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宇宙線観測と加速器 2008.5.1 |
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〜 テレスコープアレイの較正 〜 |
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宇宙空間ではとてもエネルギーの高い粒子やX線、ガンマ線などが飛び交っていて、地球の大気の上層で空気中の分子と反応しながら地表に降り注いでいます。これらの粒子は宇宙線と呼ばれていますが、太陽活動によって発生するものや、銀河系内の超新星爆発によって発生するもの、更には銀河系外で発生したと思われるものまで幅広く存在します。そのエネルギーは100万電子ボルト程度のものもありますが、最もエネルギーの高い宇宙線としては、加速器で実現可能なエネルギーよりも1億倍以上のものまで観測されています。 超高エネルギーの宇宙線を観測するために、アメリカ・ユタ州の砂漠の中に設置されるテレスコープアレイ実験(以下TA実験)で、宇宙線のエネルギーを精密に測定するために作られた加速器「TAライナック」についてご紹介しましょう。 粒子と蛍光で空気シャワーを観測 宇宙線が地球に入射する場合、地上から10km〜20kmの成層圏内に到達した所で大気分子と衝突すると、空気シャワーという現象が生じます(図1)。空気シャワーからは電子、ガンマ線、ミュー(μ)粒子などが数多く発生して、地上に到達します。これらの粒子を地表で検出することで空気シャワーを観測する事ができます。 一方、発生した電子が更に空気中の窒素分子に衝突すると、窒素を励起させます。励起された窒素が基底状態に戻る際に放射する紫外領域の光(大気蛍光)を光学望遠鏡で検出することでも空気シャワーを観測する事ができます。 TA実験では、アメリカ・ユタ州のソルトレイク市から南へ約200km離れた砂漠地帯(図2)に、粒子を検出する512台のプラスチックシンチレーションカウンターと、大気蛍光を観測する38台の光学望遠鏡を設置します(図3、図4)。東京大学宇宙線研究所およびその他の日米韓の大学機関が共同で建設したこの観測所は、地表で粒子観測と大気蛍光の両方を観測するものとしては世界最大規模のものです。 宇宙線のエネルギーの上限を探る 宇宙線は発生してから地球に到達するまでの間に、宇宙空間に満ちている宇宙背景放射の光子と相互作用を繰り返します。宇宙線のエネルギーが高くなると、光子との相互作用の確率が高くなるため、エネルギーが10の19.6乗電子ボルト(加速器の約1億倍)以上の宇宙線は地球に到達する事はないと予想されています。 この上限値は「GZKカットオフ」と呼ばれています。これまでに行われた実験のうち、アメリカのHiRes実験では、この上限値と矛盾しない結果が得られました。しかし日本で行われたAGASA実験では、この上限値よりも高いエネルギーの宇宙線が数多く観測されました。 この結果の違いを明らかにし、GZKカットオフの議論に最終的に決着を付けるのがTA実験の目的です。またTA実験では、高エネルギー宇宙線がどの方向から到来するかの分布を調べることも重要な課題です。 TA実験が観測しようとしている超高エネルギー宇宙線は銀河系外から飛来して来ると考えられています。このような宇宙線の到来方向による発生起源の特定が進めば、宇宙線の理論だけでなく、宇宙論や天文学、更には宇宙線の発生原因に標準理論の枠を超えた可能性を示唆するような結果が得られるかもしれません。そうなれば素粒子物理学にも影響を与えることになるでしょう。 エネルギー測定精度と加速器 TA実験では、光学望遠鏡で観測される大気蛍光の光量から宇宙線のエネルギーを計算する事ができます。しかし、それぞれの宇宙線のエネルギーがわかっていないので、光量からエネルギーを測定するための直接の較正は不可能でした。そのためエネルギーの測定精度には大きな不確定性があり、この不確定性を減らす事が大きな課題となります。 この課題を解決するために、加速器で加速された電子ビームを空気中に放出し、電子ビームが空気シャワーを作る際に発光する大気蛍光を観測することで、エネルギーと観測される光量間の直接の較正(エネルギー較正)を行うことが考えられました。このためにKEKで製作されたのがTA実験用小型電子線形加速器(TAライナック)です。このTAライナックを用いることで、TA実験での光学望遠鏡を用いた宇宙線のエネルギー測定の正確さを測ることができ、エネルギーと直接の観測量である光量の関係を知ることができます。 TAライナックの全長は12m、高さは約2mです(図5)。2008年1月に完成し (図6)、2月に加速ビームの試運転が始まりました。ビーム加速は順調に行われており、現在ビーム調整を行っていますが、ビームの定格電流値が比較的小さいため現在は10ナノ秒程度の短パルスビームを用いてピーク電流値を高くした状態で運転しています(図7)。 TAライナックは、KEKでのビーム試験を経た後、アメリカに輸送されます。運転場所であるユタ州の砂漠には、KEKのように設備が整った環境はありません。そのためTAライナックは完成されたままの形で輸送される予定です。このためTAライナックの加速ユニットは40 フィート(全長12m)の海上コンテナに収まるように設計されました。 加速器ユニット用の冷却水装置もまた、20フィート(全長6m)の海上コンテナに収まるように設計されました。輸送時にコンテナに収納された加速器ユニットと冷却ユニットは、そのまま観測地に設置されます。TAライナックはコンテナに収納されたまま運転されるのです。小型とはいえ、加速器がコンテナに収納されたまま運転されるのは、世界でも他に例がありません。夏頃には観測地でのビーム初運転が予定されています。 過酷な実験環境 TA実験が行われるユタ州の砂漠は一般的に想像されるサハラのような砂漠ではなく、サバンナのような乾燥植物が辺り一面に広がっている草原のような砂漠です(図8)。比較的近くに町もあり、実験の際には車で町から観測所まで通います。しかし、観測所の周りには国道と鉄道以外何もありません。ですので、TA実験装置の建設作業や試験観測の作業は過酷なものでした。 まず砂漠ですので水がありません。必要な水は全て、町で調達して持参します。また、気温の変化が大きく、夏の日中は40度以上になる反面、夜は10度くらいまで下がります。夏にも関わらず凍える思いをしながら作業をした日も少なくありません。冬の夜の冷え込みは特に厳しく、零下 20度くらいまで下がることがあり、寒さで作業を切り上げざるを得ないときも多々あります。砂漠ですが雪も降ります。更には砂漠に住む動物の存在も無視できません(図9)。特に毒をもったサソリ、蛇が生息していますし、野ネズミに対しては具体的な対策が必要です。 このような環境に、これからTAライナックが設置され、運転、保持を行うわけですから、万全の対策が必要になります。消費電力分の熱の冷却や、加速器の冷却に使用する水の確保の具体的な方法等まだ完全には解決されていない問題もあり、現在その対策の検討がなされています。 大学等連携支援事業で推進 TAライナックは、KEKの大学等連携支援事業による支援を受け製作されました。大学等連携支援事業は、KEKの加速器科学総合支援事業の1つで、大学等が行う加速器科学に関する教育や研究への連携・支援、大学等から募集した加速器関連事業の提案への資金的、技術的連携・支援、などを行います。今回、このTAライナックは、東京大学宇宙線研究所から、この大学等連携支援事業に提案があり、KEKの電子陽電子線形加速器(入射器)グループがその製作に協力しました。 2005年度に基礎デザインが始められて以来、 3年に渡る製作においては、KEK入射器グループが所有していた大電力高周波発生装置(大電力パルスモジュレータ、クライストロン)、加速管、電磁石、真空ポンプといった加速器の基本構造に必要不可欠な機器が提供されました。また、デザインの検討から設計・製作、動作試験、トラブルの際の対処、機器の使用は、入射器グループや入射器運転関係者と連携を図りながら行われました。 TAライナックの製作は、加速器を宇宙線実験に応用するというこれまで例のない試みです。加速器による補完的な観測実験を必要としていた宇宙線実験の側のメリットはもちろん、加速器の側にも加速器利用の新たな展開を拓いたという意義があります。今回の取り組みは、大学等連携支援事業のモデルケースと言えるでしょう。
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