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6万時間の見張り番 2006.10.19 |
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〜 失敗が産んだガス漏れ検出器 〜 |
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KEKのBファクトリー実験では、実験機器を冷却するために液体ヘリウムがいつも使われています。ヘリウムは化学的に安定な物質なので、漏れたとしてもガス爆発を起こしたりはしませんが、高価であるのと、装置の不調で実験が中断すれば、加速器運転の貴重な時間を失うことになるので、実験中は機器に異常がないかどうかを常に監視する必要があります。 Bファクトリー実験の円滑な遂行を陰で支えている画期的なガス漏れ検出器を発明したKEK素粒子原子核研究所の技術職員・近藤良也氏にお話をうかがいました。 信頼性が鍵を握る裏方 ― このガス漏れ検出器はどこで使われているのですか。 Bファクトリーの加速器やBelle測定器には強力な磁場を発生させて粒子の軌道を曲げるための大型の超伝導磁石があります。これを冷やすために摂氏マイナス268度の液体ヘリウムを使うのですが、停電や超伝導状態が破れる「クェンチ」という現象が起きると、液体ヘリウムが気体になって、圧力が急激に上昇します。 そのままでは機器が圧力に耐えられなくなって壊れてしまうので、ガスを取り扱う設備には「破裂板」や「安全弁」という、圧力を逃がすための保護装置が設置されています。電子回路を守るためのフューズと似た役割ですね。 ― ということは、機器が正常に動いている時には必要ないものなのですね。 はい。異常を検知するためのものなので、あまり頻繁に動作するようでは困るわけです。言い換えると、実験がうまくいっている時にはなにも信号を出さず、異常が発生した時だけ確実にその異常を検知する、という、信頼性がとても高い検出器が必要なわけです。 ― それがBファクトリーのガス漏れ検出に使われた? 圧力保護装置の出口にこの検出器を設置しました(図1、2)。Bファクトリー実験開始時から使ってきましたが、停電やクェンチでこれらの圧力保護装置が働いた時にはちゃんとガスを検出することが確認されています。 失敗が産んだ発明 ― この装置を発明したきっかけはなんでしょう? 18年ほど前、トリスタン加速器(KEKB加速器の前身)を使って行われていた実験の機器の監視をしていた時に、ヘリウムガスが大量に漏れるという事故がありました。幸い、加速器が運転している時ではなかったので、貴重な実験データが取れなくなるという被害はなかったのですが、逆にそれが災いして、気がつくまでに時間がかかってしまった、ということがずっと心に引っかかっていて、「いつかガス漏れ検出を自動で行える機器を開発したい」と思っていました。 ― それまではヘリウムガスを検知する手段が無かった? それ以前は破裂板に破損が無いかどうかを人間が眼で見て監視していました。トリスタンの実験になると装置自体が大型になるので、装置から人間が制御をしている場所まで数十メートル(場合によっては1キロ)ほど離れているので、監視は容易ではありません。テレビカメラを設置して装置の様子を監視するなどの工夫もしましたが、最終的には人間が巡回して監視する必要がありました。 ヘリウムは化学的に安定な物質なので、空気の物理的な特性の変化を見ることになります。 ヘリウム流出事故の後、水晶やセラミック振動板を使って、空気中の振動板の振動数がヘリウムが加わることによって変化する現象をとらえようと3年ほど試行錯誤していました。ところがこの方法だと空気中の湿度が変化することでも振動数が変わってしまうので、装置を安定させて動かすことが難しかったのです。 映画を観てひらめく ― そこで空気とヘリウムの音速の違いに着目したわけですね。 振動板の試みがうまくいかずにしばらく悩んでいたのですが、数年後に「Uボート」という映画の中の、駆逐艦から音波を発して海中の潜水艦の場所を突き止めるというシーンを観ていて突然、「ヘリウムと空気の音速の違いを検出すればよい」ということを思いつきました。 図3がこの装置の構造です。空気を流す管の中に円筒形の小部屋を設けて、超音波を出すスピーカーと、その反射波を拾うマイクを取り付けてあります。摂氏零度の空気中の音波の早さは秒速331mですが、ヘリウムの場合は秒速970mと約3倍です。 ― ヘリウムを混ぜた空気を呼吸すると、振動数が高くなって、人間の声がアヒルのような奇妙な声になる、あれですね。 そうです。空気中にヘリウムが混ざると音波が早く進みます。それを検出できれば動作するぞ、と。 ― そこで、自分で回路を作った? じつは映画を観たその足で秋葉原の店に行って、まず超音波距離計を買ってきました。市販の装置が使えるかな、と思ったのです。ところがこれは音速と時間から距離を測定する装置で、大量生産されていて安いのですが、内部は複雑で、ガス漏れ検出の用途には調整が難しすぎたのです。 1年くらいあれこれ試してみたあげく、ガス漏れ検出で大事なことは空気にヘリウムが混ざったことがわかるかどうか、なので、音波の位相のずれを検出すれば、もっと簡単に動作の安定な回路を作ることができると思いつきました。思いついたら30分で図面が完成し、その日のうちに装置を組み立てていましたね。 音波のずれを検出する回路 ― どうやって位相のずれを検出するのですか? フェーズロックドループ(PLL)という回路を使います。図4を見てください。スピーカーで発生させた超音波をマイクロフォンで拾って電気信号に変換します。その信号を位相比較回路で比較信号と比べるのですが、これは自分自身の信号に処理を施して作ったものです。 いつもはマイクロフォンの信号と比較信号が同じ速度で進んでいますが、スピーカーとマイクロフォンの間にヘリウムが混ざると、信号が早く進みます。これを比較信号と比べる回路に入れると、位相の変化を電圧の変化に変換することができます。 東京だと、山手線の電車と京浜東北線の電車が並んで走っている区間がありますよね。同じ速度で走っていると、窓と柱の位置は変わりませんが、どちらかがスピードをちょっとあげると、窓と柱の位置関係がずれていきます。 難しく聞こえますが、あとで考えたら、ラジオでもよく使われる技術なんですよね。 注目を浴びる発明 ― 内容をうかがうと、原理がシンプルで頼りになりそうな発明ですね。特許は取られたのですか? 2002年末に特許出願しました。Bファクトリーの実験では6万時間の運転実績を持ちます。もともと停電やクェンチなどの異常がなければ動作しない装置なので、あまり頻繁に動作するようでは困りますが、装置の監視をしていた人に聞くと、ヘリウムの放出があった時にちゃんとそれをとらえることができたようです。 厳密には、音速は温度によって変化するのですが、今使っている環境での温度変化だと、調整をしなくても感度はほとんど変わりません。ヘリウム濃度の検出感度は公称2%ですが、実際には1%あたりから感度があります。 ― 民間企業からの問い合わせもあるんですか? 9月13日から15日まで東京国際フォーラムで開かれた『イノベーションジャパン2006・大学見本市』に出展しました(図5)。 これは、独立行政法人科学技術振興機構とNEDO・新エネルギー・産業技術総合開発機構が主催して、大学等の研究機関の成果が社会に還元され、技術移転とそれによる新産業の創出を目指して開催されているものです。 いろいろな人から熱心な質問を受けました。水素自動車の開発をしている人から水素ガスの検出について聞かれました。もちろん可能です。他にも建設現場でのガス漏出の検出に使えないかとか、ガソリンの給油装置と組み合わせられないかとか、ですね。空気と音速が異なるガスであればなんでも検出できるはずです。 ― 印象に残った質問はありますか? 「おならの検出に使えますか?」と聞かれました。 ― おなら、ですか。 質問した人はいたってまじめで、ある製品の開発に取り組んでいました。私が作った回路はヘリウムの検出を目指していたので、空気より音速が速いガスにしか感度が無かったのですが、遅いガスでも検知できるように改造してみました。でも、いざ装置の前でおならしようとしても、緊張してうまくいかないんですよね。 ― 今後の展望はありますか。 スピーカーとマイクロフォンが設置できる空間であれば原理的にはどこでも測定ができるので、図6のように、ガスの放出口で監視することもできます。また、スピーカーとマイクロフォンを複数設置して、広い面積のどこでガス漏れが生じたかを特定することもできるのではないかと考えています。 ― 有望な技術ですね。期待しています。どうもありがとうございました。 (インタビューア 森田洋平) |
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