗い部分はその反対向きであることを示しています。こうしてディスク状ナノ磁石の渦を、放射光を用いて初めて観察することができました。

渦の回転方向が制御できた

ディスク状ナノ磁石をMRAMとして実用化するためには、渦の回転方向を制御できなければなりません。そこで渦の回転方向を制御するためのナノ磁石をコンピュータを使って設計しました。ただの円形のディスク型ナノ磁石では、渦の回転方向を制御することができませんでした。そこで、図4のようにディスクに「耳」をつけて、少し対称性の低い形にすると、外部磁場をかける(磁石を近づける)ことによって自由に時計回り・反時計回りを制御できるようになりました。

コンピュータで設計したこの「耳付きナノ磁石」を実際に作って、光電子顕微鏡で観察してみました。すると、設計どおり、ナノ磁石の中で渦の回転方向が制御できていることがわかりました(図5)。ひとつひとつを見ていくと、「耳」をつけた位置が同じ磁石どうしは渦の向きが同じであることがわかります。たとえば真ん中の2つは「耳」が上についていて両方とも反時計回りの渦を、両端の2つは「耳」が下についていて両方とも時計回りの渦を持っています。この結果は、ナノ磁石に磁場を右・左とかけることで自由に渦の向きを変えられることを意味しており、全く新しいMRAMを作れる可能性が現実に近づいてきました。わたしたちの使っているパソコンにこのディスク状ナノ磁石の技術が使われる日も遠くなさそうです。

この研究成果は、米国応用物理学会のJournal of Applied Physics誌2005年5月15日号に掲載されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

  →フォトンファクトリーのwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
  →東京大学尾嶋研究室のwebページ
  http://www.appchem.t.u-tokyo.ac.jp/appchem/labs/oshima/

 
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[図1]
棒磁石のディスク型ナノ磁石の磁力線。棒磁石の場合、磁石の両端にN極・S極ができて磁力線(磁場)が外にできる。ディスク型ナノ磁石の場合、磁力線が磁石内部で回転し、外に磁力線を出さない。
拡大図(23KB)
 
 
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[図2]
写真はKEKのフォトンファクトリーPF-ARのビームラインNE-1Bに設置した光電子顕微鏡。尾嶋教授のグループで開発した光電子顕微鏡装置は、小型の「モバイル」タイプで、いろいろな素子を簡便に測定できるように設計されている。
拡大図(80KB)
 
 
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[図3]
光電子顕微鏡で観察したディスク型ナノ磁石の磁力線。赤矢印は放射光をあてた方向。
拡大図(58KB)
 
 
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[図4]
ディスク型ナノ磁石の渦制御の仕方。磁石に右方向の磁場をかけると時計回りの磁力線になる。左方向にかけると反時計回りの磁力線になる。
拡大図(26KB)
 
 
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[図5]
光電子顕微鏡で観察したディスク型ナノ磁石の渦が制御されている様子。赤・青矢印が磁力線の渦の回転方向。磁場をかけることでこれらの渦を制御できる。
拡大図(51KB)
 
 
 
 
 

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